第24話 コールリッジ伯爵令息
主催者への挨拶を終えて、会場内に入る。
この秋にデビュタントする貴族学院に在籍する令嬢を見て、シンシアは挨拶を交わす。
私の忠告どおり、令嬢達の輪に入って、会話を楽しんでいる様子。
その様子を遠巻きに見ていた令息の一人が令嬢達の輪に入って、会話を試みる。
どうやら学院に在籍する学生のようだ。
「さすが、アーチデール男爵家ですわね、年内にもう一人、デビュタントさせるなんて」
成金男爵家を揶揄する言い回しではなく「金持ちだわあ」といった感嘆したような口調だったので、私も扇で口元を隠して、その発言をした夫人に視線を向ける。
デビュタントにも金がかかる。
年内に二人もデビュタントさせる――この国の社交界ではなかなかお目にかかれない事象だからな。
「私の怪我で仕方なく義妹と同年の社交デビューになりました」
「そうそう、お怪我の様子はどうですの?」
「サマーホリデーシーズンは、シーグローヴ公爵領に滞在されたとか」
「王都に比べてすごしやすかったのではなくて? アデライド様もご一緒だったとか」
すでに今年春に社交デビューしたから、ご夫人達は私を大人とみなして自分達の輪に――という意味よりも、バクスター公爵夫人の閥内でサロンの予約をとれた奥方様からの、「すごくよかった、また利用したい」といった感想や、できれば自分も利用したいといった要望を遠回しにねだられたりと、割と年上のご夫人達に囲まれた。
その輪の中から、シンシアの様子を見る。
深窓の令嬢ぶりっ子のガワがちょっとはがれてきているが、誰も気に留めてない様子。
むしろそんなところが逆に招待されている令嬢達よりもいい意味で新鮮に受けているらしい。あれよあれよという感じでシンシアの周囲に令息達が集まってくる。
だが、シンシアのことを弾く令嬢達はいない。
このお茶会で、母親の目はあるものの、ある程度は自由に令息達と会話を楽しめる場だ。
シンシアがいなかったら、令息達も令嬢達も、グループの輪を保ったまま主催者であるバクスター夫人の薦めでもなければ互いに打ち解けることはなかっただろう。
アーチデール男爵家の娘は――後妻であるジャネットと同様の人を惹きつける魅力を持っていると察し、仲良し度をあげて、貴族学院在籍ではない令息達との会話を楽しめる場を維持する方向のようだ。
「あらあら、人気者ね、シンシア嬢だったかしら?」
私を囲んでるご夫人方からそんな言葉が出てくる。
「マリアンデール嬢とシンシア嬢は、仲がよろしいの?」
「シンシアが心配なのは確かです。社交デビューさせるには幼いかもしれないと、義母であるアーチデール男爵夫人と話し合いました。でも、あのコミュニケーション力は、私と男爵夫人の不安を払拭するものだと確認できて幸いです」
うん。
いい感じだ。敵も作らず、輪の中に溶け込んで、円滑なコミュニケーション。悪くない。
貴族令嬢は結婚して、社交が主な仕事となる。
話術だけでない、話すことは話して聞く、周囲に話を振ってちゃんと聞き役にも徹することができている。
以前なら自分のことしか喋らないからな。
ホイッスラー夫人と男爵夫人の教育が効果を発揮している。
「まあまあ、そうは言うものの、皆様が囲んでるマリアンデール嬢も、この春デビュタントしたばかりではないですか? わたくし達のような保護者と振る舞うのはいささか早いのではなくて?」
バクスター公爵夫人がそう述べて私を取り囲む夫人達の間に入ってくる。
その言葉に、ご夫人達がはっとした様子を見せる。
「アーチデール男爵家のご令嬢は一人ではございませんでしょ?」
実質一人と思ってもらってもいいのだがな。
しかし、バクスター公爵夫人の言葉に、令息の付き添いで来ているご夫人達の視線が私に集中する。
王都の経済界の雄となるアーチデールとの政略結婚は自身の家の強化になる。
シンシアだけではなく、もう一人いるじゃないか、そんな雰囲気に持っていくのが上手い。
さすがこういう茶会を主催するだけはある。
自分の息子との会話を進めなければ。そんな気配も感じる中、バクスター公爵夫人は一人の青年を私に紹介する。
息子と共に出席している他のご夫人方に出し抜かれないよう、準備万端というわけだ。
「せっかくですもの、ご紹介しますわ。アーネスト・ヴィ・コールリッジ伯爵令息よ」
黒髪に紺碧の瞳をした、肌の浅黒い青年だ。
肌の浅黒さは軍艦の甲板での日焼けだろうか。
海軍の白い制服が似合いそうだ。
白い制服は水兵だったか?
