第31話 狩猟祭 5
お茶会はシーグローヴ公爵夫人の挨拶で始まった。
シーグローヴ公爵家のメイドや従僕達が給仕を始める。
アーチデール家からもメイドや従僕を出している。これはうちのメイドや従僕達に経験を積ませるために私から願い出た。
王家主催と銘を打っているので、王城からのメイドもここで従事するが、シーグローヴ公爵家としては人でが少しでも増えるのは願ったりの状態。
この話を耳にした貴族家の方々(主にシーグローヴ公爵閥)からも家事使用人に経験を積ませたいと声が上がり、それぞれの家からメイドや従僕がこの場にきている。
貴族の目に止まらない給仕以外の下働きは、現地の平民の臨時雇い。現地の顔役が手配し、地域の平民にとっては、この狩猟祭は稼ぎの場で、毎年のことらしい。
開催前のちょっとしたアクシデントについては、尾を引くことはなく、秋の大夜会についてや最近の流行など、各人が気になる情報を手に入れる為の社交がそこかしこで展開されている。
「アデライドから話を聞いていたけれど、実際に行ってみて良かったわ」
主催のシーグローヴ公爵夫人の話題は私の美容サロンだった。
「今シーズンにあと最低2回は通いたいぐらいよ」
「是非お越しください。お待ちしております」
女子供が事業などと腐す男共は、今頃馬上で獣を追い回しているだろう。
ご苦労なことだ。
甘い花の香りがする上品な紅茶を嗜み、きらびやかなご夫人やご令嬢達が歓談している様子を見つめながらそう思う。
「シーグローヴ公爵領にも支店を建てて下さるのでしょ?」
シーグローヴ公爵夫人の御下問に私は頷く。
「その予定で進めております。来年夏のオープンを目指しております」
「嬉しいわ。サマーホリデーシーズンは、お客様も多くて何かと気疲れしてしまうの。サロンがオープンされれば、それも軽減できそう」
「クリスティーナ様! その話は薄っすらと聞いていたけれど、いつの間にそこまで進んでいるの?」
バクスター公爵夫人が羨ましそうに声を上げて、聞いてないわよと、私の方へ視線を向ける。
「ベティも毎年、夏はうちの領に足を運んでいるじゃない。アーチデール男爵夫人、よろしければ来年のサマーホリデーシーズンは、ご家族と一緒にシーグローヴ公爵領に遊びにきて頂戴」
「よろしいのですか?」
「お忙しいでしょうけれど、たまには、王都以外の街も楽しめるかと思いますよ?」
「お誘いありがとうございます。お言葉に甘えて、是非」
男爵夫人のトークもさすがに出しゃばることのない、抑え目の受け答え、笑顔を絶やさず、他のご夫人の会話を聞く姿勢になっていた。
このテーブルでは下位貴族だから当然だ。
「本当に、あのサロンはいいわ。販売する品も――……ここは女性だけの場だから言えるけれど、あの女性用の衛生用品、凄く楽よね!? あれはどうやって作ったのかしら?」
「開発者は女性です。アカデミーに在籍している兄の知己です。企業に売り込んでも、女性が作った女性用の商品というだけで話も聞かずに門前払いされたようでした。シーグローヴ公爵夫人もお会いされてますよ。今年お誘い頂いた時に私の側にいた眼鏡をかけた女性です」
「ああ、エイミス伯爵家三女のフローラ嬢ね」
「好奇心と探求心の塊ですね。化粧品開発も彼女が担当ですから」
「まあ!」
「鉛白のパウダーよりも肌馴染みがいいのよね」
「何代か前の陛下が、鉛白パウダーを利用していたということでブームになりましたが、あれは人体にとっては有害なものも含まれていたそうです」
中世期の陛下は女性だった。
女が国政を動かしていたのに、女が事業するなとか、ふざけるな。
政治と事業は違うと年配の紳士は口を揃えるが、何をするにもまずは金だろうに。
「かなりお若くして亡くなられてしまったものね……そういう要因もあったのかもしれないのね」
「そうそう、化粧品といえば、口紅やチーク、アイメイク商品の新色がそろそろサロンに並ぶ予定です。紅葉の風景に映える色彩を揃えたと、開発者の言葉です」
営業トークを軽く出すと、ご令嬢やご夫人方の反応は期待を含んでいた。
