閑話 名もなき市井の子供
お母さんは飲んだくれの僕の父親――僕はもう顔も覚えてないけど、その父親と別れて、僕と弟と妹と一緒に、この街に来た。
なのに、この街は新しくなるからって、僕達みたいな貧民はひとところにまとめられた。
せっかくあの飲んだくれの煩い父親から逃げてきたのに、また追い出されるのやだなって思った。
でも街の偉い人が「王様からの命令だから」と言う。
やだな。そりゃ、お貴族様が住まうような、キレイなおうちじゃないけど、建物ぼろぼろだけど。
僕は小さいけど、働いてる。
全部は無理だけど、この借りてるお家を綺麗にできるように、僕も、働いてる。
僕みたいな子、近所にいっぱいいるんだ。
ただでさえ寄せ合うように暮らしている近所のみんな。
どこか別の街に行ってしまう人もいたけど、そんなことできるのは、ぼくよりも少し年上の人ぐらいだ。
区画整理っていわれてもよくわかんなかったけど、ただでさえ狭い住居に人がいっぱいで、もうやだなって思っていたら、お家ができたから引っ越しよって、お母さんが言った。
お母さんははつらつとしてた。
「本当にラッキーだったわあ、アーチデールの服飾工房に針子として仕事ができるなんてね!」
新しいお家は、前のお家と比べられないよ。キレイでピカピカ!
おトイレだって、あるんだよ! くさくないよ! お風呂はないけど、そのうち、僕達でもお金を払えば入れるお風呂、浴場も出来る予定なんだってさ!
お金払うの大変……とか思うけど、お母さんのお仕事場に勤めてる人は少額で利用できるんだって。お母さんはますますがんばらなきゃ! ってはりきってる。
夢みたいだよね!
でも、お母さんの新しいお仕事場……。
アーチデールっていうんだ……。
あれ?
まって。
この街の区画整理したり、整備したり、なんか知らない建物たてたりしてるのも、アーチデールって名前じゃなかった?
僕の疑問は、新しいお家に引っ越して解決した。
なぜか。
僕、学校にいけるようになったから! 先生に聞いたんだ!
この街は、王様から偉いお貴族様、そしてその偉いお貴族様から街を綺麗にしろって言われてそれを実行しているのが、アーチデール男爵家の会社なんだって!
アーチデール男爵家はこの王都で知らない者はいない。
大金持ち!
いろんな会社をいっぱいもってて、だからきっと、この国の王様からの命令も、受けられるんだって!
お母さんの仕事場も、アーチデール家が持つ工房の一つなんだ!
僕達みたいに母一人で子供を育てている人を優先で、雇い入れてる。
お母さんの新しいお仕事先はすごいんだよ!
まず住むところを用意してくれる。
あと僕達ぐらいの子供なら、大人になったら将来お金をちょっとずつ返す形でいいからって、学校にも通わせてくれるんだ! 学校すごいよ! お昼ご飯もでるよ! 計算とか読み書きとか、おじいちゃんおばあちゃんな先生達が教えてくれるんだ!
先生達は元々、貴族家の使用人をしていて、読み書きができる人がなれるんだって。
先生達も本来なら、身体の自由が利かないから、奉公していたお家から解雇されたら、もう、仕事にありつけることなんて難しくて、それこそ野たれ死にになることもある。
あとね、僕には双子の弟と妹がいるんだけどね、まだ赤ちゃんなんだ。
でもね、お母さんが働いてる間に、赤ちゃんとか小さい子を預けられる場所も作ってくれたんだよ!
保育院っていうんだ。
保育院で赤ちゃんとか小さい子の面倒を見る人は、やっぱり僕らの先生と同じだったり、ちょっと身体が弱かったり、そのえっと、植民地で大けがして力仕事ができなかったり、あとお店や貴族のお家に奉公に漏れちゃった人とかが面倒みてくれるんだ。
けど、そういう弱い立場の人を救い上げたのが、お母さんのお仕事の工房の、いちばん偉い人――。
アーチデール家のお嬢様、マリアンデール様なんだよ!
「あ、マリアンデール様だ!」
「マリアンデール様――!」
この学校も、マリアンデール様が建てた。
学校の門の前にアーチデール家の馬車がきた。
僕もこの馬車はよく見るよ!
お貴族様だから馬車には家紋っていって、おうちの印がついてる。
僕達は小さいけれど、知ってるんだ!
マリアンデール様は、この新しくいろいろ出来上がる街を、小まめに足を運んでみてくれる。
男爵家っていうぐらいだからお貴族様なのに、気さくに僕達みたいな子供にも声をかけてくれる。
「どうだ、ちゃんと勉強してるか?」
マリアンデール様は赤い髪……お母さんは赤味の強い紅茶色の髪ってマリアンデール様の髪を誉めて言う。
そして青みたいな銀みたいな、瞳。
マリアンデール様は一年前、大けがをして、大変だったんだって。
マリアンデール様の言葉に僕達は手をあげて「はーい」と返事をすると、マリアンデール様はにっこりと笑ってくれた。
「いい子だ。住みやすい街にするつもりだからね。工事中のところは危ないから近寄ったりしないように」
お貴族様なんて、えばってて、僕達を人間とは見てない人ばかりだと思ってた。
先生達もそういうお家に仕えてたこともあるって言ってたけど、アーチデール男爵家は違う。
元々が商人の家で一生懸命働いて、いーっぱいお金を稼いで、貴族位をもらったから、僕達みたいな庶民に対して、汚いものを見る目では見ない。
お金がなくて、仕事がなくて、住むところがなくて、もう悪いことでもしなければ、生きていけないぐらい――それぐらいに困ってた僕達を救ってくれた。
「はーい!」
僕達を、救ってくれた――目の前にいるマリアンデール様。
「あたしね、おおきくなったらね、おかあさんとおなじ工房で働く!」
「そうか、先生達によく教えてもらわないとね」
「はい!」
「僕も! 建物、たてる仕事、マリアンデール様のお家のお仕事、お手伝いするの!」
「僕もー」
「わたしもー」
「よしよし、それよりまずは健康でいなければ。ちゃんとご飯は食べているかな?」
「おきゅうしょく、美味しいの!」
「そうか、よかった」
僕達の目にうつる、本当のお貴族様は、マリアンデール様だ。
貧しい者達に手を差し伸べて、弱い者達に手を差し伸べて、そんなことを本当にしてる貴族は、目の前にいるマリアンデール様だけ。
前の街では馬車の中にいる貴族の人達は、僕達を見て目を背けたり、虫けらを見たみたいな感じで眉を寄せたりした。
小さい子が馬車に引かれて大けがをしたことだってあるけど、そんな大事になっても、馬車から中にいるお貴族様は馬車から降りるなんてことはしなかった。
前に住んでいた街とは違う。
綺麗になっていく街。
僕は、お母さんと一緒に、この新しい街に住んでる。
僕は新しい世界に住んでるんだ。




