第20話 王都帰還
サマーホリデーシーズンが終わるまで――……、アデライド様が王都に戻るまで、私はシーグローヴ公爵領に滞在した。
カレンとフローラは、領都内に支店の不動産の契約をしたところで一足先に王都に撤収。
これには事情がある。
カレンは来る秋の社交シーズンの為に、サロン本店に控えてもらわなければならないし、フローラは秋用コスメの仕上がりの為にフリードウッド伯爵領に向かわなければならない。
だが二人とも王都に引き返す直前まで、私と一緒に茶会やその他の夜会にも出席し、王都のサロンの宣伝に努めてくれた。
フローラはあのキャラクターなので、そういった貴族夫人や令嬢達の集まりにもいい聞き役であったし、アデライド様やバクスター公爵夫人と面識のあるカレンの周囲にも自然と人が集まっている様子だった。
地方領地の男爵家の長女で、当主の後継者――長男である兄が結婚するので、学院は通わせるがその後の進路は自分でなんとかしろと放り出されたカレンにとって、王都の社交界でも上位の貴族夫人やご令嬢達に囲まれるこの状態は、学院在学時には想像の範囲を超えることだっただろう。
小姑という立場を煙たがったカレンの兄嫁が見たら、歯噛みしそうだな。
社交シーズンで王都にくる実家であるファレル家が利用するアパルトマンより、ワンランク高級なアパルトマンに居住し、通いの使用人を雇うぐらいにカレンはちゃんと自力で稼いでいる。
カレンが望むならば、結婚の話もサロン利用の貴族夫人から紹介されるのも時間の問題だ。
もし、カレンが結婚するならカレンの今のポジションの後釜を考えなければな……。
シーグローヴ公爵家、サマーホリデーシーズンの客人として夜会や茶会に誘われた私にも、結婚の話は最低一回は持ち出されるのだから。
「サマーホリデーシーズン、例年よりも、楽しかったわ。マリアンデールのおかげね」
王都の船着き場に到着するとアデライド様はそう仰った。
「でも、マリアンデールは避暑になったのかしら?」
「はい。とても充実したサマーホリデーシーズンでした。シーグローヴ公爵夫妻にもマリアンデールが感謝しておりますとお伝えくださいませ。これから社交シーズンです。いつでもサロンのご利用いただけるようにしておきますので」
「お母様が興味津々なのよね。一緒でもいいかしら」
「もちろんでございます」
「よかった。また連絡するわ」
アデライド様はご機嫌でシーグローヴの家紋入りの馬車に乗り込んだ。
それを見送ると、私も馬車に乗り込む。
なるだけ王都内のアーチデール傘下――……特にわたしが手掛けている会社を回りながら王都のアーチデール邸に戻るように指示を出した。
王都港湾再開発地区は建設ラッシュだ。
ブリタリウス王国のこの地域は、ここ半世紀ほどで人口が増えて、大小の工房と住居と貧民街が入り乱れていたが、いい感じで都市再生が進んでいる。
総合建築事業社に立ち寄り、男爵と軽く打ち合わせをした。
フローラがアカデミーにかけあって、汚水と煙害を減らす案、街の通路に段差を極力なくす案、インフラのケーブルや水道管ガス管の地下埋め込みも進んで、公園エリアもところどころに設置。
海に面した部分も港と海浜公園のバランスを考えてくれているようだ。
「ワンシーズン見ないうちに再開発は進んでいるな」
馬車の窓越しにそう言うとグリフィスが答えた。
「シーグローヴ公爵家閥の方々も人員を寄越しているとか」
「うん。シーグローヴ公爵領の領都に近いな。うちの総合建築事業にアドバイスを送っているらしいな、陛下からの勅命であるこの再開発も上手くいきそうだ」
「しかし、都市開発は大がかりですから、完成までに数年は擁します」
「小まめに足を運ぶことにしよう。総合建築事業の上役連中に煙たがられようが、アーチデール男爵家の者が小まめに住民に接して少しでも暮らしやすくなったと、思ってもらわなければ」
馬車の揺れにも頭痛に襲われることなく、私は再開発地区を見て回り、自分が関わる工房や店舗に顔を出してから、王都アーチデール男爵邸に帰宅した。
