スクリーンに映る秘密と、偽りのない特権
二泊三日の修学旅行が終わり、俺たちは再びいつもの見慣れた高校の日常へと引き戻されていた。
だが、窓の外に広がる秋の景色は同じでも、俺と彼女の間に流れる空気は、出発前とは根底から変わってしまっていた。
「よーし、お前ら席につけー。今日のロングホームルーム(LHR)は、旅行中にカメラマンや実行委員が撮った写真の選定会をやるぞ」
担任の威勢の良い声とともに、教室のカーテンが閉められ、黒板の前に大きなプロジェクタースクリーンが下ろされた。
修学旅行のアルバムに載せる写真や、各自が購入するためのスライドショーが始まるとあって、クラスの奴らは「おおっ!」と一気に身を乗り出した。
パッとスクリーンに映し出されたのは、初日の新幹線の中でのバカ騒ぎや、金閣寺の前での集合写真。
「おい木村、お前この時ポテチこぼしてんじゃねえよ!」「うっせえな!」なんていう男子たちの野次が飛び交い、教室は早くも大盛り上がりだ。
そんな中、俺――真名依真は、斜め前の席に座る藍庭鷗賀の背中をじっと見つめていた。
今日の彼女は、いつもの制服姿。だけど、どこかそわそわとしていて、背中が少し固くなっている。昨日の夜、あの大阪のルーフトップで俺と交わした、激しくて甘い『二度のキス』の感触が、まだ彼女の身体に残っているに違いない。
スライドショーは二日目の大阪観光へと移る。
道頓堀の看板の前でポーズを決める女子グループの写真が数枚続いた、その直後だった。
カチリ、と画面が切り替わった瞬間――教室の雑音が、ピタリと止まった。
スクリーンに映し出されていたのは、心斎橋の激しい混雑の中、人混みを縫うようにして歩く、俺と鷗賀の『後ろ姿』だった。
それだけなら、ただの幼馴染の移動風景で済んだかもしれない。だが、カメラは決定的な瞬間を、これ以上ないほど鮮明に捉えていた。
衣服の隙間で、お互いの指の股を深く噛み合わせ、一ミリの隙間もなくガッチリと結ばれた、俺たちの『十指の恋人繋ぎ』の手を。
「……え?」
「おい、これ……真名と藍庭だよな?」
「嘘、マジ? これ、どう見てもただの幼馴染の繋ぎ方じゃねえぞ……っ!」
一瞬の静寂の後、教室はハチの巣をつついたような大騒ぎに包まれた。
女子たちは「キャーッ!」と黄色い悲鳴を上げ、男子たちは「おい真名ァ! 説明しろコラァ!」と俺の席に一斉に詰め寄ってきた。
「わ、わわ、わわわ……っ!?」
前の席では、鷗賀が完全にフリーズしていた。顔から火が出るどころか、耳の裏からうなじにかけて、見る見るうちに真っ赤な血の気が上っていくのが後ろからでも分かった。彼女は両手で顔を覆い、机に突っ伏してガタガタと震えている。
「おい真名、これどういうことだよ! お前ら『ただの幼馴染で恋愛感情は一切ない』って、一学期に堂々と言ってただろ!」
木村が俺の机をバンバンと叩きながら、羨ましさと怒りの混ざった顔で問い詰めてくる。
クラス全員の視線が、俺と、机に突っ伏したままの鷗賀に集中する。
普通の男なら、ここで「いや、これははぐれそうになったからさ……」と言い訳を作るのだろう。だが、今の俺に、そんなセコい逃げ道を作るつもりは毛頭なかった。
俺は椅子から立ち上がると、騒ぎ立てる男子たちを片手で軽く押し退け、真っ直ぐに鷗賀の席へと歩み寄った。
「――いつま……っ」
気配を察して顔を上げた鷗賀の瞳は、恥ずかしさとパニックで涙目になっていた。
(もうダメ、言い訳できないよ……みんなにバレちゃう……っ)と、その瞳が必死に訴えている。
俺は平然とした顔で、全クラスメイトが見守る中、彼女の机の上にポンと右手を置いた。
そして、突っ伏そうとする彼女の細い手首を優しく、だけど拒絶を許さない強さで掴み、そのままグッと持ち上げた。
「おい、木村。お前らに一つ訂正させてくれ」
教室の喧騒を圧するような、低く、落ち着いた声を響かせる。
「一学期までは、確かにただの幼馴染だったよ。……だけど、この修学旅行で、俺たちの関係は完全に終わったんだ」
「終わったって……じゃあ、やっぱり!」
クラスの奴らがごくりと息を呑む。
「あぁ。こいつはもう、俺のただの幼馴染じゃない」
俺は掴んでいた彼女の手を、あのスクリーンの写真と全く同じ形――お互いの指を深く深く絡め合う『十指の恋人繋ぎ』へと、全校生徒(クラス全員)の目の前で組み替えた。
「――俺の、大事な彼女(恋人)だ。文句あるか?」
「うわあああああああーーーっ!!!」
「マジかよ! 公式声明出たぞこれ!!」
「藍庭、顔赤すぎ! 完全に茹でダコじゃん!!」
教室のボルテージは最高潮に達し、担任すらも「ヒューヒュー!」と口笛を吹いている。
「あ、あぅ……いつ、まの……バカぁ……っ……」
鷗賀はもう、完全に逃げ道を失い、繋がれた俺の手にギュッと力を込めたまま、俺の制服の袖に顔を押し付けて完全に隠れてしまった。
恥ずかしさで死にそうになっているが、俺の手を振りほどこうとする意志は、彼女の中に一ミリも存在していなかった。
『友達以上、恋人未満』。
『失いたくないから一線を越えない』。
そんな彼女の可愛い頑なさは、クラス全員の盛大なお祝いの拍手と歓声の中で、完全に、永久に消滅したのだ。
俺はクラスの奴らの盛大な冷やかしを心地よく聞き流しながら、俺の腕の中で小さくなっている愛おしい恋人の手を、今までで一番強く、優しく握り締め続けるのだった。




