百花繚乱のバトンパスと、二人のウイニングラン
ついに、全校生徒が青空の下に集う『体育祭』の本番当日がやってきた。
グラウンドには色とりどりのクラスカラーのハチマキが躍り、応援団の太鼓の音が地鳴りのように響き渡っている。
我が二年のクラスは、午前中の競技で健闘し、現在総合二位。そして、泣いても笑ってもこれが最後の競技――全校が最も熱狂する『クラス対抗交際リレー』の時間がやってきた。
「いつま! 準備はいい? 絶対に一位取るよ!」
入場門の近く、アンカーの招集エリアで、藍庭鷗賀が俺の前に駆け寄ってきた。
ハチマキをきりりと額に巻き、陸上部のユニフォーム姿になった彼女は、いつにも増して凛々しく、そして眩しかった。昨日の放課後、あの夕暮れの教室で俺の胸に飛び込んできた時の、あの赤くなって泣きじゃくっていた女の子とは、まるで別人のようなエースの顔だ。
「あぁ。お前がトップで持ってくれば、俺がそのまま逃げ切ってやるよ」
「うん! いつまなら絶対にやってくれるって信じてる!」
鷗賀はニカッと太陽のような笑顔を見せ、女子のスタート位置へと向かっていった。
その背中を見送りながら、俺――真名依真は、アンカー用の第七コースのスタートラインに立つ。
パンッーー!
ピストルの音が鳴り響き、第一走者が一斉に飛び出した。
地を揺らすような大歓声の中、バトンは次々と繋がれていく。我がクラスのランナーたちも死力を尽くし、バトンはついに、女子のアンカーである鷗賀の元へと渡った。
「藍庭!頼んだーーーっ!」
「任せてっ!!」
バトンを受け取った瞬間、鷗賀の加速は異次元だった。
さすがは陸上部のエース。長い黒髪のポニーテールを激しく揺らし、しなやかな長い足で爆発的に地面を蹴っていく。先行していた他クラスの女子ランナーを、コーナーの手前で瞬く間に抜き去り、我がクラスを堂々の一位へと押し上げた。
バックストレートを猛烈なスピードで突き進み、俺の待つ最終ストレートへと彼女が向かってくる。
その瞳は、真っ直ぐに俺だけを捉えていた。
「いつまーーーーっ!!」
彼女の叫び声が、グラウンドの喧騒を突き抜けて俺の耳に届く。
俺は前を向いたまま、左手を後ろに大きく伸ばし、走り出すタイミングを計る。
近づいてくる、彼女の激しい足音、そして、あの夏の間ずっと俺の五感を狂わせ続けた、熱い熱い青リンゴの香りが。
「いっけええええーーーっ!!」
パシィィィンッ!!!
グラウンド中央に、驚くほど綺麗で小気味の良い打撃音が響き渡った。
一ミリの狂いもない、完璧なバトンパス。
手のひらに残る彼女の手の熱さと、バトンの重みを受け取った瞬間、俺の身体の全細胞が沸騰した。
「――任せろ、おうか!」
俺は爆発的に加速した。
後ろを振り返る必要なんてない。俺の後ろには、世界で一番俺を信じてくれている少女が走っている。その事実だけで、俺の足はいくらでも軽くなった。
他クラスの男子アンカーたちが必死に追いかけてくる気配がするが、俺の視界には、ただ一本のゴールテープしか映っていなかった。
夏休みの最終日に彼女と交わした約束。
――『学校が始まろうが、何が起きようが、俺がお前以外の奴を特別にすることはない』。
その約束を、今、全校生徒の前で証明してやる。
胸を張り、俺はトップでゴールテープを駆け抜けた。
「よっしゃあああーーーっ!!!」
クラスの奴らが一斉に俺の元へと駆け寄ってくる。
だけど、人混みを押し分けて、誰よりも早く俺の胸の中に飛び込んできたのは、息をゼェゼェと切らせた鷗賀だった。
「いつま……! やった、やったよ……! 一位だよっ!」
鷗賀は周囲の目も気にせず、俺の首元に両腕を回して抱きついてきた。
「お、おい、おうか、みんな見てるって……」
「いいの! だって、約束したもん! 私、一番になったら、いつまの特別を頂戴ねって言ったもん!」
彼女の真っ赤な顔と、潤んだ瞳。
その瞬間、クラスの奴らや、グラウンドで見守っていた全校生徒の間に、波のようなざわめきが広がった。
「え……? 藍庭と真名って、あんなキャラだっけ?」
「ただの幼馴染じゃなくて、マジで付き合ってんの……?」
遠くのテントでは、陸上部の黒岩先輩が、少し苦笑いしながら俺たちの姿を見つめているのが見えた。
俺は抱きついてくる鷗賀の細い腰を、今度は俺の方からグッと引き寄せ、全校生徒に見せつけるようにして、彼女の頭を優しく撫でた。
「あぁ。約束通り、お前は俺の、世界で一番の『特別』だよ、おうか」
「……っ!」
鷗賀の顔が、クラスカラーのハチマキよりも真っ赤に染まる。
『世界で一番失いたくない人だから恋人にはなれない』という彼女の可愛い言い訳は、この大歓声のグラウンドの中で、完全に、実質的な『公開告白』へと書き換えられてしまったのだ。
俺たちはクラスの奴らに揉みくちゃにされながらも、繋いだ手だけは最後まで離さず、二人の勝利の余韻に浸り続けていた。