尉官も佐官も白い軍服だったような……正装、礼装、軍装で違ったはずだから白じゃないのかもしれないな。
伯爵令息というからには尉官か佐官か……。
貴族の次男三男は軍に入る者が多い。
グリフィスの二番目の兄も軍に入っている。
それは高位貴族の間でも変わらない。
複数爵位を持つほどの家なら、爵位譲渡で貴族として領地を預かる者もいるかもしれないがこの雰囲気……姿勢の良さから見て軍人だろう。
高位貴族主催の茶会出席者らしくフロックコートにアスコットタイではあるが。
わたしはわずかばかり口角をあげて微笑むにとどめる。
爵位の高い令息に自分から自己紹介はできない。
シンシアならしそうだが、ここから見る限り、そんな粗相はしていない様子だ。
「ご紹介に与りました、アーネスト・ヴィ・コールリッジです」
いいところをバクスター公爵夫人にもっていかれたと表情にはでていないものの、明らかにしぶしぶと、私の周囲からご夫人方が離れ始める。
「ご丁寧に、ありがとうございます。マリアンデール・ヴィ・アーチデールです。お会い出来て光栄です」
「マリアンデール嬢……お話はバクスター公爵夫人から伺っています」
「まあ……行儀の悪さでないことを祈ります」
私がそう言うと、コールリッジ伯爵令息は可笑しそうに笑う。
「アーチデール傘下のパティスリーは有名ですが、バクスター公爵夫人の抱えるパティシェの腕もなかなかのものです。何か召し上がりましたか?」
コールリッジ氏がそう尋ねる。
「まだです」
「あちらのテーブルがお薦めですよ」
スッとエスコートの手を差し出される。
男だらけの軍隊生活で、社交界デビューしたばかりの令嬢のエスコートができるのかと思ったが、そこはやはり高位貴族。
階位も金次第のところはある。
裕福な貴族の次男三男が軍に入ると、後継ぎの嫡男だけ相続の総取りは忍びないと思った親が金で階位をつけることも珍しくはない。
あと、女慣れしているのは海外に行くことが多いからだろう。
若い貴族の子弟は、海外への旅行や仕事などで、大人の階段を昇るわけだ。
フローラあたりが「貴族の男のそういうところ、遊びは他所で、妻は貞淑で実家の地位とか資産があるとかで決められるの! ほんとマジでサイテーです!」とか言いそうだな。
私は記憶を失ったから、本当にかなりな情報を詰め込んで覚えた。
ホイッスラー夫人が教えないところまで、調べまくって、一般の令嬢よりもスレてしまったところは認めよう。
ただ、結婚という選択肢がとれないならば、それは無駄な知識や情報ではないと思っている。
「うーん……バクスター公爵や夫人から聞いている話だと破天荒なご令嬢だと伺っていたんだが……随分大人しいんですね」
大笑いしたい気分だったが、令嬢らしくくすくすと笑って見せた。
バクスター公爵夫妻は私に本気で首輪をかけるつもりがあるのか?
事前情報がかなりあけすけではないか。
「破天荒とは気になりますね」
「そりゃ貴族の令嬢なのに、事業を起こしてあっという間に経済界に名前を売ったのは、軍にまで聞こえているよ」
「衛生用品関連では、バクスター公爵もちょっと弱っている感じではありました」
「それだよ。あれ、キミのところの事業だろう?」
「ええ」
「画期的だよね。お爺様にも使わせたいよ」
「コールリッジ伯爵家からのご注文でしたら、承ります」
「ふむ……確かに、キミは普通ではないね。昨年階段から落ちて記憶がないんだって?」
「はい」
「今も記憶が戻らない?」
「今のところは」
さて、バクスター公爵夫妻との関連と、なぜアーチデールとの政略を望むのか聞き出したいところだが、どうしたものか――。
私がそう思案していると、遠目に映ったシンシアと視線があった。
いいタイミングだ。
私の視線を感じて、シンシアは自分の輪にいる令嬢達や令息達に断りを入れて、私の方へ歩いてくる。
よし、シンシア、お前のお手並み、拝見させてもらおう。




