冬の教室のストーブと、机の下の秘密の指先
年が明け、寒さが一段と厳しさを増した一月半ば。三学期が始まったばかりの二年の教室には、ガラガラと重い音を立てて点火された石油ストーブの匂いが充満していた。
窓の外は今にも雪が降り出しそうな鉛色の空。
席替えによって、俺――真名依真の席は、教室の最背面の窓際――そしてそのすぐ前の席には、藍庭鷗賀が座ることになっていた。
カリカリ、と黒板にチョークが走る音と、ストーブの上でお湯が沸くシュンシュンという微かな音だけが響く五時間目の数学。
俺は頬づえをついたまま、すぐ目の前に座る鷗賀の背中に視線を注いでいた。
ポニーテールが揺れるたびに覗く、白く華奢なうなじ。制服のカーディガン越しでも分かる、彼女の細い肩のライン。初詣の御神木の下で、あの振袖姿のまま俺に貪るようなキスをねだってきた恋人の姿が脳裏に蘇り、俺の胸の奥はストーブの熱気以上に熱くなっていく。
(……真面目にノートなんて取ってんじゃねえよ)
俺は机の下で、長めの大腿をゆっくりと前に伸ばした。
そして、彼女が座っているパイプ椅子の脚に、俺のローファーのつま先をコツン、と軽くぶつけた。
「っ……!?」
前面の鷗賀の背中が、ビクッと跳ね上がる。
彼女は慌てて振り向こうとしたが、黒板に向かって熱弁を振るう数学の教師の目を気にして、首だけを微かにこちらへ傾けてきた。
「(な、なに……いつま?))」
声には出さず、口パクで聞いてくる鷗賀。碧緑色の瞳が、驚きと緊張で潤んでいる。
俺は返事をする代わりに、ルーズリーフの端っこを乱暴に破り、シャープペンで短く一行だけ文字を走らせた。
『放課後、俺の家に来い。親は今日も遅い』
紙切れを小さく四つ折りにたたむと、俺は身を乗り出し、彼女の制服のカーディガンの裾を指先でチョンチョンと引っ張った。
鷗賀は背中越しに伝わる俺の指先の熱に肩をすくませながら、机の下にそっと左手を回してきた。
俺はその小さく柔らかい手のひらに、紙條を握らせた。
その瞬間、ただ紙を渡すだけでは物足りなくなった俺は、彼女の細い指と指の間に自分の指を滑り込ませ、机の下で強引に『恋人繋ぎ』を交わしてやった。
「っ――!?」
鷗賀の息を呑む気配が、はっきりと伝わってくる。
授業中の教室。すぐ周りにはクラスメイトたちが真面目にノートを取っているという極限の状況下で、俺の手が彼女の指先を執拗に撫でまわし、手のひらに強い圧力をかけていく。
(いつま……ダメ、見つかっちゃう……っ!)
彼女は必死に手を引こうと抵抗するが、俺の支配的な力の前には無力だった。彼女の耳たぶが、みるみるうちに熟したサクランボのように真っ赤に染まっていく。
やがて、俺がゆっくりと手を離すと、鷗賀は慌てて紙條を机の下で開き、そこに書かれた文字を目にした。
彼女の肩が激しく上下する。彼女はチラッと後ろを振り返り、真っ赤な顔で俺を睨みつけてきた。
「(き、今日は部活の自主練があるの……っ)」
口パクで必死に抵抗してくる鷗賀。
俺は冷酷な笑みを浮かべると、再び紙切れを取り出し、新しい文字を叩きつけた。
『部活が終わったら、校門前で待ってる。拒否権はない。もし遅れたら、明日の朝の教室で全校生徒の前でキスするぞ』
その紙條を再び机の下で手渡すと、紙面を読んだ鷗賀は、まるで降伏するようにガクッと頭を垂れた。
彼女は泣きそうな、だけど完全に俺の無茶苦茶な支配に恍惚としているような瞳で、ゆっくりとこちらを振り返り、小さく頷いた。
「(……分かったよ、いつまのいじわる……)」
夕方のチャイムが鳴り響き、授業が終わる。
クラスメイトたちが一斉に立ち上がり、騒がしくなる教室の中で、鷗賀は教科書を片付けながら、俺だけに聞こえる小さな声で囁いてきた。
「……いつまの家に行ったら、何するの……?」
「何って……決まってるだろ」
俺は彼女の耳元に顔を近づけ、周囲には聞こえない低い低音で呪いを吹き込んだ。
「学校で俺を突っぱねようとしたお仕置きと、ストーブよりも熱い愛の復習だ」
「っ……! ほんとに……いつまのバカ……っ」
俺は真っ赤になってカバンを抱え、逃げるように部活へと向かう愛おしい恋人の後ろ姿を、冷たくも甘い眼差しで見送るのだった。




