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12/16

放課後の居残り練習と、密室のストレッチ

体育祭を数日後に控え、学校全体がどこかそわそわとした熱気に包まれていた。

放課後のチャイムが鳴ると同時に、多くの生徒たちが応援合戦の練習や衣装作りのために、それぞれの plastic 容器やグラウンドへと scatter していく。


「……はぁ。やっぱり、背面跳びの時の、ここ一番の腰のアーチが上手くいかない……」


夕日が差し込む、誰もいなくなった二年の教室。

藍庭鷗賀あいにわ おうかは、机を教室の後ろへと片付けた広いスペースで、床にヨガマット代わりの大きなバスタオルを敷き、一人で柔軟体操をしていた。

陸上部の全体練習が終わった後、彼女はわざわざ俺の教室に残って、自主練習を続けていたのだ。


「お前、あの黒岩先輩にまた教えてもらえばいいだろ。昨日のフォームチェック、あんなに嬉しそうにしてたんだからさ」


俺――真名依真まな いつまは、自分の席に腰掛けたまま、意地悪な口調でノートをめくった。

まだ少し、前回の嫉妬の残り香を引きずっている俺を、鷗賀はマットの上からジロリと睨みつけてきた。


「まだそんなこと言ってるの? いつまのバカ。先輩に教わるのは、部活全体のメニューだからしょうがないの! 私が本当に頼りたいのは……いつまだけだって、もう言わせないでよ……っ」


鷗賀は顔を真っ赤にしながら、プイッと横を向いて足を大きく開脚した。

今日の彼女は、学校の体操着のハーフパンツではなく、陸上部のタイトなショートスパッツ姿だった。跳躍競技のために限界まで鍛え上げられた、しなやかで細い太もも、そして健康的な小麦色の肌が、夕暮れの斜光を浴びて艶やかに輝いている。


「ねえ、いつま。ちょっと背中押してよ。股関節と腰回りをしっかりほぐしておかないと、本番でバーを越えるときに体が硬くなっちゃうの」

「……俺が押すと、またスパルタだぞ」

「いいよ。いつまの押し方、ちょっと痛いけど、一番効くから……」


無防備すぎる。

㠠賀はマットの上にペタンと胸を丸ごとつけるようにして、前に上体を倒した。


俺は席を立ち、彼女の真後ろへと歩み寄った。

床に片膝をつき、うつ伏せになっている彼女の腰のラインを見下ろす。スパッツ越しに、引き締まったお尻と、そこから伸びる背筋の綺麗な美しい曲線が、容赦なく俺の視界をジャックした。


「押すぞ」

「うん、おねが……ひゃんっ!?」


俺が彼女の腰と背中に両手を置き、ゆっくりと体重をかけると、鷗賀の口から小さくて甘い悲鳴が漏れた。

手のひらからダイレクトに伝わる、彼女の体温。そして、衣服越しでも分かる、限界まで引き締まった女の子の肉体の柔らかさ。


「い、いつま、ちょっと……強い、強いってば……!」

「これくらいやらないと、お前の硬い筋肉はほぐれないだろ。ほら、息吐いて」

「ふ、ふぅーーーっ……。うぅ、なんか、いつまの手、すごく熱いよ……」


鷗賀の声が、痛みのせいか、それとも別の理由のせいか、微かに艶を帯びて震えている。

夕日の影が教室の床に長く伸びる中、二人の荒い呼吸音だけが、静まり返った空間に響き渡っていた。


「……次は、上体を後ろに反らすから、手を持って引っ張って」

鷗賀がマットの上で仰向けになり、上半身だけを起こす体勢をとった。


俺は彼女の前に回り込み、床に座った彼女の両手首を、自分の手でしっかりと握った。

「いくぞ。せーの……」

グッと力を入れて彼女の手を引くと、鷗賀の綺麗な胸元が大きく開き、首筋から鎖骨にかけてのラインが、俺の目の前に晒された。


「――っ」

その瞬間、彼女のバランスが少し崩れた。

「あ、きゃっ!?」


引っ張る力が強すぎたのか、それとも彼女の足が滑ったのか。

鷗賀の身体が、俺の胸の中へと吸い込まれるように倒れ込んできた。


ドサリ、と鈍い音がして、俺たちはマットの上に重なるようにして倒れた。

俺が下になり、鷗賀が俺の身体の上に完全に覆いかぶさるような体勢。

彼女の柔らかい胸が、俺の胸板にぴったりと押し付けられ、お互いの心臓の鼓動が、まるで一つの大きな地響きのようにドクドクとシンクロして鳴り響いた。


「……いつ、ま……」

鷗賀は俺の胸に両手を突いたまま、至近距離で俺を見上げていた。

その距離、わずか数センチ。

彼女の長い睫毛が激しく震え、潤んだ瞳には、完全に理性を失いかけている俺の顔が、鏡のように映り込んでいた。


「……おうか。お前、これがただの『幼馴染の練習』だと言い切れるか?」


俺は彼女の手首を掴み、床にピン留めするように固定した。

かつて教室で伝えた言葉が、この密室の中で、より重く、より濃密に彼女を縛り付ける。


「失いたくないから恋人にならない、なんて……。そんなぬるい言い訳、もう俺の前では通用しないって、何度も教えてるだろ」

「いつ、ま……ダメだよ、こんなの……。私、本当にどうにかなっちゃいそう……っ」


鷗賀の瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ち、俺の頬へと伝った。

恐怖の涙ではない。それは、男としての俺の圧倒的な独占欲に、自分の心が完全に屈服しかけていることへの、甘い悲鳴だった。


「どうにかなればいい。俺の色に、全部染まればいいんだよ、おうか」


俺は固定していた彼女の手首を離し、その細い腰をグッと引き寄せて、彼女の艶やかな唇のすぐ手前で、わざと動きを止めた。

彼女の吐息が、俺の唇を熱く濡らす。

鷗賀は、逃げるように目を閉じることもせず、ただ、俺の次の行動を、熱い期待と切なさを孕んだ瞳でじっと待っていた。


キーンコーンカーンコーン――。

完全な静寂を破るように、校内に最終下校を告げるチャイムが冷酷に鳴り響いた。


「……っ!」

鷗賀はハッと我に返ったように、慌てて俺の身体から飛び退いた。

彼女は真っ赤な顔のまま、乱れた体操着を直しながら、ゼェゼェと荒い息を吐いていた。


「も、もう時間だね! 片付けなきゃ!」

「……あぁ、そうだな」


俺は苦笑しながら身体を起こし、床のバスタオルを畳み始めた。

キスはあえてお預けだ。300話の大長編、焦る必要はどこにもない。

だけど、今夜の練習で、彼女の肉体にも、そして心にも、俺の指先の熱が消えない傷跡として深く刻まれたことは間違いなかった。


「いつま……」

教室の鍵を閉め、誰もいない廊下を二人で並んで歩いている時、鷗賀が俺の制服の袖を、キュッと小さな力で引っ張った。


「次の体育祭の本番……私、絶対に一番でゴールするから。だから……」

彼女は顔を伏せたまま、だけど、確かな独占欲を込めて呟いた。


「私が一番になったら……その時は、私だけの特別を、もっと頂戴ね」


それは、彼女にとっての、最大の『覚悟』の表明だった。

『世界で一番失いたくない人』の檻は、もう、内側から崩壊を始めていた。


夕闇に沈む帰り道、俺たちは繋いだ手をポケットの中に隠しながら、一歩一歩、確実な未来へと歩み進めていった。

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