恋人たちの最初の週末と、解禁された特権
クラス全員の前でのあの『公式恋人宣言』から數日後。
待ちに待った土曜日、俺――真名依真は、渋谷駅のハチ公前広場にいた。
週末の渋谷は、相変わらず凄まじい熱気と人混みで溢れ返っている。
いつもならこの雑踏を見ただけで帰りたい気分になるところだが、今日の俺の胸は、かすかな高揚感で満たされていた。なぜなら今日は、あいつと『恋人』になってから初めての、正真正銘のデートの日だからだ。
「――あ、いつま! お待たせ!」
雑踏を縫うようにして、見覚えのある少女がこちらに駆け寄ってきた。
藍庭鷗賀。
今日の彼女の私服は、透け感のある白いチュールブラウスに、淡いサックスブルーのマーメイドスカート。いつも部活で髪を縛っている彼女が、今日は完全に髪を下ろし、毛先をゆるく巻いていた。
大人っぽさと、女の子らしい可愛さが限界突破しているその姿に、すれ違う男たちが思わず振り返るのが分かった。
「……おうか。お前、その格好」
「え、えへへ……。ちょっと気合入れすぎちゃった、かな? ほら、付き合ってから最初のデートだし、いつまに『可愛い』って思われたくて……」
鷗賀は照れくさそうに人差し指で頬を掻きながら、上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。
学校ではまだ周りの目が気になって強がっている彼女も、二人きりの街中では、完全に甘々な『彼女の顔』を隠そうともしない。
「あぁ、可愛いよ。可愛いすぎて、さっきから周りの男たちがジロジロ見てるのが最高に気に入らない」
「なっ――もう、いつまは相変わらず独占欲が強いんだから!」
彼女は嬉しそうにクスクスと笑うと、自ら俺の右腕に自分の両腕を絡め、胸を押し付けるようにしてぴったりと密着してきた。
一学期までの『ただの幼馴染』だった頃なら、こんなことをすれば彼女はすぐに顔を真っ赤にして離れていたはずだ。だけど今の彼女の瞳には、もう迷いなんて一切なかった。
「ねえ、いつま。今日はどこに行く?」
「まずは予約しておいたシアターカフェに行くぞ。そのあと、お前が行きたがってた服屋だ」
俺たちは手を繋ぎ、渋谷の街へと歩き出した。
繋いだ手のひらは、あの修学旅行の雑踏の時よりもずっと自然に、だけど離れることのないようにしっかりと指が絡み合っている。
お洒落なカフェでのランチを終え、彼女の目当てのセレクトショップを巡っている最中、事件は起こった。
鷗賀が試着室でワンピースを選んでいる間、俺が店内のソファで待っていると、少し離れた場所で、ナンパ慣れしていそうな二人の大学生風の男が、試着室から出てきた鷗賀に目を付けたのだ。
「ねえねえ、お姉さん超可愛じゃん! これから暇? 俺たちとこれからお茶行かない?」
「えっ、あ、あの……私、連れがいますので……」
鷗賀は困惑した表情で後退りし、助けを求めるように俺の方へと視線を発した。
その瞬間、俺の脳内の理性がブツリと切れる音がした。
俺はソファから立ち上がると、迷いのない足取りで彼らの間に割って入った。
そして、鷗賀の細い腰を後ろから抱き寄せ、俺の胸の中にすっぽりと閉じ込めるようにして、男たちを冷酷な一瞥で睨みつけた。
「ウチの彼女に何か用か?」
「うおっ……」
俺の放つ圧倒的な威圧感と『恋人』という言葉に、男たちは一瞬で顔を引き攣らせた。
「あ、いや……連れがいたならいいわ。じゃあな」と、捨て台詞を残して蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「ふぅ……。ありがとう、いつま。やっぱり都会の男の人は急に来るから怖いね……」
鷗賀はホッとしたように俺の胸に背中を預けて溜息をついた。
だが、俺の独占欲の炎は、まだ収まっていなかった。
試着室の目隠しカーテンの影、周囲の店員からも見えない死角へと彼女の身体を押し込み、壁にドンと手を突いた。
「い、いつま……?」
突然の雰囲気の変化に、鷗賀の大きな瞳が微かに揺れる。
「おうか。お前、自分がどれだけ無防備か分かってるのか? そんな可愛い格好して、俺以外の男に声をかけられて、ヘラヘラ対応してんじゃない」
「ヘラヘラなんてしてないよぅ……! 私はいつまのことだけを見てるのに……」
彼女は潤んだ瞳で俺を見上げ、そっと俺の制服(私服)の裾を掴んだ。
「ねえ、いつま……怒らないで? 私を安心させてよ……」
その甘えるような声音に、俺の心臓がドクンと激しく跳ね上がった。
もう、幼馴染の言い訳というブレーキはどこにも存在しない。今の俺たちにあるのは、恋人という名の『無制限の特權』だけだ。
「……分かった。じゃあ、お仕置きだ」
俺は彼女の顎をクイッと持ち上げ、セレクトショップの薄暗い影の中で、彼女の甘い唇へと自分の唇を重ねた。
「んむ……っ……!?」
修学旅行の夜以来の、激しいキス。
鷗賀の身体が甘く震え、彼女の両腕が俺の首の後ろへと回される。お互いの舌が微かに絡み合い、彼女の口内から溢れる青リンゴの甘い吐息が、俺の理性をどこまでも狂わせていく。
「ん、はぁ……っ……いつま……ここ、お店、だよ……っ」
唇を離すと、鷗賀は今にも溶けてしまいそうな顔をして、熱い息を漏らしていた。
「関係ない。お前が俺の女だってことを、その身体に何度でも刻み込んでやる」
俺は真っ赤になって俺の胸にしがみつく愛おしい彼女を、誰の目からも隠すように、さらに深く、強く抱きしめ直すのだった。




