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17/25

京都の朝霧と、無防備な朝の特等席

薄い障子越しに、京都の柔らかな朝の光が室内に差し込んできた。

コンクリートの校舎とは違う、古い畳の匂いと、どこか冷ややかな秋の朝の空気。


「……ん……っ」


微かな身じろぎとともに、俺――真名依真まな いつまは意識を浮上させた。

いつもなら自分の部屋の使い古したベッドの上のはずだが、背中に伝わるのは少し硬い敷布団の感触。そして、何より――俺の右腕のあたりに、驚くほど柔らかくて温かい『何か』がぴったりと密着していた。


視線を落とすと、そこにはまだ完全に眠りの中にある藍庭鷗賀あいにわ おうかの顔があった。


昨晩、先生の巡回から隠れるために同じ布団に飛び込み、そのまま夜が明けるまで彼女の部屋から抜け出せなくなってしまったのだ。結果として、俺たちは修学旅行の初日の夜を、一枚の布団の中で寄り添い合って過ごすことになった。


「すー……すー……」


無防備な寝息を立てる鷗賀の顔は、至近距離で見ると驚くほど幼い。

お風呂上がりだったハーフアップの髪はすっかり解け、枕の上に黒い絹糸のように広がっている。寝返りを打った拍子に浴衣の胸元が大きくはだけており、健康的ながらも白い鎖骨と、女の子らしい華奢な肩のラインが朝の光に晒されていた。


俺の右腕は、彼女の首の下――いわゆる『腕枕』の形になっていた。

さらに、彼女の細い両腕は、まるで大切なぬいぐるみにしがみつくように、俺の胴体をギュッと抱きしめている。


(……これで『ただの幼馴染』とか、よく言えたもんだな)


俺は苦笑しながら、自由になる左手で、彼女の頬にかかった一筋の黒髪をそっと耳の後ろへと払った。

指先に触れる、朝の冷気で少し冷えた彼女の肌の柔らかさ。

その愛おしさに胸が締め付けられ、俺はつい、指先で彼女のふっくらとした唇を優しくなぞってしまった。


「う、んぅ……っ……いつま……?」


指先の刺激のせいか、鷗賀の長い睫毛がゆっくりと震え、その瞳が開かれた。

まだ寝ぼけ眼の、ぽやぽやとした潤んだ瞳。彼女は自分が置かれている状況がすぐには理解できないらしく、俺の胸に顔をすり寄せて、ふにゃりと締まりのない笑みを浮かべた。


「おはよ、いつま……。夢に、いつまが出てきた……」

「夢じゃないよ、おうか。現実だ」


俺の低い声が鼓膜に届いた瞬間、鷗賀の身体が目に見えて硬直した。

パチッと、彼女の瞳に完全に光が戻る。

自分の両腕が俺の身体をガッチリホールドしていること、自分の頭が俺の腕の上にあること、そして、二人の足が布団の中で複雑に絡み合っていること――そのすべてを、彼女の脳がようやく認識したらしい。


「え……っ、あ、ええええええっ!??」


鷗賀は飛び起きようとしたが、俺が瞬時に彼女の腰に左手を回して引き留めたため、再びドサッと布団の上に引き戻された。


「な、何するのいつま!? 朝だよ!? もう朝になっちゃったよ!? なんでまだいるの!?」

「お前が俺のシャツを掴んで離さなかったんだろ。無理に動いたらお前が起きちゃうから、朝まで付き合ってやったんだよ」


「う、嘘だぁっ! 私がそんなこと……っ、あ、あれ? でも私、なんかあったかいものを抱きしめてた記憶が……」

鷗賀は顔を耳の裏まで真っ赤に染めながら、自らの記憶を掘り起こしてさらにパニックに陥っている。


朝の光に照らされた彼女の顔は、昨晩の薄暗い密室の時よりもはっきりと見えて、その照れ具合がたまらなく可愛かった。

俺は上体を起こし、逃げようとする彼女の手首をベッド(布団)の上に優しくピン留めした。


「おうか。これで二日目の朝だぞ」

「な、何がよ……っ」


「昨日、全校生徒の前で俺に抱きついて、夜は同じ布団で寝て、朝は腕枕で目が覚めた。……これでもまだ、俺たちが『失いたくないから付き合えない幼馴染』だって言い張るつもりか?」


俺の真っ直ぐな視線から逃げるように、鷗賀は顔を背けた。

だけど、彼女の呼吸は完全に乱れていて、はだけた浴衣の胸元が激しく上下している。


「そんなの……ずるいよ。いつまはいつも、私が逃げ道をなくすようなことばっかり言う……」

「逃げ道なんて最初から作ってない。お前を俺だけのものにするって、夏休みに言っただろ」


俺は彼女の耳元に顔を近づけ、朝の静寂の中に、二人だけの秘密の熱を滑り込ませた。

「ほら、もうすぐ朝の集会が始まるぞ。急いで着替えないと、今度こそクラスの奴らにバレるな」


「――っ! もう、本当にいつまの意地悪っ!」


鷗賀は俺の胸をポカポカと弱々しく叩くと、真っ赤な顔のまま布団から這い出し、自分の着替えを掴んで洗面所へと猛ダッシュで駆け込んでいった。

バタン、と激しく閉まるドアの音。


㠠賀のいなくなった布団の中には、彼女の体温と、あの甘い青リンゴの香りが、まだ色濃く残っていた。


俺は自分の右腕に残る、彼女の頭の心地よい重みを確かめるように拳を握り、口元を満足げに緩めた。

修学旅行はまだ二日目が始まったばかりだ。

お前の防衛線は、もう一枚も残っていない。



俺は乱れた衣服を整えながら、彼女が洗面所から出てくるのを、特等席で静かに待ち受けるのだった。

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