第22話 義妹の婚約者選定
その日の夕食後、私と男爵夫人はアーチデール男爵の執務室に足を運んだ。
社交シーズン直前、シンシアの婚約についての打ち合わせだ。
「さらっと確認したが、悪くない。三名ともいずれも嫡男で相手の年齢もシンシアと同年か二、三歳上だ。実家もいい。伯爵家も入っている。男爵夫人、自分の娘が未来の伯爵夫人候補になるのはどんな気分だ?」
「最高ね。でも、わたしはその子、ちょっとね。三人の中では爵位も高いけれど、ぱっとしないのよ」
男爵夫人の言葉に。父の男爵も頷く。
「税収をうまく納められないのは、領地経営のみでは立ち行かないからだな。昔ながらの格式ある家は、時代に乗れていない証拠だ。そのうち領地も割譲するか王家に返してタウンハウスのみがその家の不動産になりかねない」
それは嫌だな。
男爵夫人もよく見ている。
この目の前の男を落として結婚出来るのだから、相手の内情をよく見る目は持っている。
伯爵位という爵位だけに飛びつかないのは、その証拠だ。
「ぶら下がられるのはごめんだわ――アーチデールに金食い虫をくっつけることになるもの」
かつての自分を棚にあげての発言だが、それは同意。
「条件をつけてはどうか? アーチデールの金と人材が欲しいのだろう? それをくれてやるには、結婚直後に爵位をこの息子に譲渡、領地経営にアーチデール意向を取り付ける。現状の伯爵夫妻では、税収の回復が見込めないのだから」
親ができないけれど子供ができるか――よほどの、傑物でなければ高位貴族のボンボン育ちに金を稼ぐことは難しいだろう。
おまけにこの候補者はシンシアと同じ年。
うん、この先どう化けるかわからないが、可能性にかけるほど光るものもない。
「張りぼての形だけの新たな伯爵に、シンシアを嫁がせるのは気が乗らないのよね。旦那様とマリアンデールはそっちの方が土地も手に入って、やりたい放題できそうだと思っているだろうけど、アーチデールに何かあれば共倒れじゃない」
わかるぞ。
WINWINでなければな。
アーチデールがどこからか攻撃されても、盾になってもらわなければ。
それが政略による結婚というものだ。
「マリアンデール」
男爵に呼ばれて、テーブルに広げられた写真の台紙から男爵に視線を移す。
「お前も何かあるんじゃないのか?」
男爵夫人はそうよ、それよと、小さく呟いて私を見る。
「どちらから連絡が来ました?」
「両方だ」
男爵の言う両方とはバクスター公爵家とスクワイア侯爵家、両家から別々に推薦……こういうのは数があればいいからな。
スクワイア侯爵夫人がバクスター公爵夫人の顔をたてて、引っ込めるよりは、自分達の閥からの婚約者候補を数出してひっかかればいい。
そんなところだろう。
傷がある記憶喪失という大義名分を掲げて結婚話をのらりくらりと躱していたが、直接アーチデール男爵に話を運んだか。
貴族令嬢ならば、親の言うことが絶対と思っている世間様一般の常識をなぞった形で。
「候補者の写真もしくは絵姿は来ているのだろう? 男爵。それもシンシアの候補者に加える。男爵夫人、高位貴族ご夫人方がお薦めする追加の婿候補だ」
「それは貴女あてにきたものでしょうに」
男爵夫人の言葉に私は喉の奥で笑う。
「別にこれは私でなくてもいいはずだ。王都でも指折りの大財閥の――若くて見目麗しい娘と傷モノの娘では、若い男がどっちを選ぶかわかるというもの」
わたしの態度を横目で見ながら、バクスター公爵家が持ってきた相手の写真を手に取る。
「普通の男はそうでしょうよ。でも、これは、貴女につけたいと思った高位貴族の方々からの首輪だと思うのだけど――あら、いい感じ――」
聞き捨てならない言葉を吐きながら写真を見て男爵夫人は頷く。
私にかける首輪だと?
