夏の合宿前夜、波の予感と鎖されたマーキング
七月中旬。期末テストが終わり、校庭からは早くも夏の主役を主張する蝉の鳴き声が、じりじりと照りつける太陽の下で響き渡っていた。
終業式を数日後に控えた放課後、俺――真名依真は、部活動の予算会議を終えて部室棟の裏手を歩いていた。
生温かい風が、湿った首筋を撫でて通り抜けていく。
向かう先は、誰もいない第二理科室。今やそこは、俺と藍庭鷗賀が放課後に密会を重ねるための「檻」と化していた。
鍵を開けて中に入ると、冷房の効いていない室内は、蒸し風呂のような熱気に満ちていた。
窓際にぽつんと置かれた丸椅子の隣、旅行用の大きなボストンバッグを足元に置いて、鷗賀が不安げな、だけどどこか決意を秘めた瞳で俺を待っていた。
「……遅かったね、いつま。会議、長引いたの?」
「あぁ。くだらない予算の削り合いだ。それより……その荷物はなんだ」
俺は彼女の足元にある、重そうなバッグに視線を落とした。
「あ、これね……。明日から始まる、陸上部の夏季強化合宿の準備だよ。ほら、言ってたでしょ? 千葉の九十九里浜の近くで、三泊四日の海辺合宿があるって」
鷗賀は、少し言い訳をするようにポニーテールを揺らしながら、上目遣いで俺の様子を窺ってきた。
薄手の白い夏用セーラー服から覗く、健康的でしなやかな鎖骨と、走ることで鍛え上げられた細い手足。
「海辺、だと」
俺の脳裏に、ギラギラと照りつける太陽の下、肌を露出したユニフォームや、水着に近い格好で砂浜を走る彼女の姿が浮かび上がった。
そして、それを取り囲む他校の男子選手や、同じ陸上部の男どもの下卑た視線。
ドロリとした、熱くどす黒い独占欲が、胸の奥底から急速に湧き上がってくる。
「いつま……? あの、怒ってる……? でもね、私、次の大会で一メートル五十を絶対に跳びたいの。そのためには、この合宿での砂浜トレーニングが必要だって、顧問の先生も言ってたし……」
「怒ってなんかいないさ。ただ……お前が俺の目の届かない場所で、他の男どもにその身体をジロジロと見られると思うと、反吐が出る」
俺は一歩、また一歩と彼女との距離を詰め、その華奢な肩を掴んで、冷たい黒板へと押し付けた。
「ひゃうっ……っ、いつま……っ!?」
背中を黒板に打ち付けられた鷗賀が、短い悲鳴を上げて俺の胸にしがみつく。
理科室特有のアルコールの匂いと、彼女から漂う夏の汗の甘い香りが、じっとりと混ざり合う。
「三泊四日……。俺のいない夜を四回も過ごすわけだ。その間、お前が誰に言い寄られて、誰に触られるか、分かったもんじゃない」
「そんなことないよ……! 私にはいつましかいないって、いつまだって分かってるでしょ……っ!?」
「あぁ、分かっている。だが、周りの羽虫どもは分かっていない。だから――」
俺は彼女の制服のセーラー襟を強引に引き剥がし、汗ばんだ白い首筋、そして鎖骨のすぐ上の柔らかい肌へと、容赦なく自分の歯を立てて深く噛み付いた。
「ん痛いっ……!? ――や、いつま……っ、痛いよぅ……っ!」
鷗賀の身体が、苦痛と甘美な痺れでビクンと大きく跳ね上がる。
それでも俺は容赦せず、彼女の肌に自分の「所有印」を刻み込むように、吸い付き、赤黒い鮮烈な痕をいくつも作り上げていった。
「はぁ……っ、ん、あぁ……っ! いつま……それ、お洋服から見えちゃう……っ! 合宿中、みんなに変に思われちゃうよ……っ!」
涙目で懇願してくる鷗賀。だが、それこそが俺の狙いだった。
「見えればいい。お前が誰かの『特別』だってことを、その痕が証明してくれる。男どもが近づいてきたら、その痕を見せてやれ。自分が誰の女なのか、その身体に刻まれた記憶を思い出せ」
俺は彼女の顎を指先で強く掬い上げると、恐怖と恍惚で完全に支配された彼女の熟した唇へと、乱暴に自分の唇を叩きつけた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
夏の熱気がこもる理科室で、激しい唾液の音が響き渡る。
鷗賀は逃げ場を失ったまま、黒板に押し付けられた身体を震わせ、やがて諦めたように俺の首に腕を回すと、狂おしいほどに深く、甘いキスを返してきた。
「んぅ……っ、いつ……ま……大好き……っ。私……合宿に行っても、いつまのことしか考えないから……っ! だから……信じて、待っててね……っ」
「信じるさ。……お前がどんなに遠くへ行こうと、その身体も心も、全部俺が繋ぎ止めているんだからな」
夕暮れの不気味な赤い光が窓から差し込み、二人の重なる影を長く引き伸ばしていた。
合宿という名の短い離別を前に、依真の支配の鎖は、鷗賀の全身にこれ以上ないほど深く、絡みついていくのだった。




