第13話 バクスター公爵夫人のお願い
「それとは別に、お話があるの」
バクスター公爵夫人の言葉に私はわずかに微笑む。
「あなたとビークロフト伯爵夫人との確執よ」
随分ストレートな御下問だ。
「仲良くやりなさいと? 継母であるアーチデール男爵夫人を夜会で貶め、お友達に酔っぱらった振りをして私のドレスにワインをひっかけるように指示する御仁と?」
直截には直截で返す。
「え、ちょっとまって、そんなことしたの?」
「実母であるブラックウェル伯爵令嬢、レジーナに含むところがあるようですよ。その実子である私も気に入らないのでしょう」
「ああ~……でもレジーナは、好かれはするけど嫌われるタイプではなかったでしょうに……」
彼女は私の実母を知っているらしい。
「夜会でちくちくやってくる分には、男爵夫人や私の領分ですが、港湾地区再開発において、憲兵の協力を閉ざされましたから、男爵も腹立ちは収まらないでしょう」
先に、仕事の妨害をしてきたのはビークロフト伯爵夫人側だ。
こちらが男爵位だからと舐めてかかってきた。
アーチデール男爵も爵位が上からだろうと、自分の仕事を邪魔されたら、泣き寝入りするような男じゃない。
青みがかった鋼色の瞳を、まっすぐに向けて、バクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人を見つめる。
軍需品の値上げも、軍閥貴族夫人のこのサロンの利用禁止も、このバクスター公爵夫人の閥の者――ビークロフト伯爵夫人ががやらかしたせいだということが前提なのは、理解していただく必要がある。
「私も、そういう手合いにはそれなりの対処をさせていただく。アーチデール男爵家は、商売で成り上がった者です。商売の邪魔をされれば、それなりの対処をさせていただくまでです」
「なんとかならないかしら……私のお友達もここには注目しているのよ。でも予約が取れないと」
スクワイア侯爵夫人がそう言い募る。
「ご予約は承っておりますが?」
そう、ただし、後ろの方だ。
やんごとない方だろうと、アーチデール男爵家との対立を選んだ者、その派閥は、来年以降にさせていただいている。
「商売ですし、お客様あってのものです」
でもオーナー権限で客は選ばせてもらう。
「……そう……、つまり、ビークロフト伯爵夫人は、相手をよくみないで喧嘩を売ったということね」
「よく見てるのでは? しょせん、アーチデールは成金男爵家だと――今回は、アデライド様たってのお願いでしたので、特別です」
バクスター公爵夫人はアデライド様を見つめる。
「アディ、あなた……なかなか骨のある子とお友達になったのね」
「マリアンデールは、何もかも失った状態で学院に復帰してきたのですもの。普通なら、退学して、家に籠ったままでしょうに」
「そうね……どうしましょうか、ヘンリエッタ」
「……港湾地区ですから……王都憲兵隊が使えないならば、旦那様にお願いして海兵に依頼もできますわ……」
それじゃダメかしら? と小首をかしげて私を見つめるスクワイア侯爵夫人。
「マリアンデールは私設警護を個人で作ったので今のところ問題ないようですわ。スクワイア侯爵夫人」
アデライド様の言葉に、スクワイア侯爵夫人は目を見開く。
「早いわね……アーチデール家にはわたくしたちは、いろいろとお世話になっているし、なんとか協力はしたいとは思っているの……」
バクスター公爵夫人ならば、男爵令嬢が回している事業を取り上げることも潰すこともできるだろうに。
私なら、金がかかってるから取り上げて自分の閥の、こうした事業に強い家に回すとかも考えるが……。
でも、バクスター公爵夫人が自分の閥に回したとしても、このサロンの人員全員が、私の麾下だから早晩経営が行きつかずに、倒産するだろうな。
誰もかれも「女だから、事業など――」そう口にする。 「男爵家とはいえ貴族令嬢だから、弁えろ」――そう思ってる。
それを承知でこうして貴族令嬢の枠を超えているのは、私が、私自身が、自分の手でつかみ取らないと、失った記憶以上のものを手に入れてると実感を得ないと、生きている意味がないからだ。
このサロンはその取り掛かり、私にとって、私がいる場所の橋頭保。
「マリアンデール……?」
アデライド様のお言葉に、意識をバクスター公爵夫人に向ける。
ま、この辺だな。ここらで条件付きで手を打つか。
あとは両婦人のお気持ちを示していただければ、こちらとしても言うことはない。
そういう気持ちがあると、これまでの会話の端々で感じられる。
「アーチデール家傘下の会社の者は、男爵にとって領民に等しい存在ですから。守るべき者、当主としての務めです。しかし、お気持ち、大変にありがたく……」
わたしの言葉にバクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人は顔を見合わせる。
「他ならぬアデライド様の叔母上様とそのご友人のご婦人のお願いですから……。ただし、当家にいらぬちょっかいをかけるような方は厳にお断りしたく」
つまり、ビークロフト伯爵夫人とその閥は断ると暗に示唆している。
両婦人は頷く。
「もちろんよ。姪がお世話になってるし、その面目は潰させなくてよ」
「ここまでリラックスできるサロンにするまで、苦労もされたでしょう。サービスの品質を、価値のわからない者で下げさせるようなことはしませんよ」
バクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人は、軍閥貴族としての輪の中にいるビークロフト伯爵夫人を切ると思っていいのだろうか。
「では、バクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人ご紹介の方には、ご予約の方承ります。ただ、開店より思いもよらず人気なので、予定よりちょっと早まるぐらいと思っていただければ幸いです」
「わたくし達の多くの友人は予約来年だったけど、秋の社交シーズンでの予約は可能になりますの?」
私も営業スマイルを浮かべる。
「私はせっかちな商人の娘。回りくどいことは性分ではないので、はっきりとお尋ねいたしますが――。バクスター公爵夫人とスクワイア侯爵夫人のお友達に、先日より当家を蔑ろにしている、ビークロフト伯爵夫人が含まれないならば」
軍閥貴族のトップのご夫人二人が、そろって、あの女と手を切れば、こちらとしても、お二方を最上の顧客とすることも吝かではない。
「もちろん」
「含まれないわ」
欲しかったのはその言葉だ。
これで、余計な邪魔が入らず――ビークロフト伯爵夫人を追い詰めることができる。
歯噛みするがいい。
誰を侮ったか、思い知るといい。
「さて、難しいお話はこれぐらいにして、当サロンで使用したケア商品と、ガウンを始めに、いろいろとアンダーウェアもご紹介いたします。領地からお戻りの際は是非、当サロンをご利用下さい。旅程で疲れた身体を癒されるのもよろしいかと。カレン、お持ちしてきて」
「かしこまりました。マリアンデール様」
カレンとその部下の従業員も今後の上得意客にカーテシーをしてみせ、商品をとりにドアの外へ姿を消した。




