第12話 私設警護組織立ち上げ
住民の住居移動で反対を唱えられグダグダになりかけていた港湾開発。
町長をはじめとする街の上役と対立していたのは地域住民(特にスラム街)のお気持ちを汲み取る、街のならず者を纏めるいくつかの組合を――私は札束で引っ叩き、言うことをきかなさそうな連中は、シーグローヴ公爵の息のかかった派閥の私兵を出してもらって自発的に憲兵局に行くように促した。
それでも言うことをきかない連中は、それなりに処すと仄めかして大人しくさせる。
軍部との仲が良かったら、アーチデールの名前を出せたのだが、ビークロフト伯爵家との軋轢で、未だ軍部関連の家とは折り合いがいいとは言えない。
時を同じくして、娼館の余った人材の活用や、女性向け商品のテスターをさせたことで、その元締めである後ろ暗い連中が私に接触を試みてきた。
舐めている。
この私が怯むとでも思っているのか?
見せしめを出して「私の言葉は絶対だ」と知らしめる必要があった。
やり方は違うが、短鞭を振り回すのとあまり変わりがないな。
荒っぽい礼儀知らずな連中……躾けのなっていない野犬を猟犬にするため、アデライド様のお力をお借りして、調教開始。
ということで、私は自助防衛警備組織を持つことに成功した。
もちろん、この組織はちゃんとした会社にするつもりだ。
鞭だけではなく飴も用意している。
新たな港湾街にての社屋、住居、扶養家族に対して、新たに建設する予定の私学の奨学金に病院の保険割引。
ビークロフト伯爵家の手配で憲兵が動かなかったせいで、うちの社員も何人か説明会で手荒い反抗にあったのだから。
今後、憲兵も軍もあてにはならん。
「ならず者にも職をやるというのが、マリアンデールらしいわね」
港湾再開発の進捗の御下問をいただいたので、アデライド様所有の私邸に参じたらそう言われた。
「やらせることは、後ろ暗いことですし、私の命令を絶対とする犬を飼いたかったものですので」
そう、やることは荒事だ。
連中がいままでやっていたことと、大差はない。
歓楽街の管理や、アーチデール家への警備。
爵位は低いが金を持ってるので、恨まれ妬まれ、それが行き過ぎて手を出してくる者を振り払ってもらうのに必要だ。
「マリアンデールにちょっと私兵を貸したら、すぐに防御態勢を整えられるとは思わなかったわ……こうなると、軍部との軋轢は深まるばかりね」
「……いかがしました? アデライド様」
「ちょっと困っているの」
「私で解決できることならば、伺いましょう」
「あのね、マリアンデールのサロン、あるでしょ? そのサロンを紹介して欲しいって頼まれてしまったのよ……バクスター公爵夫人、叔母様に……」
バクスター公爵夫人。
バクスター家は、建国より軍閥貴族としての代表格。
なるほど……。
先日の夜会の一件から、ビークロフト伯爵夫人はアーチデールにいい感情を持っていない。
そしてビークロフト伯爵家は王立憲兵局に顔が利く。
裏から手を回して、アーチデールの再開発の住民説明会の暴動に憲兵を入れて沈静化を図りたかったのにそれを阻止した件。
私個人の警備組織の設立が、憲兵局の仕儀に対しての対応策で、ここ最近の軍需品の値上げも、アデライド様のお耳に入ってきているということか。
私は畳んだ扇を唇に当て、こぼれる息を押さえる。
「もちろん、バクスター公爵夫人……叔母様には、例の一件はお話したわ。だから難しいと思うとお伝えしたのよね。だって、叔母様のお友達のスクワイア侯爵夫人も一緒にお願いって言うし……」
アデライド様がじっと私を見つめる。
アデライド様自身、無理を言っているとご理解されているな……。
可愛らしい方だ、この方の権勢があれば、たかが男爵家の娘のサロンごとき、無理を通せるだろうに。
それだけ、私に気を遣って下さっているということなのだろう。
思えばこの方は初対面から、私を気遣って下さった。
学院在学時、最大派閥を率いていたのは、やはりこういうお人柄が、周囲を引き付けていたということかもしれないな。
「いいでしょう。承りました」
「え、いいの!?」
