第29話 狩猟祭 3
そうちょっとしたハプニング……ちょっとではないと年配のご夫人が眉をしかめる事件がおきた。
この狩猟祭までに私に追い詰められたビークロフト伯爵夫人がキレたのだ。
この件に関しての根回しは、すでにしてある。
秋の社交シーズンに入り、軍閥トップのバクスター公爵夫人、海軍閥のスクワイア侯爵夫人が私と懇意にしていることで、陸軍閥のご夫人達も慌てだした。
昨年までのアーチデール男爵家の社交は、男爵が一人でカバーしていたからと侮っていたのもある。
昨年の秋の大夜会から今年の春の大夜会にかけて、アーチデール家の社交は、男爵一人ではなく、アーチデール男爵夫人が、きちんとした社交をこなすようになってきた。
オマケに、男爵が長男よりも事業を手伝わせている私の存在。
富裕層の女性をターゲットにした事業展開に、社交界で上位の方々が目をかけていて、シーグローヴ公爵家の覚えもめでたく、下位貴族の中では抜きんでている。
その状況を見た陸軍閥のトップがバクスター公爵夫人を通じて、私とつなぎをとりたいと言ってきたのは、この狩猟祭準備期間のことである。
「ヘンリエッタからのお願いなのよ。そろそろ手を緩めてもいいのではなくて?」
狩猟祭前に王都の美容サロンに足を運び、施術を受けたバクスター公爵夫人からそう言われた。
ちなみにヘンリエッタとはスクワイア侯爵夫人のファーストネームである。
「はて? なんのことでしょう?」
「陸軍閥のご夫人から、泣きが入ったみたいなの」
「バクスター公爵夫人……私は男爵令嬢ではありますが、これでもブラックウェル伯爵家の血を引く者。ビークロフト伯爵夫人は元はといえばブラックウェル伯爵家の足を引っ張った陪臣の娘ですよ? 許せと? 実母も義母も蔑ろにされて、今はただの男爵令嬢だから弁えろと仰る?」
「そうじゃなくて……要はその、元はビークロフト伯爵夫人でしょ? 陸軍閥のご夫人達もこのサロンを利用したいと思っているのよ。彼女が問題だったのは理解してるわ。でも、その連帯でやり込めるのはここらへんでなんとか手打ちにならないものかしら?」
「……」
「ビークロフト伯爵家の長男夫婦が、爵位を継ぐのもあと少しだろうし」
「どういうことです?」
「ビークロフト伯爵家当主もお年でしょ? 今年で代替わりよ」
借金まみれになったブレアム子爵家は主家であるブラックウェル伯爵家にも借金をなすりつけたが、金の為に、娘であるミランダを――今のビークロフト伯爵夫人を差しだした。親子ほどの年の差がある結婚だ。
それが今から20年ぐらい前の話。
それを思えば、まだ、その伯爵家当主が憲兵局の上層部にいるのかと思えば呆れるな。まあそんな話が上がるということは、内々で継承が勧められているということか。
「そんなに早く?」
「前々からそういう話がね。今度の狩猟祭には長男が出るのよ?」
「まあそうでしょうね」
腰の曲がった年寄りが乗馬など……中世時代の騎士ではあるまいし。
「長男夫婦が、親を引退させたいと思っているようなの、春のあのシーグローヴ家主催の夜会の一件と、港湾再開発の警備の一件で、さすがに長男がキレたのよね」
バクスター公爵夫人「思っているようなの」では、現状を改めるわけにはいかないな。
そんな私の内心を読んだかのようにバクスター公爵夫人は続ける。
「間に入ったわたくしが全部を取りまとめるわけにはいかないでしょう? 話し合う機会を設けてほしいのよ。貴女も現状のままでいいとは思っていないでしょう? このサロンの顧客も新たに増やした方が、今後、何かといいだろうし」
上手いな……バクスター公爵夫人。
「アーチデール男爵家は下位貴族ではあるけれど、王都経済界では本当に上層なのよ、その後継者を狙う貴女の立場も固める為には味方は多い方がいいでしょ?」
「そうやってズルズルとお客様の意向を聞き入れて、サービスの質が落ちるのを懸念致します――が、元王族の姫であるバクスター公爵夫人が自ら調整役を買ってくださるようなので、場を設けます」