◇◇◇
「お帰りなさいませ、マリアンデール様」
「グレンダ、エリック、留守中に何かあったか?」
何かあればこの二人ならば、即私が滞在していたシーグローヴ公爵領に連絡を飛ばすだろうから、多分何もなかったのだろう。
男爵と男爵夫人。デビュタントを控えたシンシア、アカデミーと実験農場を行き来する兄には、今年立ち上げたセキュリティ会社の者をつけている。
私の留守中に、どこぞの誰かの嫌がらせや、変な巻き込まれ事故にも遭わなかったようだ。
「とくにございません」
「男爵夫人がシンシア様のデビュタントについてご相談したいとのことです」
「わかった」
男爵夫人も自分譲りの美貌を持つ実の娘シンシアの社交デビューには力が入っているな。
アンも長逗留の荷物整理をし始めるため一旦、私の側を離れて、アンと仲良しのメイドのベッキーがお茶をもってくるかと思ったが、グリフィスがお茶を持ってきた。
「エリックが言うには、社交シーズンに向けてドレス工房と宝飾品工房の打ち合わせをしたいとの男爵夫人の意向だそうです」
「サマーホリデーシーズン中、留守にしていたからな、ドレスはもう仮縫いぐらいの段階では?」
「はい」
「ドレスに関しては、男爵夫人のセンスならば事後報告でも問題はない」
「信用されておりますね」
「いや、事実だ。その辺、私のセンスがよくないのは自覚しているからな。出来る奴に出来ることを振る。効率の問題だ」
グリフィス自身も長逗留の荷ほどきを下男に仕事として振って、私のお茶出しをしているだろうに。食えない奴だな。
だからこそ、私に何かあれば――記憶が戻って私が現在手掛けていることについて一切理解が及ばず使い物にならない場合、こいつに任せたいとは思う。
だからこいつの場合は――……。
「効率と信用の問題だな」
グリフィスは私の独り言を尋ね返すことなく、香り高いお茶を私の前に置いた。
ドアノックの音がしてグリフィスが取り次ぐ。
「マリアンデール様、男爵夫人がお見えです」
副執事となったエリックの声がして、グリフィスが男爵夫人を招き入れる。
以前の男爵夫人ならば、帰宅した私が男爵夫人の方へ訪ねるのが当然と思っただろうが、このアーチデール奥向きのトップは未だに私だからな。
そして男爵夫人の表情には、「なんでわたしが足を運ばないとならないのよ」といった表情はない。
どちらかといえば、シンシアの社交デビューについていろいろ相談したい案件が溜まっているので、そんなことは些事のようだ。
「もう、帰りを待っていたわ、マリアンデール。楽しいバカンスだったかしら?」
「シーグローヴ公爵領の別荘地に別荘を購入した」
「は!?」
「来年あたりには完成しているだろう。来年は夫人もシーグローヴ領に是非どうぞと、アデライド様のご両親であるシーグローヴ公爵夫妻からもお言葉を頂いたのでな」
甘いご褒美だろう?
「まあ!」
「シーグローヴ公爵領の領都貴族街の一角にも不動産を購入した。サロンの支店だ」
「なるほどね……いくらアデライド様のご要望でも、マリアンデールがただのバカンスに頷いて行くはずがないわね。ほぼ仕事じゃない」
「さて、男爵夫人、あと二週間もすれば本格的な秋の社交シーズンだ。サロンでは秋冬用の化粧品も整えている。宝飾品についてだったか? 宝飾店リュミエールからはどんなものを出すと相談された?」
「ネックレスよ」
「いいな」
「それで、ね、今期はシンシアが社交デビューでしょ? だから若いご令嬢向けのデザインをいくつか起こしてもらったわ。マリアンデールのセンスはアレだけど、すでにデザイン画に起こしてるからそれを一緒に選んで欲しいのよ」
男爵夫人の物言いに、グリフィスはわずかに眉間に皺をよせるが、私は闊達に声を上げて笑ってみせる。
「否定しないぞ、男爵夫人。とりあえず、デザイン画を見せてほしい」
男爵夫人はエリックに視線を投げると、エリックが抱えていたスケッチブックを私と男爵夫人の前に広げるのだった。




