烈日の九十九里、潮風の更衣室と嫉妬の体温
七月下旬。千葉県、九十九里浜。
太平洋から吹き付ける強烈な潮風と、容赦なく肌を焦がすギラギラとした太陽。どこまでも続く白く乾いた砂浜は、歩くたびに足元からジリジリと熱を放ち、陽炎が遠くの水平線を歪ませていた。
陸上部の夏季強化合宿、第一日目。
俺――真名依真は、部活動の公認アシスタントという名目で、この合宿への同行を勝ち取っていた。目的はただ一つ。俺の檻から一時的に解き放たれた藍庭鷗賀を、四六時中この監視下に置いておくためだ。
「――っ、はぁ……っ! よい、しょ……っ!」
乾いた砂を巻き上げながら、鷗賀が砂浜に設置された簡易式の走高跳ピットへ向かって鋭く踏み切った。
太陽の光を浴びてしなる彼女の身体。今日の彼女は、学校の公式戦用である、極めてタイトで露出度の高い紺色の陸上セパレートユニフォームを身に纏っていた。
引き締まったウエスト、走ることで磨き上げられた滑らかな太もも、そして跳躍の瞬間に美しく波打つ背中の筋肉。
バーを軽々とクリアし、マットの上に背中から落ちた鷗賀は、額の汗を拭いながら「やった……!」と無邪気な笑顔を咲かせた。
だが、俺の視線は彼女の跳躍ではなく、ピットの周囲を取り囲む他校の男子選手たちの下卑た視線へと注がれていた。
合同合宿に参加している他校の男どもが、鷗賀の露出した白い肌や、汗で張り付いたユニフォームのラインを、舐めるようにジロジロと見つめている。
「おい、あの子どこの学校? 超スタイル良くね?」
「跳ぶときのお尻のライン、ヤバすぎるだろ……後でLINE聞きに行こうぜ」
ボソボソと囁き合う男たちの声が、潮騒に混ざって俺の耳に届く。
その瞬間、俺の血管の中をドロリとした黒い狂気が駆け巡った。胸の奥が焼き切れるような、すさまじい嫉妬と殺意。
午前中の全体練習が終わり、各自が昼休憩に入った頃。
鷗賀がスポーツドリンクを持って日陰へ移動しようとした瞬間、予想通り、先ほどの軽薄そうな他校の男子部員二人組が彼女の前に立ちふさがった。
「あ、ねえねえ! さっきの跳躍、すごくカッコよかったよ! よければこの後、一緒に動画のフォームチェックしない? LINE交換しよ?」
「え……っ? あ、あの……私、そういうのは……」
突然のナンパに困惑し、後退りする鷗賀。
その瞬間、俺は他校の男どもの背後から無言で近づき、鷗賀の細い腰をガシッと力強く抱き寄せた。
「ひゃうんっ!? ――い、いつま……っ!?」
驚いて俺の胸に顔を埋める鷗賀。
「何だお前ら。俺の女に気安く声をかけてんじゃねえよ」
俺は底冷えするような極低温の視線を他校の男どもに投げつけた。
「あ? なんだよお前、マネージャーか? 態度デカいぞ……っ」
「消えろ。さもないと、そのふざけた顔を砂に埋めてやる」
俺の瞳に宿る本物の狂気と殺気に気圧されたのか、男二人は「チッ、なんだよアイツ、ヤバい奴だな……」と悪態をつきながら、慌ててその場から逃げ去っていった。
「いつま……っ、ありがとう。でも、みんな見てるよ……?」
周囲の部員たちの目を気にして、真っ赤になりながら俺のシャツを引っ張る鷗賀。
「付いてこい、おうか」
「え……? きゃっ、ちょっと、いつま!?」
俺は彼女の手首を強引に掴むと、人気のない砂浜の隅に佇む、古びた平屋の体育器具兼更衣室へと彼女を連れ去った。
中に入り、錆びついたスライド式の扉を力任せに閉め、内鍵をガチャンとロックする。
室内は薄暗く、窓から差し込む一筋の強い光の中に、無数の塵が舞い踊っていた。潮風の湿気と、古い木材の匂いが充満する、完全な二人きりの密室。
「いつま……怒ってるの……?」
鷗賀は、俺の冷徹な沈黙に恐怖を覚えたのか、濡れた碧緑色の瞳を揺らしながら、おずおずと尋ねてきた。
夏服のタイトなユニフォームから覗く彼女の肌には、砂浜の砂が少しだけキラキラと張り付いており、汗と防曬乳(防紫外線クリーム)の甘く刺激的な香りが狭い室内に漂う。
「怒っているに決まっているだろ。お前は俺の檻の中にいるはずなのに、なぜあんな羽虫どもにその淫らな身体を晒している?」
「淫らなんて……っ、これはただのユニフォームだよ!? 走るために必要な……っ」
「言い訳をするな。お前は、自分が誰の所有物なのか、少しでも目を離すとすぐに忘れるらしいな」
俺は彼女の細い両手首を掴み、背後の木壁へと強引に押し付けた。
「うぐっ……っ! いつま……痛い、よ……っ」
「痛い? なら、この熱さで上書きしてやる」
俺は彼女のユニフォームの胸元を少し乱暴に引き下げ、前夜に理科室で刻んだはずの、薄くなりかけていたキスマークの痕跡を鋭く見つめた。
そして、その赤みが消えかけた肌に、再び自分の歯を強く立てて噛み締めた。
「ひゃあああっ……!? ――や、いつま……っ! 噛まないで、そこは……あぁっ、熱いよぅ……っ!」
鷗賀の身体が、苦痛と、それ以上に背徳的な快感によってガタガタと甘く震えだす。
俺は彼女の首筋、デコルテ、そして柔らかい肩先へと、狂ったように自分の唇と歯を押し当て、鮮烈な「所有の証」を次々と刻み直していった。
砂のついた彼女の肌を舌で愛撫するたびに、潮の味が二人の口内に広がっていく。
「んぅ……っ、はぁ……っ、いつま……大好き、大好きだよぉ……っ! 私を……もっと壊して……いつまの痕でいっぱいにして……っ!」
他人がいつ入ってくるか分からない更衣室での、息が詰まるような背徳情事。
鷗賀は自ら俺の背中に腕を回し、汗ばんだ身体を俺にぴったりと密着させながら、狂おしいほどに激しく、貪るようなキスを求めてきた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
お互いの舌が熱く、どろどろに絡み合い、激しい唾液の音が薄暗い更衣室に響き渡る。
窓の外から聞こえる他校の生徒たちの賑やかな声が、二人の禁忌の甘さをより一層、狂気的なものへと昇華させていった。
「分かったか? お前がどこでどんな風に跳ぼうとも、その身体に刻まれた傷痕も、その甘い喘ぎ声も、全部俺だけのものだ」
「うん……っ、私の全部……いつまだけのものだよ……っ。だから……もう怒らないで……?」
涙で潤んだ瞳で、降伏を示すように俺を見つめる、俺の愛おしい小鳥。
この灼熱の地獄のような夏の合宿で、彼女が俺の絶対的な支配から逃れることなど、天地がひっくり返ってもあり得ないのだ。




