放課後の空き教室と、本命チョコの甘い甘い毒
二月十四日、バレンタインデー。
朝から降り続いていた粉雪は、放課後を迎える頃には校庭を真っ白に染め上げていた。
クラスの男子たちがソワソワと靴箱や机の中を確かめ合い、一喜一憂している喧騒をよそに、俺――真名依真は一人、校舎の奥深くにある特別棟の空き教室へと足を向けていた。
ギィ、と重い木製のドアを押して中に入る。
夕闇が迫る薄暗い教室の中、窓際にたたずんでいた一人の少女が、弾かれたようにこちらを振り返った。
「……あ、いつま」
藍庭鷗賀だった。
今日の彼女は、放課後の部活のジャージに着替えることもせず、制服姿のまま、両手で大事そうに小さなラッピング箱を抱え込んでいた。寒さのせいか、それとも緊張のせいか、その白い頬はほんのりと熟したイチゴのような赤みに染まっている。
「待たせたな」
俺はドアを閉め、鍵をカチャリと音を立てて施錠した。
その金属音に、鷗賀の肩がビクッと跳ね上がる。
「い、いつま……なんで鍵かけるの……っ?」
「無駄な邪魔が入ると困るだろ。お前が俺をここに呼び出したんだ。理由はもちろん……分かってるよな?」
俺はゆっくりと歩を進め、彼女との距離を詰めていく。
逃げ場を失った鷗賀は、背中を窓ガラスに預けるようにして後退りした。窓の外で舞い散る白雪が、彼女の儚くも美しいシルエットを浮かび上がらせている。
「う……うん。……これ、いつまにあげる」
意を決したように、鷗賀は抱えていた綺麗なピンクのリボンが結ばれた箱を、両手で俺の胸元へと差し出してきた。
「私……お菓子作りなんて全然したことなかったから、形はあんまり綺麗じゃないかもしれないけど……。何回も何回も失敗して、昨日のお母さんに手伝ってもらいながら、徹夜で作ったの……」
箱を受け取り、リボンを解いて蓋を開ける。
そこには、少し不格好だが、艶やかなココアパウダーが塗された手作りの生トリュフチョコレートが綺麗に並んでいた。甘く香ばしいカカオの香りが、冷え切った空き教室の中にふわりと広がる。
「義理じゃないよ。……世界で一番大好きな、私の特別な『本命』チョコだからね」
上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる鷗賀。その碧緑色の瞳には、俺の反応を待つ不安と、あふれんばかりの甘い愛憎が宿っていた。
「……美味そうだな。今、ここで食べていいか?」
「えっ、あ、うん! 食べてほしい……っ!」
俺は一粒摘まむと、そのまま口の中へと運んだ。
濃厚なチョコが舌の上でトロリと溶け出し、甘さとほろ苦さが口いっぱいに広がる。
「どう……かな?」
息をのんで俺の顔を見つめる鷗賀。
「……悪くない。いや、今まで食べたどんな高級チョコよりも美味いよ。お前の俺に対する激重な愛の味がする」
「もうっ……! 激重だなんて意地悪言わないでよ……っ! でも、口に合ってよかった……ふあぁ……緊張したぁ……」
ほっと胸を撫で下ろし、へなへなと緊張を解く鷗賀。
だが、俺はチョコの箱を近くの教卓の上に置くと、彼女の細い手首を掴み、そのまま窓際へと押しつけた。
「ひゃうんっ!? ――い、いつま……っ!?」
「チョコだけで俺が満足すると思ってんのか?」
俺は冷酷な笑みを浮かべ、彼女の顎をクイッと持ち上げた。
「お前、朝からクラスの男子どもに義理チョコ撒いてただろ。俺に見えないところで、他の男に笑顔見せてたことの清算がまだ済んでないんだよ」
「ち、違うよぅ……っ! あれは部活の男子マネージャーに日頃の感謝で市販の安いやつを渡しただけで……っ! 本命は、手作りはいつまだけなのに……っ!」
「理由なんて関係ないって言ったろ。俺の目の届かないところで他の男を喜ばせるな」
俺は空いた方の手で彼女の腰を強く引き寄せ、制服越しに彼女の身体を俺の肉体へと隙間なく密着させた。
窓ガラス越しに伝わる冬の寒さと、俺の身体から伝わる狂おしいほどの熱気。その極端な温度差に、鷗賀はうっとりと瞳を潤ませ、俺の胸元に顔を埋めてきた。
「ねえ、いつま……」
「なんだ?」
彼女は俺の制服の襟元をぎゅっと握りしめ、消え入りそうな、だけど熱く濡れた声で耳元に囁いてきた。
「……チョコだけじゃ足りないなら、私を……食べて?」
「……なんだと?」
「私……今日のために、可愛い下着も着てきたの……。チョコと一緒に、私の身体も心も……全部いつまへのバレンタインのプレゼントだよ……っ」
真っ赤な顔で、覚悟を決めたように唇を震わせる鷗賀。
そのあまりにも破壊的な告白に、俺の胸の奥で理性を繋ぎ止めていた最後のチェーンが、激しい音を立てて千切れ飛んだ。
「お前……自分が何言ってるか分かってんのか?」
「分かってるよ……っ。私を……いつまの好きにして……っ! もう一生、いつま無しじゃ生きていけない身体にして……っ!」
「後悔しても、もう遅いからな」
俺は彼女の熟したイチゴのような唇に、激しく自分の唇を重ねた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
口内に残っていたチョコの甘い香りと、お互いの熱い舌が狂おしく絡み合う。
鷗賀は俺の首に必死にしがみつき、窓ガラスに背中を打ち付けながらも、俺の激しい貪りを全身で受け止めてきた。
外では初雪が静かに校庭を白く包み込んでいく。
だけど、鍵の掛かった放課後の空き教室の中だけは、世界のどこよりも濃厚で、どこまでも甘い『ふたりだけのバレンタイン』の熱気で満たされていたのだ。
「んむ……っ、いつ……ま……大好き……っ! 愛してるよ、いつま……っ!」




