月曜日のチャイムと、秘密の放課後お弁当
週末のあの甘すぎる、そしてどこか引き返せないところまで熱を帯びた俺の部屋での出来事から二日。
無情にも月曜日の朝はやってきて、俺たちは再び高校生という日常の檻へと戻されていた。
キーンコーンカーンコーン――。
午後四時、放課後を告げる最後のチャイムが校舎に響き渡る。
いつもなら、チャイムが鳴ると同時に陸上部のジャージに着替えてグラウンドへ猛ダッシュしていくはずの藍庭鷗賀だったが、今日の彼女はなぜか、自分の席に座ったまま、カバンをぎゅっと抱きしめてそわそわしていた。
クラスの奴らが「じゃあな真名!」「カラオケ行く奴集まれー!」と次々に教室を出ていき、やがて静寂が教室を支配し始める。
ついに教室内が、俺と鷗賀の二人きりになったその瞬間。
「……あの、いつま」
鷗賀がバッと振り返り、上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
今日の彼女は、週末に俺の部屋で髪を解いて泣きじゃくっていた時とは違う、いつものポニーテール姿だ。だけど、その耳元は制服の襟に隠しきれないほど、ほんのりとピンク色に染まっている。
「何だよ、おうか。部活はいいのか? 黒岩先輩が待ってるだろ」
俺――真名依真は、わざと意地悪く意地悪く、一学期までの『ただの幼馴染』のような口調でノートを片付けながら言った。
「もー! またその話する! 先輩には、今日はちょっと用事があるから少し遅れますって、ちゃんと言ってあるもん……っ」
鷗賀はぷくっと頬を膨らませると、抱きしめていたスクールバッグの中から、丁寧にピンク色のバンダナで包まれた「小さな二段式のボックス」を取り出し、俺の机の上にトン、と置いた。
「これ……何?」
「何って……見ればわかるでしょ、お弁当だよ」
彼女は顔を真っ赤に染めながら、視線をあちこちに彷徨わせた。
「その……週末、いつまの部屋で、私、すごく甘えちゃったし……マッサージとか、その、色、いろいろしてもらったから……。お礼、っていうか……付き合ったら、こういうの、一度は作ってみたかった、というか……」
声がどんどん小さくなっていく。
㠠賀が、俺のために手作り弁当を作ってきた。
陸上部のエースで、普段は走ることと跳ぶことばかり考えているあの無防備な少女が、俺のために台所に立ち、エプロンを締めて料理をしている姿を想像しただけで、俺の胸の奥にどす黒く、だけど甘い独占欲がブワリと湧き上がった。
「お前が作ったのか?」
「そうだよ! お母さんには内緒で、朝早起きして作ったんだから! ほら、早く開けてみてよ」
俺はピンク色のバンダナをほどき、蓋を開けた。
中には、少し形は不揃いだけど丁寧に巻かれた卵焼き、綺麗にタコさんの形にカットされたウィンナー、そして俺の好物である唐揚げが、ぎっしりと綺麗に敷き詰められていた。ご飯の上には、ごま塩で小さなハートマークらしきものが描かれようとして、恥ずかしくて途中でぼかしたような跡がある。
「……へえ。案外、まともな見た目じゃん」
「まともって何よ! 私だって女の子なんだから、これくらいできるもん! ほら、冷めちゃう前に食べて」
鷗賀は俺の前の席の椅子を反対向きに引き、俺と向かい合わせに座った。
俺が箸を手に取り、まずは卵焼きを口に運ぶ。その瞬間、鷗賀はまるで陸上部の大会でバーを跳び越える瞬間のように、身体をカチコチに固くして俺の表情をじっと見つめてきた。
「どう……かな?」
「……ちょっと、甘すぎる」
「えっ!? 本当!? 嘘、砂糖入れすぎちゃったかな……」
「いや、味じゃなくて、お前の気持ちが甘すぎるんだよ」
