第28話 狩猟祭 2
シンシアは一人でお守りを渡しに行くのを躊躇い、私に付き添うように願い出る。
「お友達と一緒じゃなければ、マリアンデールお義姉様と一緒ならいいでしょう!?」
私は何も用意していないが……。
まあいいだろう。
シンシアやアンが大好きな絵小説だと、義姉を押しのけて意中のヒーローにアピールする場面はよく見る。
が、今のシンシアは私を過剰に貶めて自分アピールはしないだろうし、私自身、シンシアがデビュタント前の貴族令嬢として、下位貴族の中でも、品位ある特別枠の家柄の娘としての振る舞いができているのかを見定められる。
「いいだろう」
ちょうどシンシア意中の紳士は、アデライド様の婚約者であるロードリック殿下と談笑中で、殿下のお傍にアデライド様もいらっしゃる。
私達二人が近づくのを見て、ロードリック殿下は手をあげる。
「やあ、マリアンデール。アディから聞いたよ。ご苦労様」
「ロードリック殿下にはご機嫌麗しく。天候も良く、良い狩猟祭になりそうで何よりでございます」
「うん、ねえ見て、マリアンデール、このチーフ、アディが刺繍をしてくれたんだ!」
殿下は嬉しそうにポケットチーフを指さす。
「さすがアデライド様です」
「そうだろう? 義妹君も一緒でどうした?」
「義妹シンシアがコールリッジ伯爵令息にお渡ししたいものがあるとかで、付き添いで参りました」
「ほう」
ロードリック殿下はシンシアを見ると、シンシアはちゃんとカーテシーをして挨拶をし、本題を提示する。
「ロードリック殿下、コールリッジ伯爵令息様、ご機嫌麗しく。あの……コールリッジ伯爵令息様に……こちらを……」
シンシアと五歳差のコールリッジ伯爵令息は、にこやかに微笑んで、顔を真っ赤にさせたシンシアからチーフを受け取る。
「ありがとう、シンシア嬢。これは頑張らないと」
年上の紳士として、妥当な対応だな。
しかし……シンシアからチーフを受け取ったコールリッジ伯爵令息へ向けられる嫉妬羨望の視線の多さ。
先日のお茶会で噂に尾ひれがついて、シンシアの人気も侮れないものになっているということか。
「マリアンデールは? アーネストに渡さないのかい?」
「さきほど父であるアーチデール男爵にとっておきを渡したので、品切れでございます」
「とっておき?」
私は口角を上げて笑みを見せるだけで、言葉をつなげることなく心の中で思う。
――どんな躾のなっていない駄馬だろうと、一発でいうことをきくやつですとも。
「ほう意外だな。なんでも揃えるアーチデール男爵の秘蔵っ子の名折れでは?」
「そこをご容赦頂くために、私の妹が用意しましたので」
「ふうん」
ロードリック殿下はなかなか侮れない方だからな。
含みがある視線を私とシンシア、コールリッジ伯爵令息を回していたが、アデライド様がそんなロードリック殿下の袖を引っ張る。
「じゃあ行くか。行ってくるね、アディ。アーネスト行こうか」
ロードリック殿下はコールリッジ伯爵令息を促して、アデライド様に笑顔を向けて、馬に乗る。
「お気をつけて、殿下」
アデライド様の言葉に手を振る。
去っていく二人を見送り、アデライド様と共に茶会の会場へと向かう。
「アデライド様は刺繍の腕前もお見事ですね」
「あら、小さく施したのに。マリアンデールは目がいいのね」
「それだけ精緻でした」
「シンシアも、上手にできていたわよ。ちゃんと誉めた? マリアンデール」
「アデライド様のお墨付きをいただいたぞ、シンシア」
「ありがとうございます。アデライド様」
今回大会主催の公爵令嬢と、社交デビュー前に、紳士達の注目を集める義妹シンシアにかこまれている私に向けられる視線は、別の意味で嫉妬と羨望を集めていると感じたが、これはこれで悪いことではない。
「学院在学時にもマリアンデールにお茶会を任せたこともあるので、今日のお茶会も、安心しているわ」
「過分なお言葉、恐縮です」
◇◇◇
大貴族主催の狩猟祭における貴婦人達の社交――お茶会は、主催が主催だけあり、会場の警備も本来ならば王都憲兵局が請け負っていた。
しかし、今回の主催者であるシーグローヴ公爵家は、港湾再開発の警備の経緯もあり、王都憲兵局に話をもっていかなかった。
もちろん憲兵局は例年通り、警備にあたるものと思っていた。
そこに主催者側から当日の警備は自前で行うので手出し無用の通達を出す。
再開発の警備に人を出さずにいたことで騒動が起きたことを重く見て、信用がないとみなし、シーグローヴ公爵家の私兵と私が設立した護衛会社共同で警備に当たらせるという旨の知らせを受けて、王都憲兵局の上層部が頭を抱える事態になった。
――王都近郊といえば、我々の仕事の領分ではないか!
大貴族の主催者に加え、王都近郊における催事に、仕事を回してもらえないのはいかがなものか。
憲兵局内の上層部も貴族家が占めているから面子というものがある。
だが、港湾再開発の警備の件を持ちだされ、信用の問題と主催者側から一蹴されてしまった。
軍閥――陸軍閥の貴婦人達が肩身を狭くさせているように見えるのは、気のせいではないだろう。
もちろん、肩身の狭い彼女達はこの仕儀に至った人物――ビークロフト伯爵夫人に白い目を向けている。
この晴れやかな場で春の社交シーズンから時間を経て、ビークロフト伯爵夫人の凋落ぶりは目を見張るものがある。
翻って、アーチデール男爵家の女性陣の華やかさと比べたら。
来る秋の大夜会に社交デビューを控えた娘に、貴顕の淑女達の注目の美容サロンの広告塔をこなす男爵夫人。
注目の的だ。
扇越しに囁かれる声も、男爵夫人が以前受けた侮蔑の言葉ではなく、羨望の言葉。
高位貴族からも覚えめでたく、懇意にしているフリードウッド伯爵夫人と和やかに歓談している輪は大きい。
そんな男爵夫人のなさぬ仲である私は、主催であるシーグローヴ公爵夫人とバクスター公爵夫人、スクワイア侯爵夫人に挨拶をして、会場のセッティングや警備についてお褒めの言葉をいただく。
シーグローヴ公爵夫人からは先日利用された美容サロンについて、この上ない評価をいただいた。
今年の春社交デビューした下位貴族の令嬢で、こんな大物と挨拶を交せる下位貴族の令嬢は、私以外存在しない。
しかし、この茶会で、この後ちょっとしたハプニングが起きるのだった。




