第26話 秋の大夜会前のイベント
秋の大夜会を控えて、男爵夫人の動きは、私が記憶を失う前とは全然違う。
私が記憶を失って、男爵夫人の再教育をしてから、高位貴族との社交にも出るようになった。
私の春の社交デビュー以降、出席する夜会やお茶会は、私が相変わらず厳選しているものの、男爵夫人本人から、これとこれは出席した方がいい、アーチデール男爵家との繋がりが欲しがっているし、協力的であるとか、意見を出せるようにもなってきていた。
「バクスター公爵夫人のお茶会に出席してから、シンシアへの婚約の打診が増えたわ」
「男爵夫人にも見せたかった。ご令息達がシンシアを見て鼻の下を伸ばす様をな」
「失敗しなかった? あの娘」
「人を惹きつける天性のものがある。マナーにしても、合格点に達していた。問題はない」
「シンシアは、貴女に紹介された伯爵家の次男がいいとか言ってるけれど、伯爵家の次男だと、爵位があるのかしら……」
執務室の上に置かれた、報告書を手に取り横目に男爵夫人を見ると、男爵夫人ははーと溜息をついている。
私は再び報告書に視線を落とす。
アーネスト・ヴィ・コールリッジ伯爵令息に関する身辺の報告書だ。
バクスター公爵夫人に聞けばいいのだが、そんなことをすれば公爵夫人は「まあ! マリアンデール、アーネストに興味を持ってくれたのね!? 大丈夫よ! 問題なんてないわ!」と盛り上がって詳細は伏せられ、そのまま婚約の話がものすごいスピードで進展しかねない。
なので、施設警護や要人警護、現在再開発の警備の為に新設した例の会社に調査させてみた。
アーネスト・ヴィ・コールリッジ。
コールリッジ伯爵家次男。
海軍第三局所属。階位は中尉。
海外遠征、主に植民地に赴く実働部隊に所属とは珍しいな。高位貴族の次男で階位を金で買ったのならば、人事部、会計監査、作戦企画部、そんな安全な後方部署に配属なのに。
現在は海軍再編成中なので、王都に帰還、この社交シーズン中に婚約者を決めたいところなのかもしれない。
が、このアーネスト氏の嫁探し、これはコールリッジ伯爵家のお家事情が絡んでいる。
コールリッジ家長男は、ここ数年、大病を患って爵位継承が怪しい。慌ててコールリッジ伯爵が次男アーネスト氏を王都に呼び戻したようだ。伯爵自身も高齢で、長男が先か自分が先か、自分が死んだ後に長男が爵位を継いでも、次男が植民地の原住民とドンパチして戦死でもしたらコールリッジ伯爵家は絶えてしまう。安全な後方へとバクスター公爵に願い出たのかもしれない。
――ちょっと美味しいよな。
コールリッジ伯爵家ほどの家ならば、複数の爵位持ちで、普通の状態でも次男であるアーネスト氏に子爵か男爵の爵位を渡せるだろう。
だがこの状態だと、次男とはいえ、伯爵位継承がかなり濃厚。
コールリッジ伯爵家の縁戚や陪臣なんかも継続して調査させよう。
やりづらい、小煩い親戚なんて、どこの家にもいるだろうが、アーチデール男爵家からの嫁がいるからと、変に金遣い荒い親戚は害虫だ。
私の実母の実家、ブラックウェル伯爵家がいい例だろう。
「シンシアの嗅覚は、天性のものかもしれないな」
「なぜ?」
「伯爵家次男、そう悪くなさそうだ」
私は男爵夫人の前に報告書を差し出すと、男爵夫人はそれに目を走らせる。
「悪くないわね……ていうか、いい感じ?」
「余計な親戚や陪臣がいないか、引き続き、調査させる」
「そこも調べるのね。むしろ重要よね」
縁戚に辛酸を舐めさせられたのは、この男爵夫人もそうだったな。
「それで、私の母方の実家の足を引っ張った陪臣の娘は、どういう感じだ?」
「もちろん、前シーズンの華やかさに比べれば、存在感が薄いわよ。人が周りに集まらないし、彼女の周りを固めていたオトモダチもお付き合いを考えているみたいね。シンシアの言葉を借りるなら、『ボッチ一直線コース』ってところかしら」
「足りないな。もう少し、家ごと締め上げるか」
「……何をする気?」
「兵糧攻めだ。アーチデール製品はツケでは買わせない。現金払いで」
貴族の買い物はだいたいがツケだ。
家格の信用度でそれがまかり通る。
アーチデール家に関わる商家から、買い物をするとしても、現金でなければダメと通達させよう。
「アーチデール以外の商家から買い物するんじゃないの?」
「うちが現金と言えば、何かあったのかと周囲も思うはずだ」
右へ倣えで足並みをそろえる。
商人は強欲だ。
信用度がない=金がないに思考は直結するだろう。
「男爵夫人」
「もちろん、このことをそれとなくオブラートに包んで……大夜会前の大きなイベントでそれとなく流すのね?」
私が頷くと。男爵夫人は艶やかな笑顔を浮かべる。
平民上がりとバカにされたことは、忘れてないらしい。
怖い怖い。
「マリアンデール。貴女ってほんとオソロシー娘」
お前が言うな。
私は口角をわずかに上げて笑みを返した。
◇◇◇
男爵夫人が言った秋の大夜会前の大きなイベントーー。
これは王都郊外西側の森で開催される狩猟祭だ。
この辺一帯は酪農地区で一応王領となっている。
年に二回ほど王家主催の大夜会の前後で開催される。
社交シーズンに王都に集まる貴族達――……社交界にとって大きな催事の一つだ。
もちろん、領地を持つ貴族も自領でこの狩猟祭を執り行っていて、農作物を荒らす狐や猪、鹿を駆逐する。
農民にとっては害獣に畑を荒らされてしまえば、納税にダイレクトに響く。地域一体となって、この日ばかりは下準備もかなり前から行われる。もちろん下準備は地域の住民達だ。会場となる森の害獣達の巣穴を発見し、穴をふさぎ、間引きをしたりする。
宿屋や飲食店、土産店も、現地の催事で収益が見込めるので意気込みが違う。
そんな今回の王家主催の狩猟祭。
シーグローヴ公爵家が狩猟祭の執行を拝命された。
社交シーズンの為に王都に戻っているシーグローヴ公爵夫妻から、アーチデール男爵家に、催事についての準備の助力をと言われれば、否やは当然ない。
巨大なシーグローヴ公爵閥の貴族達とも、王都港湾再開発で顔を見知っている為「いやいや、今年の狩猟祭はアーチデール男爵家が協賛されるということで、心強い」
「いやいや歴史ある催事に携わる経験がないので詳細なご用命をお願いいたします」
なんてことが王都内の紳士クラブでシーグローヴ公爵閥の貴族とアーチデール男爵家当主が和気あいあいと語り合ったとかなかったとか……。
紳士達が狩猟祭に参加している間、淑女の皆様は何をしているかというと、この狩場の近くでこれまた例に漏れずお茶会なのである。
しかし、大きな貴族邸の庭先で行う茶会とは規模が違う。
もちろんシーグローヴ公爵家から、この茶会のセッティングについても含めて、アーチデール男爵家に助力をとの依頼があった。
「マリアンデールが、協力してくれるから、今年は楽だわ」
アデライド様がにこやかに微笑まれる。
「シーグローヴ公爵家主催の狩猟祭、お手伝いできるのは、我が身にも誉です」
私もアデライド様に微笑んでそう答えた。




