夜空を彩る大輪の華と、鳥居の陰で盗む禁断の唇
海辺の強化合宿が終わってから数日後。
七月も終わりに近づき、街は本格的な盛夏を迎えていた。じりじりと照りつける太陽が西の山並みの向こうへと沈み、茜色の夕闇が街を包み込む頃、鎮守の森をいただく神社の境内は、色とりどりの紙提燈の明かりと露店の熱気で埋め尽くされていた。
今夜は、この街で年に一度開催される夏の大花火大会。
遠くから響く太鼓の音と、型抜きやたこ焼きを買い求める人々の楽しげな喧騒。俺――真名依真は、境内の入口にある大きな石鳥居の脇で、人混みを避けながら腕を組んで佇んでいた。
「――いつま! お待たせ……っ!」
人波をかき分けるようにして駆け寄ってきた声に視線を向けると、俺の息が小さく止まった。
そこにいたのは、普段の運動着や制服姿とはまるで別人のような、艶やかな和装に身を包んだ藍庭鷗賀だった。
シックな紺地に淡い撫子の花が描かれた大人っぽい浴衣。キュッと結ばれた赤い半幅帯が彼女の細いウエストを強調し、普段は軽やかに揺れている黒髪は綺麗に結い上げられ、かんざしがひとつ揺れていた。
そして何より、普段は見えない彼女の白く滑らかな後頸が、夕闇の中で途方もなく妖艶な光を放っていた。
「どうかな……? 自分で着付けするの、すごく大変だったんだけど……似合ってる……?」
鷗賀は下駄の音をポクポクと鳴らしながら、照れくさそうに裾を少し持ち上げて、俺の前でクルリと一回転してみせた。
上気した頬と、碧緑色の瞳。その圧倒的な美しさに、通り過ぎる男たちが次々と足を止め、吸い寄せられるように彼女を見つめている。
俺の胸の奥で、冷たくドロリとした黒い狂気が再び鎌首を持ち上げた。
「……似合いすぎだ。だからこそ、気に入らない」
「えっ……? き、気に入らないの……? 私、いつまに見せたくて一生懸命練習したのに……」
シュンと肩を落とし、泣きそうな顔で見上げてくる鷗賀。
俺は彼女の細い手首を掴み、そのまま自分の引き締まった胸元へと強引に引き寄せた。
「周りの男どもの視線に気づいていないのか? お前のその綺麗な姿も、うなじも、俺以外の奴に見せる必要なんてないんだよ」
「いつま……っ、そんなの……嫉妬だよ……っ」
「あぁ、嫉妬だ。俺の所有物に他人の視線がまとわりつくこと自体が不愉快なんだ」
俺が低く言い放ったその時、ドォォォン……! と地鳴りのような重低音が夜空に響き渡った。
花火大会の開始を告げる打ち上げ花火だ。
夜空の高くで大輪の光の華が咲き誇り、色鮮やかな光が二人を、そして境内を埋め尽くす群衆を赤や青に染め上げていく。
「わあぁぁ……! 綺麗……っ! いつま、始まっ――」
「花火なんて見なくていい。お前が見るべきなのは、俺だけだ」
俺は彼女の言葉を遮り、彼女の手首を掴んだまま、境内から外れたうっそうと茂る鎮守の森の奥――古い朱色の鳥居がひっそりと佇む、完全な死角へと彼女を連れ去った。
「きゃっ……!? いつま……っ、どこ行くの……っ!? 花火が見えなくなっちゃう……っ!」
石段の影、誰からも見えない鳥居の柱に、俺は彼女の華奢な背中をドサリと押し付けた。
頭上からは絶え間なく花火の爆音が轟き、木々の隙間から光の残像がフラッシュのように二人の身体を交互に照らし出す。
「花火よりも、お前の方が遥かに甘くて綺麗だ」
「いつま……っ、ん……っ!?」
俺は逃げ場を塞ぐように彼女の細い腰を抱き寄せ、開いた浴衣の胸元と、露出した滑らかな後頸に、狂ったように熱い唇を押し当てた。
「ひゃうんっ……!? ――や、いつま……っ、外だよ……!? すぐそこに人が……花火を見ている人がいっぱいいるのに……っ!」
「静かにしろ。声を上げたら、お前がこんなところで俺にどんなことをされているか、全員に知られることになるぞ」
「うぐっ……っ、意地悪……っ! んぁ……っ!」
花火が打ち上がるたびに響く「ドォォォン!」という重低音が、鷗賀の小さく漏れ出る甘い悲鳴を容赦なくかき消していく。
光と影が交錯する鳥居の陰で、俺は彼女の顎を指先で強く掬い上げると、熟したイチゴのように赤く染まった彼女の唇へ、容赦なく自分の唇を叩きつけた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
お互いの唾液が熱く絡み合い、激しい唾液の音が花火の爆風と混ざり合っていく。
帯で締め付けられた胸を苦しげに上下させながら、鷗賀は逃げ場のない快楽と背徳感に身を任せ、自分から俺の首に細い腕を回すと、泣き出しそうなほど愛おしそうにキスを返してきた。
「んぅ……っ、いつ……ま……っ! 大好き……大好きだよ……っ! 私の全部……いつまにあげるから……っ!」
「あぁ、お前の未来も、その浴衣姿も、甘い吐息も……全部俺の檻の中に閉じ込めてやる」
大輪の花火が夜空を焼き尽くす中、鳥居の闇の下で、二人は永遠に解けることのない禁断の誓いを深く、深く刻み続けるのだった。




