第27話 狩猟祭 1
狩猟祭の下準備にアーチデール男爵家が乗り出す。現地近隣村や町の上役と折衝、シーグローヴ公爵家との狩猟祭開催費用の詳細な打ち合わせ等をアーチデール男爵とその部下達で実行され始める。
その裏で、私も参加される淑女達のお茶会のセッティングを開始する。
これは男爵夫人とシンシアにも手伝わせた。
貴族夫人とご令嬢だから実際に動くのではなく、人を動かす。
招待状の作成配布、現場設備、飲食系関連。
「狩猟祭参加なんて初めてよ!」
「学院のお友達から聞いたわ! 参加される紳士にご令嬢が、お守りを送るらしいの! だいたい婚約者同士とか、恋人同士でやるんだけど、お目当ての紳士に贈り物を堂々とできる少ない機会なのですって!」
「そうなの?」
シンシアも以前なら、「なんであたしが~」と不満をこぼしていたものだが、男爵夫人と一緒にかなり前向きに準備の手伝いをしている。
ゆくゆくは領地持ちの貴族との結婚があれば、狩猟祭の下準備は、いい経験になると思っているのかもしれないし、大きな催事は嫌いではないようだ。
お茶会で仲良くなった御令嬢達と文通などで、狩猟祭についてさり気なく尋ねてもいたらしい。
以前の狩猟祭、男爵家からの参加者は男性のみということは、私もアデライド様から聞いている。
アクティブな祭りだから、というのは表向きな理由。
下位貴族の紳士は露払いというか壁役というかそういう意味合いで引っ張り出されるのがほとんどで、上位貴族に道を開くらしい。
貴族階級社会の縮図だ。
下位貴族とはいえ、一家の当主や後継者が、そんな下請けな感じで参加する祭りに、自分の伴侶や娘はあまり伴わないらしい。
下位貴族でも領地持ちは自分の領地で狩猟祭を行うなら、主催するマスター役だが、社交シーズン王都近くの領地での狩猟祭に誘われたら、立場は下になる。
そんなカッコ悪いところは見せたくないというプライドが働くのだろう。
ただ今回は、実質王家から命を受けたシーグローヴ公爵家主催だ。
招待されること自体が名誉になるということで、随伴するご夫人やご令嬢達もそこそこはいるようだ。
同じ下位貴族でも、アーチデール男爵家は一家総出で裏方事業にたずさわるので、公爵家のグループ枠に組み込まれ、アーチデール男爵夫人とその令嬢である私とシンシアも淑女達のお茶会の場に出席でき、席次も主催のシーグローヴ公爵家のテーブル枠に組み込まれている。
末席は当然だが、しかし、一男爵家にしては破格の待遇だ。
紳士達も淑女達も一堂に会して郊外での華やかな祭り。
私は男爵の部下と、前日まで面会し、準備に余念がなかった。
◇◇◇
狩猟祭当日――。
赤い乗馬服に身を包んでいるのが下位貴族。
濃紺の乗馬服に身を包んでいるのが高位貴族。
男爵も狩猟に参加することになっていた。赤い乗馬服であるが、濃紺の腕章を腕につけている。
これが普通の追い回し役の下位貴族とは違うという印だ。
ご夫人方がご自身の夫君にお守りを渡す。
お守りといっても、チーフやカフスみたいな小物。
男爵夫人は真珠のカフスを贈り、シンシアはチーフを贈る。
「ありがとう、ジャネット、シンシア」
「お怪我なされませんように、旦那様」
「お義父様、無理しないでくださいね」
微笑ましい風景だな。
勿論、私も用意した。
「グリフィス」
私がグリフィスを呼びつけると、グリフィスはいつものように、いつものモノを渡す。
シンシアがぎょっとするが、それはほんの一瞬だった。
なんとか取り繕って冷静さを保ち、貴族令嬢らしい笑顔を浮かべようと努力している。
うむ。
男爵夫人は微苦笑を浮かべるぐらいにはなっているな。
「お父様、私からはこちらを」
短鞭の持ち手と先端を両手で握りしめているので、両手で捧げるような形に周囲には見える。
男爵も私が手渡す短鞭に苦笑を浮かべる。
「馬が言うことをききそうだな」
「どんなじゃじゃ馬だろうと、一発ですとも」
私は口角を上げて笑い太鼓判を押してやった。
「マリアンデール、茶会の方を万事頼むぞ」
「お任せ下さい。狩猟祭の後の件も恙なく」
◇◇◇
狩猟祭の後――紳士達は紳士達で、今回の打ち上げを行うのだ。
そこの会場、酒、料理、給仕も、男爵の部下とグリフィスに任せて準備を行っていた。
お茶会の準備を男爵夫人、私はそちらの打ち上げの準備に携わろうとしたら、男爵の部下達が待ったをかけたのでグリフィスに任せる形をとったのだ。
――年若いご令嬢がこの準備に携わるのは……。
言葉を濁す部下達の様子を見て、グリフィスに視線を送ると「要は、給仕はほぼ酌婦なので、My Ladyが携わるのを憚られるようです」という。
打ち上げの場は紳士達が羽目を外す場になるというわけだ。
要はそういう場であるから、準備は私でなくともと、男爵の部下達が止めに入ったということだったが、娼館主にも顔が利く私だ。
そんなことで怯むわけがない。
――港湾再開発において歓楽街設置を提案したのは私だが?
アーチデール傘下の総合建築事業社の者は知っているが、今回の狩猟祭準備に携わるメンバーはそれを知らない者がほとんどだった。
紳士は紳士なりの秘密のお楽しみがあって、それを準備段階で貴族令嬢である私が携わるのはやはりいろんな意味でよろしくないと思っているのだろう。
――シーグローヴ公爵家主催だ。そういう無礼講の場だろうと、格式も必要だろう。が、諸君の気遣いもわかった。グリフィス。私の代わりを頼む。
――Yes,My Lady
私の信頼と信用のおける執事に任せた。
◇◇◇
この一件は男爵の耳にも届いていたらしく、私の「恙なく」の言葉に頷く。
「お前がそう言うならば、問題はないな」
男爵がそう言うと、下位貴族のご令嬢達の小さな歓声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、意中の紳士にお守りを渡して盛り上がっている様子だ。
高位貴族のご夫人達――とりわけ年配のご夫人達は「ちょっとはしたない」と表情に出ているが、若いご夫人は微笑ましく視線を向けていた。
もちろん、シンシアも注目している。
「先日の茶会で知り会った紳士に、渡すモノがあれば渡してくればいい。用意しているのだろう?」
私の言葉に、シンシアはそのバラ色の頬をさらに強めた。
実母である男爵夫人と、義姉である私に視線を交互に走らせて「いいのかしら?」と窺う表情だ。
「ただ、ああやって、群れをなしてやるのはいただけないがな」
私の言葉にシンシアは小さく頷いた。




