第21話 お見合い写真
「あと、そろそろ候補を揃えたいのよ」
社交デビューするシンシアのアクセサリーについて、アーチデール傘下宝飾店から持ち込まれたデザイン画を男爵夫人と選択し終えたら、男爵夫人が切り出した。
候補を揃えたい。
男爵夫人のこの言葉はシンシアの婚約者についてである。
「そうだな、会場入りのエスコートはグリフィスに任せるとして――秋の大夜会で、実物を見せるのもいいだろう」
アーチデール男爵家の娘、この国の大財閥の娘だ。
経済界、貴族家、バクスター夫人やスクワイア夫人から私に薦められている軍閥関係もシンシアに振ろう。
私の言葉に、男爵夫人は部屋に控えているグリフィスを一瞥してから私に視線を戻す。
何かを含んだような視線だが、何だ?
執事ごときに自慢の娘をエスコートさせたくはないとか、そういうことか?
不満要素が含んだ視線ではないが、何か言いたそうだな……。
「アーチデール男爵からは候補はでているのか? シンシアのエスコートをさせたいような良家の子息を薦められたか?」
「……そうじゃないわよ」
男爵夫人が副執事のエリックに視線を向けると、エリックがまだ小脇に抱えていた何冊かの台紙をテーブルの上に置く。
「気が付かないならいいのよ」
うん?
「アーチデール男爵と相談して厳選したわ。とりあえず、三名」
台紙の表紙を開く。
一昔前ならば肖像画だったろうが、この国の技術革新の勢いは今上り調子。
要はお見合い写真というやつだ。
昨今は新聞にも写真を載せている。
お見合い用となると、こういったものは画質が荒くて、貴族は未だ肖像画を用いる家もあると聞いているが、ピントも画質もいいものだった。
こういったモノを使用する貴族家は、先見の明があるというか、新しもの好きと言うべきかもしれない。
あと金持ちか、婚活に必死か。
「肖像画だと、画家に加工を促す家もあるらしいからな。シンシアのことだから、実物と違う、いやだとごねるだろうし」
「そうなのよ、だから写真にしたの」
「よく撮らせたな」
歴史ある貴族家などは、写真は魂を取られるとかアホなことを言って忌避する家もあるだろうに。
「アーチデール持ちだもの、うちと政略結婚ができれば上首尾だけど、候補者という旨も伝えていて、ダメだったらこれをやると言ったら、どこの家も了承したわ」
「婚活において使いまわしができるということか」
「そういうことよ」
「ふむ……」
「とにかく、多かったわ。それで選別したのがこの三名」
「そうか……実はな、男爵夫人」
「なあに?」
「私にもバクスター公爵夫妻とスクワイア侯爵夫人から、会うだけでも是非という話が来ている」
男爵夫人は緑色の瞳を大きく見開く。
「な、ちょ、待って、ちょっと待って頂戴! それ旦那様に相談しないとダメな件でしょう!?」
「落ち着け、男爵夫人。当然、のらりくらりと逸らしているとも」
「ええ――……公爵夫妻と侯爵夫人の話をのらりくらりと逸らすとかって……」
「いつものように『頭に傷があるから無理』『記憶がありませんので無理』で、通しているとも、なので、この話、シンシアに振ろうと思うのだがどうだろう」
「どのみち旦那様と相談しなければ……」
「まあ……そうかもな、とにかく、男爵と男爵夫人が厳選した候補者に加えて、私に振ってきた話の相手を加えてほしいということだ」
まあ、シンシアならば、自分の見合い話よりも私に来た見合い話に食いついて「ずるいずるい」が始まりそうだと思っている。
だったら最初から振ってやろう。
バクスター公爵夫妻も、スクワイア侯爵夫人も、要はアーチデールとの繋がりが欲しいということ。
年頃の娘がいれば、自分の派閥の年頃の令息を見繕って結婚させるのが一番だと思っていそうだ。
アーチデール男爵家には年頃のしかもとびきりの美少女がいるから、公爵夫妻や侯爵夫人が私を薦めたとしても、当人は絶対にシンシアに食いつくだろう。
男爵夫人譲りの美少女だ。政略の意味を理解していても、年頃の若い男ならば、絶対にシンシアを選ぶ。
断言してもいい。
だからこそ、シンシアには、力のある――財力も地位もある家と政略結婚してもらわなければ。
うちの大事な商品を、高値で買い取ってくれるところに。
「ところで、私の留守中、シンシアはちゃんとしていたか? 男爵夫人。こんなにも良縁が溢れるほど来ているのに、肝心の本人がまだまだ子供では困る」
「なんとか、なんとかしているわ……でも、ほら、性格というのもあるから」
「活発すぎるというのも、無邪気で天真爛漫だと、世の男共の目に映ればギリギリ許容範囲だ。大きな場での品位と礼節さ、行儀の良さを見せることができれば上々だ」
男爵夫人のように、生活に苦労して仕草や観察眼を磨いたわけでもない娘だからな。
「ギリギリなんとかなりそうよ……」
男爵夫人が絞り出すように言う。
「ギリギリか……」
「ギリギリよ……」
私は腕を組んで、男爵夫人は右手を頬に添えて「うーん」と唸る。
「My Lady本日は旦那様も夕方に帰宅されます。夕食後に男爵夫人と共にご相談されてはいかがでしょう」
グリフィスがそつなく言葉を添えると、男爵夫人と私は目を合わせる。
「そうするか」
「そうね、その方がいいかもしれないわ。じゃあ、また夕食時に」
「わかった」
男爵夫人がエリックのエスコートでソファから立ち上がる。
「それまでコレは預かっても?」
三つの写真に視線を落としてそう言うと、男爵夫人は頷いた。
「ええ、詳細のメモも挟んであるので、検討してちょうだい……でも――」
男爵夫人の呟きが小さくて聞き取れなかった。
「何か?」
「いえ、いいのよ」
エリックがドアを開けて男爵夫人が私の執務室を辞した。
「――……記憶と一緒に、何か大事な感情も。あの子、なくしてしまったのかしらね?」
男爵夫人がエリックに一瞥を向けて、そう呟いたことは、もちろん、私は知らなかった。