つまり、アーチデールにつける首輪ということか。
私に枷をつけて、私の動きを――私の自由を――私のやりたいことを――監視し阻む気か。
グリフィスに短鞭を差し出すように言いつけたいのを堪える。
「首輪にしては、いい条件ではあるがな。会ってみてはどうだ? マリアンデール」
男爵も唸りながらスクワイア侯爵夫人が持ってきた相手の写真を見てそんな言葉を吐く。
アホか!
「アーチデール男爵、そして男爵夫人、私の記憶が戻った場合のことは考えていないようだな。一年もこの状態の私を見ていてそれが永遠に続くと思っているのか……」
低く冷たい声でそう言うと、二人は目線を合わせて、眉間に皺を寄せた。
「それだ」
「それなのよねえ……でも、そこは了承済みのようよ? ご夫人達の推薦のお手紙もマリアンデールの記憶喪失の件について、この婚約者候補達には知らせていて、記憶が戻った時も出来るだけサポートを惜しまないと」
男爵と男爵夫人に渡された二名の条件等々を、素早く目で走らせる。
こちらにとっていいようなことが記載されているが、男爵夫人の最初の勘が正しい。
これは首輪だ。
軍閥の高位貴族がもってきた首輪。
記憶を失った――人生の全てを失った私が、自分の手で手繰り寄せた全てを。
結婚で掻っ攫われるとかふざけるな。
部屋の隅に控えているグリフィスに視線を向けて、手を差し伸べると、グリフィスはスッと短鞭を私に差し出す。
それを受け取り、ソファから立ち上がる。
その様子を見た男爵夫人が顔を青ざめさせた。
短鞭の先端を弄びながら、私はソファの周りを歩きはじめる。
「男爵から任された事業もあるが、私個人で起こした事業もある。今後、それは増やしていくつもりだ。記憶が戻ったら、婚家に取られてしまう。それでいいのか? アーチデール男爵。あののんびりした学者肌の兄に、アーチデール家を任せると? この私を使うだけ使って、最初の契約をうやむやにする気になったのか。それとも――高位貴族の機嫌の為に私を売り払うと?」
「そうじゃない。お前にも、伴侶という家族の支えが必要だと感じるからだ」
「伴侶……だと?」
「お前が男だった場合でも、結婚の話は用意する。親の務めだ」
「いらんな、そんなもの」
「お前は若いからそう思うだろう。時間が経過して年をとったら――」
「どうせ死ぬ時は一人だぞ、男爵」
青みがかった鋼色の瞳を男爵に向けた。
私はあの時――死んでいたかもしれない――記憶だけでなく、命も失っていたかもしれない。
「生きている内は、私は私のやりたいようにやるつもりだ」
それが、世間一般から外れる所業でも。
「でも、マリアンデール」
「なんだ、男爵夫人」
「一つお願いがあるわ」
「聞こうか」
「貴女が自由を望むのは結構よ。でも、下手な男とは結婚しないで頂戴。旦那様が心配するのは、貴女がまだ若いからなの。失った記憶の代わりに、全てを手に入れようとする姿勢はわかるけれど、若さはね、経験がないと感情が暴走するものなのよ」
含蓄のある言葉だな、男爵夫人。
若い時の恋愛感情で苦労した経験からの言葉か。
手で弄んでいた短鞭をグリフィスに返して、ドアへ向かう。
「男爵や男爵夫人の心情も汲もう。バクスター公爵家とスクワイア侯爵家からの話、受けてもいい。会ってみるだけだろう? シンシアを同席させる」
実験してみようじゃないか。
私の予想通りになるか、否か。
「男爵が厳選した者と、高位貴族が斡旋してきた者、シンシアにも選ばせてやる。私は優しい義姉だからな」
グリフィスがドアを開けて私は男爵の執務室を出た。
私室への廊下を歩いているとグリフィスが言う。
「My Lady」
「うん?」
「貴女が死ぬ時は、私の命もないと思って下さい」
私は足を止めてグリフィスを見上げる。
「決してお一人で逝かせることなど、このグリフィスが致しません」
「ははは、忠義の篤さに涙が出そうだ。でも出来れば長生きしろ」
私の記憶が戻って、この今の記憶が失われたら、お前に私の成しえたことを任せたいぐらいには思っている。
だから私が死んでも、お前が差配すると思えば、心残りもない。