「貴女、最高よ! マリアンデール! もちろんわたくしも同席するわ」
◇◇◇
そんなこんなで次代のビークロフト伯爵夫妻と陸軍閥の上層部のご夫人と、バクスター公爵夫人を交えて話の場を設けた。
この時代どこの国も男性上位の風潮において、次代のビークロフト伯爵は潔いのか、まず頭を下げた。
これにはさすがの私も驚いた。
「義母であるミランダの件、申し訳ありませんでした」
ミランダ夫人が頭を下げるより、義理の息子が先に頭を下げてきた。
これには陸軍閥上層部のご夫人も驚いたようだし、バクスター公爵夫人も驚いた。
きけば、後妻に納まったミランダ夫人は、ビークロフト伯爵家に入るとそれはもうやりたい放題だったという。
ま、聞かなくてもあの気性ならばそうだろうなと簡単に予想できたが。
さすがに今年の春の夜会と、港湾再開発警備の邪魔、その報復として私がとったアーチデール男爵家傘下の小売店の現金払い措置がかなり効いている様子だった。あと陸軍閥のご夫人から細君がかなりねちねちやられているらしい。
そこは今の伯爵夫人にやれとも思うが、あの夫人はやられたらこの細君にやつあたりしそうだ。
「お二人の為にも、ご当主と夫人は、領地でゆっくりされるのがいいと思うのよ」
「港湾再開発地区の治安を憲兵局ではなく、海軍とアーチデール男爵家の警備で補うという現状も、ここらへんでなんとかしたいと、主人達も頭を悩ませているの」
陸軍閥上層部のご夫人とバクスター公爵夫人も声を揃える。
「父も、この騒動にさすがに疲れたのか、現在領地で療養にはいる準備をしてます」
「この人も義母を説得していますが、あのご気性ですから」
次代の伯爵夫妻は声を揃えて言い募る。
ま、聞く耳持たないだろうな。
バクスター公爵夫人は私を見つめる。
「ミランダ夫人を、領地に向かわせるように説得しても、聞く耳は持たないご様子ですね。ミランダ夫人宛てのお茶会や夜会のお誘いはまだあるのですか?」
私の問いに、次代のビークロフト伯爵が答える。
「去年と比較すればもう、ほんの少しばかりです……」
「オズボーン侯爵夫人」
陸軍閥上層部の夫人に声をかける。
「今後、夜会お茶会においてのお誘いは、こちらにいる次の伯爵夫人アイリーン様宛てにお誘いください」
「ええ。わかったわ」
「それと、アイリーン様、貴女が次のビークロフト伯爵夫人になられるのです。家政の掌握をきっちりなさってください。次代の伯爵家を守るのは、貴女です。ミランダ夫人ではない。無理だと思うなら、次期伯爵に頼むとよろしいでしょう。縦軸をブレさせてはいけません。あと、バクスター公爵夫人」
「何? マリアンデール」
「狩猟祭のお茶会で、ビークロフト伯爵夫人ミランダに、王都社交界から引退していただこうと思うのですが、よろしいですか?」
「そんなことができるのですか!?」
声をあげたのは次期ビークロフト伯爵夫人だ。
「大夜会規模の参加のお茶会です。あの気性ならば、席次をちょっと変化させればキレますよ」
ご夫人方は顔を見合わせている。
そうかしら? そうかも? そんな表情だ。
我慢なんかするものか。
なんせ主家の娘である私の母に敵愾心を抱くほど、身の程知らず。
後妻で入って、実子を押しのけて家政を取り仕切って、社交界で伯爵夫人として権勢を持った女だ。プライドも高い。
本来よりも下に置いてやれば、ブチギレるだろう。
「狩猟祭のお茶会を場に使うというの?」
バクスター公爵夫人が眉をしかめる。
「準備はすべて、私が行いますし、やんごとない方々にはお手をださせませんよ。そこは男爵家の私にお任せ下さい。ただ――」
「ただ?」
「切れ散らかしたミランダ夫人を領地に押し込めて、王都の土を踏ませないよう、頼みましたよ? ビークロフト伯爵」
私の最後の呼びかけに、彼の表情が変わる。
そうだ。お前が伯爵なんだ。お前がビークロフト伯爵家当主だ。
後妻ごときにいい顔させるな。
もちろん、うちの手勢が必要ならば、貸し出すとも。