「他ならぬアデライド様のお願いですから。ただし条件が」
「何かしら」
「アデライド様もご同行してうちのサロンをご利用くださいませ」
私の言葉に、アデライド様はぱあっと表情を明るくする。
「いいの!?」
「もちろんですとも。バクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人をうちのサロンの者だけでアテンドできるかと言われれば不安でしかございませんから、ご紹介される公爵夫人とご一緒にご利用いただければ幸いです」
それに、予約がいっぱいということで、アデライド様はサロンへの予約を控えて下さっている。
バクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人とご一緒に、社交シーズンの疲れを癒してもらおう。
◇◇◇
アデライド様とバクスター公爵夫人、スクワイア侯爵夫人をサロンに招待する当日、私もサロンに顔を出していた。
カレンには通達済みではあるが、オーナーだからな。
「ようこそ、お越しくださいました」
私がカーテシーをして、バクスター公爵夫人と、スクワイア侯爵夫人、そしてアデライド様を迎える。
私の後ろに控えているカレンをはじめ、従業員も私に倣う。
「無理を言って申し訳ないわね、マリアンデール」
「とんでもないことでございます。アデライド様」
「叔母様、彼女がこのサロンのオーナー、マリアンデール・ヴィ・アーチデールです」
バクスター公爵夫人はにっこりと笑う。
なかなか美人だ。
アデライド様の叔母様というだけあって、やはり似た系統だ。
「ベアトリクス・ヴィ・バクスターです。まさか本当に、こんなに早く噂のサロンを体験できるとは思っていなかったわ」
「マリアンデール・ヴィ・アーチデールと申します。以後、よしなに。さ、ご案内いたします。本日は、たってのお願いと言うことで、貸し切りとさせていただきました。ごゆっくりお疲れを癒していただければ幸いです」
サロンのフルセットコースを堪能したバクスター公爵夫人は夢見心地で、ソファに座って炭酸で割ったハーブ水を召し上がる。
「すごかったわ……これは人気になるのも納得よ。いつもはこの時期、領地にいかなければならなくて、社交で疲れてそのあとで領地へと遠距離の旅程だから……」
それはお疲れだな。このサロンを使いたくもなるだろう。
だが、今回は特別なのだ。
普段の私ならセールストークをかますところだが、ここではしない。
「ねえアーチデール男爵令嬢、いえ、マリアンデールとお呼びしても?」
「光栄です」
「アデライドから聞いたわ。記憶喪失なのですって?」
「はい、昨年自宅の階段から落ちまして」
「それ以降、記憶は戻らないの?」
「一向に戻ることはございません」
「まあ……それでよく社会復帰ができて……学院も卒業して、お家のお仕事をお手伝いして……縁談もあったのではなくて?」
「傷モノの男爵家の娘を嫁にするもの好きはおりませんよ」
「よろしかったら――……」
バクスター公爵夫人の言葉の続きを察したアデライド様が「叔母様」と止める。
私にいい縁談を紹介しようとしたのだろうな。
「だって貴族の令嬢として、結婚は大事よ。男爵家という低位貴族ながらも、王都の財界に君臨するアーチデール家のご令嬢なのよ」
結婚なぞしたら、「事業なぞすることはない」とか言われて、婚家のいいようにされる未来しか見えない。しかも取り上げた後、下手を打って倒産させて責任を私に被せるところまで見える。
くだらない。
意味がない。
「お気持ちだけありがたく。公爵夫人のご紹介で結婚が決まったとしても、ふいに記憶が戻って嫁入り先で一騒動起きたら、公爵夫人の面目をつぶしかねません。結婚の話はご容赦を」
「ああ……そういう意味合いもあってのことなのね……」
「それに、私はこのままこうしている方が、今はいいのです。女が事業をと、誰もが顔をしかめるでしょうが、このサロン、女の私が運営することで、ご利用される方々の信頼を得ていると思っております」
この一言に公爵夫人は納得したように頷かれた。