「なっ――!?」
俺の言葉に、鷗賀の顔が一瞬でクラスカラーのハチマキよりも真っ赤に染まった。
「も、もう! いつまは付き合ってから、そういう恥ずかしい台詞ばっかり言う! 嫌い!」
「嫌いな奴に、朝早起きしてハートマーク付きの弁当なんて作らないだろ」
「うぐ……っ、それは……っ」
言い返せなくなった鷗賀は、涙目で俺を睨みつける。だけど、その瞳は週末の夜に俺の部屋で理性を溶かされていた時の、あの熱い熱い恋する女の子の瞳そのものだった。
俺は平然と唐揚げやウィンナーを口に運ぶ。どれも彼女が俺のために一生懸命作ってくれたのだと思うと、胸の奥の愛おしさが限界突破しそうになる。
「美味しいよ、おうか」
「……本当に?」
「あぁ。毎日でも食べたいくらいだ」
「毎日なんて、無理だよ……。私、部活朝練もあるし、そんなの……」
鷗賀は嬉しそうに口元を緩めながらも、照れ隠しに小さく悪態をついた。
夕方の斜光が、誰もいない二年の教室に長く、赤い影を落としていく。
二人の咀嚼音と、遠くのグラウンドから聞こえる他の部活の声だけが、静まり返った空間に心地よく響いていた。
やがて、お弁当が完全に空になり、俺が蓋を閉めたその時だった。
「ごちそうさま。じゃあ、お弁当のお礼をしないとな」
「え? お礼なんていいよ、美味しいって言ってくれただけで……ひゃうっ!?」
俺は立ち上がると同時に、彼女の両手首を掴み、そのまま彼女が座っている椅子の背もたれを包み込むようにして、上からグッと覆い被さった。
突然のホールドに、鷗賀の身体がびくりと跳ね上がる。
「い、いつま……ここ、学校……教室だよ? 誰か来たらどうするの……っ」
「誰も来ないよ。部活の奴らはみんなグラウンドにいる。……なぁ、おうか。お前、さっきから『彼女』の特権、使いこなせてるつもりか?」
「特権って……何のこと……」
鷗賀は激しく胸を上下させながら、至近距離にある俺の瞳から逃げるように視線を落とした。だけど、衣服越しでも分かる彼女の肉体の熱さが、机の下で絡み合う二人の足を通じてダイレクトに伝わってくる。
「お弁当を作ってくるのはいいけどさ。これじゃあ、ただの『優しい幼馴染』と変わらないだろ。恋人になったんだから、もっと生生しい特権を解禁してくれないと、俺の独占欲は満足しないんだよ」
俺は掴んでいた彼女の手首を離し、その代わりに、彼女のポニーテールで綺麗に露出した白い首筋、そして昨日の夜に何度も何度も吸い付いた、あの艶やかな唇へと指先を滑らせた。
「っ……いつま、だめ……そんな、意地悪な言い方……私、本当にどうにかなっちゃいそう……っ」
鷗賀の瞳から、ポロリと熱い涙がこぼれ落ちた。
お兄ちゃんの檻なんて、もう修学旅行の夜に完全に壊れている。彼女自身、この学校の教室という日常の空間で、俺と『恋人としての生生しい接触』を拒めなくなっているのだ。
「どうにかなればいい。お前はもう、俺以外の男を見ることも、俺以外の男のために料理を作ることも、絶対に許されないんだからな」
俺は彼女の顎をクイッと持ち上げ、放課後の夕日に染まる静かな教室の中で、彼女の熟れた唇へと自分の唇を深く、深く重ねた。
「んむ……っ……!?」
お互いの舌が微かに絡み合い、彼女の口内から溢れる、あの甘い青リンゴの吐息が教室の空気へと溶けていく。
鷗賀の両腕は、いつの間にか俺の制服のネックをギュッと引き寄せており、誰かに見られる恐怖よりも、俺の熱に溺れる悦びを完全に優先させていた。
俺は真っ赤になって俺の胸に顔を埋める愛おしい彼女のポニーテールを優しく解きながら、二人の秘密の放課後を、どこまでも濃密に満たし続けるのだった。