◇◇◇
領地で行われる狩猟祭は害獣対策の一環という意味合いが強く、数日間に渡って開催されるが、この王都近郊で開催された狩猟祭は一日で終了される。
昔の王家主催の領地の狩猟祭と同様に連日で行われ、その際、貴族達はここに滞在していた。
当然宿屋などはなく、農地をつぶして天幕を張っての滞在だったらしい。
公爵家レベルだとここから先の離宮に滞在も可能だろうが、ほとんどの貴族が天幕に連日詰めることになる。
夜会や茶会の社交シーズンにそれは……という声があちこちから上がり、現在は半日がかりという開催時間の短縮になった。
それでも狩猟は紳士の嗜みとかで、社交シーズン中は王都にいる貴族達にこの狩場を解禁しているとか。
狩猟祭のクライマックスは表彰式だ。
会場では獲物を仕留めた貴族の名前が呼ばれ、独身の青年貴族などは、婚約者やお守りを渡してくれた令嬢に、褒賞メダルを渡す。
お茶会が終了しても帰宅にならないのは、そんな小さなイベントがあるから。
昔はハンティングした獲物そのものを渡したようだが、これも、ご時世なのか、そんな風に簡略化……洗練されたというべきか……。
そんな中でやっぱり一際注目を集めたのが、ロードリック殿下とアデライド様だ。
中世の騎士のごとく片膝をつき、メダルをアデライド様に捧げるロードリック殿下に、若い令嬢達は歓声を上げる。
絵小説の挿絵のごときその場面。
若い令嬢達には夢のようなシチュエーションだな。
またお二人が美形だから絵になると言うか……。
それをするぐらいに、ロードリック殿下はアデライド様を大事にされているというのが、誰の目にもわかる。
アデライド様もこれぞ淑女の見本というべきカーテシーをしてから、ロードリック殿下からメダルを受け取る。
「ロードリック殿下はやりすぎです『褒賞は我が唯一の姫に捧げる』なんて」
アデライド様はそう言いつつも、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
でもパフォーマンスは効果的だ。
次代のシーグローヴ公爵家は安泰と周囲に認識させる効果は高い。
ロードリック殿下はそういう見せ方が上手いというか……いつもふざけているようで、でも、ちゃんと計算してそういう対応をしているのだろう。
さすがは王族。
「それにしても、貴女の義妹はすごいわね。マリアンデール」
アデライド様はシンシアに視線を向ける。
そう、ひっきりなしに、シンシアは若い貴族の令息達から、メダルを渡されているのだ。
今期デビューするアーチデール男爵家の令嬢。
男爵夫人譲りの美貌、行儀のなさをものおじしない性格に上手くすり替え、お喋りを社交的にすり替え、どうにかこうにか、貴族令嬢として及第点に達した義妹。シンシア・ヴィ・アーチデールは、今期の社交界、婚活戦線の中でも目玉商品になった。
「マリアンデール嬢」
呼びかけられて、顔を声の主にむけると、コールリッジ伯爵令息が立っていた。
「よろしければこれを受け取って下さい」
差し出されたのは褒賞メダルだ。
「大変光栄ですが、それは私の義妹に渡すべきでは?」
そもそも私は彼にお守りなども渡してはいない。
コールリッジ伯爵令息はシンシアの方を見る。
「あの波を押しのけるのが、非常に面倒くさいのです」
波とはシンシアに群がる令息達のことだろう。
まあ、気持ちはわかる。
「私がお預かりして義妹に渡してもいいでしょうが、それはそれで波風がたちましょう。ここはコールリッジ伯爵令息の、あの波を蹴散らかす気概を見せてもらいたいところですね」
「面倒くさいなあ」
苦笑交じりにフランクな言葉を漏らす。
「でも、その先に、己の目指す価値あるものが手にできるのでは?」
私の言葉を聞いて、深い青い瞳を見開く。
「なるほどね。ではいきますか」
「ご武運を」
「狩りの後に、まだ戦があるとはね。マリアンデール嬢、近い内に、お時間をいただければ助かります」
そうだな、お前の真意を聞いておくためにもそういう場は必要だ。
私はカーテシーをして、コールリッジ伯爵令息を見送った。




