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旅路の果ての夜景と、言い訳を止める唇

修学旅行最後の夜。

深夜一時を回り、旅館の廊下は完全な静寂に包まれていた。どの部屋からも寝息や微かな寝返りの音しか聞こえない、本当の『秘密の時間』。


コン、コン。


女子部屋の襖を極限まで小さな音で叩くと、すぐに隙間から、パーカーを羽織った藍庭鷗賀あいにわ おうかが顔を覗かせた。

「……いつま、本当にいくの? 見つかったら今度こそ大説教だよ?」

「大丈夫だ、見回りの先生のスケジュールはさっき確認した。お前に見せたいものがあるんだ、おいで」


俺――真名依真まな いつまは彼女の手首を優しく掴み、非常階段を使って旅館の最上階にある展望ルーフトップへと向かった。


重い鉄の扉を押し開けると、目の前には、大阪の街がどこまでも広がる圧倒的な夜景が広がっていた。

遠くに見える高層ビルの明かりや、高速道路を流れる車のテールランプが、まるで地上にぶちまけられた宝石のようにキラキラと輝いている。秋の深夜の風は少し冷たくて、肌を心地よく刺激した。


「わあ……っ! すごい……きれい……っ!」


鷗賀は手すりに駆け寄り、目を輝かせて夜景を見下ろした。

冷たい夜風にポニーテールが揺れ、街の光が彼女の大きな瞳に反射して、まるで星空をそのまま閉じ込めたように美しかった。


「な? 連れてきてよかったろ」

「うん……! ありがとう、いつま。私、こんな綺麗な夜景、初めて見たかも……」


しばらく二人で並んで夜景を眺めていたが、やがて鷗賀が、少し寂しそうな表情を浮かべてポツリと呟いた。

「明日で、修学旅行も終わりだね。学校に戻ったら、またいつもの毎日に戻っちゃうんだよね……」


「……戻らないよ」

俺は一歩、彼女との距離を詰めた。


「え?」

「バスの隣の席も、布団の中の熱も、心斎橋で繋いだ十指の手も。全部お前に刻み込んだ。学校に戻ったからって、これがなかったことになるわけないだろ」


鷗賀はハッと息を呑み、俺を見上げた。

夜風の寒さのせいか、それとも俺の言葉の重さのせいか、彼女の細い肩が微かに震えている。


「いつま……ダメだよ、それ以上は……。私は、いつまを失いたくないの。もし付き合って、いつか別れることになったら、私はもう生きていけない……。だから、幼馴染のままで……っ」


まただ。彼女はまた、自らが作った『安全な檻』の中に閉じこもろうと言い訳を口にする。

だけど、その瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。それは拒絶の涙ではなく、俺への愛おしさが限界を迎えて溢れ出した、心の悲鳴だった。


「別れるわけないだろ。お前を他の男に渡すくらいなら、俺の全てを懸けてでも、一生俺の隣に縛り付けてやる」


「――っ!」


俺は彼女の細い腰をグッと引き寄せ、彼女の逃げ道を完全に塞いだ。

驚きに目を見開く鷗賀の顔が、至近距離で迫る。彼女の唇から漏れる、熱くて甘い、青リンゴの吐息。


「もう、その可愛い口から言い訳は聞きたくない」


俺は静かに目を閉じ、彼女の真っ赤に熟れた唇へと、自分の唇を重ねた。


――触れた瞬間、世界の音が消えた。


柔らかくて、驚くほど熱い、二人の初めてのキス(ファーストキス)。

鷗賀の身体がビクッと大きく跳ね上がり、掴みどころを探すように彼女の両手が俺の胸元をギュッと握りしめてきた。

夜風の冷たさなんて一瞬で吹き飛ぶほどの、圧倒的な熱量が、唇を通じてお互いの脳内へとダイレクトに流れ込んでいく。


一度唇を離し、潤んだ瞳で俺を見つめる彼女の顔を確かめる。

鷗賀は完全に理性を失ったような、熱い熱い恋する女の子の顔をして、小さく喘いでいた。


「いつ、ま……っ……んむ……っ」


彼女が拒絶しないことを確信し、俺はもう一度、今度はさらに深く、彼女の唇を塞いだ。

重ねられる唇、絡み合う吐息。夜景の光に照らされながら、二人の影は屋上の一角で完全に一つに重なり合っていた。


長い、長いキスの後。

俺の胸に顔を埋め、ゼェゼェと激しく息を切らせながら、鷗賀は俺のシャツを千切れんばかりに握りしめていた。その顔は、髪の生え際まで完全に真っ赤に染まっている。


「……もう、幼馴染のフリなんて、絶対に無理だからな。おうか」


俺は彼女の耳元で、この旅の、そしてこれからの二人の未来を決定づける絶対的な呪いを囁いた。


「お前はもう、俺の特別なんかじゃない。――俺の『女』だよ」


「……っ……いつまの、バカ……。もう、本当に……引き返せないじゃん……っ……」


鷗賀は俺の胸に涙を滲ませながら、だけど、これまでにないほど強く、俺の背中にその細い腕を回して抱きしめ返してきた。

『世界で一番失いたくない人』という安全な檻は、大阪の百億万ドルの夜景の下で、跡形もなく、甘く綺麗に崩壊したのだった。


俺は胸の中で震える愛おしい少女をさらに強く抱きしめながら、二人の未来を祝福するように輝く街の光を、どこまでも満足げに見つめ続けていた。

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