木枯らしの街灯と、マフラー越しのおねだり
文化祭という大きな祭典が終わりを告げると、季節はまるで急かすようにその歩みを進めていた。
夕暮れ時の校庭には冷たい木枯らしが吹き抜け、グラウンドの隅に植えられたイチョウの葉が、カラカラと音を立ててアスファルトの上を転がっていく。
部活終わりの校門前。俺――真名依真は、ポケットに両手を突っ込んだまま、吐く息を白く染めて立ち尽くしていた。
「――いつま! お待たせ!」
パタパタと軽い足音を響かせて走ってきたのは、陸上部の練習を終えたばかりの藍庭鷗賀だ。
部活指定のウィンドブレーカーを羽織ってはいるものの、首元が大きく開いており、急激に冷え込んできた秋の夜風に肩をすくませている。白く小さな吐息を吐きながら、彼女は嬉しそうに俺の隣へと滑り込んできた。
「ごめんね、ちょっと後片付けに時間がかかっちゃって……寒かったでしょ?」
「俺は別に平気だ。それよりお前……そんな薄着で外に出てくるなよ。風邪でも引いたらどうするんだ」
俺は眉をひそめると、自分の首に巻いていたグレーの厚手のマフラーを滑り滑らかに外した。
そして、驚いて目を丸くしている鷗賀の首元へ、逃げられないように少し強引に、だけど優しく巻き付けてやった。
「ふあ……っ!? いつま……っ!?」
ふわりと、俺の体溫と香水の匂いが染み付いた温かい布地が、彼女の華奢な首元を包み込む。
マフラーの端に顔を埋めた鷗賀の瞳が、歓喜と愛おしさで潤んでいくのが分かった。彼女は小さく鼻をくすぐらせるようにして、マフラーの生地にすりすりと頬を寄せた。
「……すごく温かい。……いつまの匂いがする……」
「当たり前だ、俺のマフラーなんだからな。ほら、行くぞ」
俺は彼女の手を掴むと、冷え切っていた彼女の指先を丸ごと包み込み、俺のコートの右ポケットの中へと押し込んだ。
ポケットの中で重なり合う、二人の手。指と指を深く絡める『恋人繋ぎ』を交わすと、鷗賀の体温がジワジワと手のひらから伝わってくる。
「……ん。いつまの手、すごく温かいよ……」
照れくさそうに微笑む彼女と一緒に、俺たちは街灯がポツポツと灯り始めた住宅街の夜道を歩き出した。
人通りの少ない、オレンジ色の街灯の下。
風が吹くたびに街路樹がざわめき、二人の影がアスファルトの上に長く伸びては重なり合う。
「ねえ、いつま。文化祭が終わっちゃって、なんだか寂しいね」
「そうか? 俺はあのウザい有象無象どもがお前に群がってこなくなって、ようやくせいせいしてるがな」
「もう、いつまったら……。でも、あの時のいつま、すごくカッコよかったよ」
鷗賀はマフラーに顔を半分埋めたまま、上目遣いで俺を見つめてきた。碧緑色の瞳が、街灯の光を反射してキラキラと輝いている。
「あのフォークダンスの時……『俺のものだ』って、全校生徒の前で言ってくれたでしょ? 私、あの時……すごく怖かったけど、本当はすごく嬉しかったんだよ……っ」
恥ずかしそうに吐露される、彼女の本音。
俺の手を握り返すポケットの中の力が、少しだけ強くなる。
「……当たり前だろ。お前は俺の所有物だ。他の男に渡す気なんて、最初から一ミリもねえよ」
俺が足を止めると、鷗賀もピタリと足を止めた。
オレンジ色の街灯の下、静まり返った夜の道。俺たちの息の音と、木枯らしの音だけが響いている。
「ねえ……いつま」
鷗賀はポケットから手を抜くと、マフラーから顔を覗かせ、両手で俺のコートの襟ぐりをギュッと掴んできた。
「……私ね、いつまのマフラーの匂いを嗅いでたら……なんだか、胸が苦しくなってきちゃったの……っ」
「胸が苦しい?」
「うん……いつまに抱きしめられたくて、キスされたくて……たまらなくなっちゃったの……っ」
真っ赤な顔をして、自分から甘くおねだりをしてくる恋人。
文化祭を経て、俺の圧倒的な支配と愛を受け入れた彼女は、以前よりもずっと素直に、そして貪欲に俺の愛を求めるようになっていた。
「……お前からそんなことを言い出すなんて、良い度胸じゃないか」
俺は彼女の細い腰をぐっと引き寄せ、マフラー越しに彼女の華奢な身体を俺の胸板へと押し付けた。
逃げ場を失った彼女の顔を持ち上げ、寒空の下、熟したイチゴのように赤く震えるその唇へと、容赦なく自分の唇を重ねた。
「んむ……っ!? ――ん、はぁ……んぅ……っ!」
街灯の下での、甘く濃厚な夜のキス。
冷たい夜風とは対照的に、お互いの口内から溢れ出る吐息は狂おしいほど熱い。鷗賀は背伸びをし、俺の首に必死にしがみつきながら、俺の舌を受け入れ、貪り合ってきた。
「んぅ……っ、いつ、ま……っ、好き……大好き……っ」
キスを交わす合間に漏れ出る、消え入りそうな愛の囁き。
「あぁ、知ってるよ。お前は一生、俺の愛から逃げられない」
俺は、マフラーに顔を埋めて俺の胸元で荒い息を吐く愛おしい恋人を抱きしめ直すと、静かな冬の気配が満ちる夜道を、彼女と一緒に一歩一歩踏みしめて歩き出すのだった。




