閑話 マリアンデール麾下2 フローラ・エイミス
その日は、ニューイヤーシーズン明けのことだった。
「ああ~お金が~お金が~なーーーいーーー!」
アカデミーの学食前でわたしは頭を抱えていた。
そしてはしたなくも空腹の為、おなかを鳴らしていた。
寒い寒い、身体も財布も寒いよう!
――元旦那の慰謝料全部つぎ込んだのに、これだと思った商品だったのに、あの野郎、鼻先で笑ってくれちゃってさあああああ、価値、わかってないんだよおおおおお。
「エイミス女史?」
わたしを呼ぶ声を耳にして見上げると、そこには、この王立アカデミーでも、一番いい研究室を持ってる男とその従僕がいた。
従僕はクリス・ハーベイ。わたしの研究室の隣で別の研究をしていた某貴族の次男坊だけど、実家から研究費を打ち切られて(っていうか実家自体が左前になったらしく、退学)その隣にいる男――オリバー・ヴィ・アーチデールに雇ってくれと懇願したらしい。
クリス・ハーベイ……貴方は研究にそんな情熱もなく、金の為なら同窓の従僕になるのも厭わないのか……そういうやつがいるから、アカデミーで研鑽をする研究員の質が、悪くなるのよおおおおお。
いやいやいや、お金は大事……大事だよお。
わかってるけれど、だって絶対に必要だと思うから、元旦那の慰謝料全部ぶっこんじゃったのよ……。
「学食前でそんなに叫ぶなんて……」
育ちがよさそうなアーチデール氏が呟く。
「よっぽどおなかすいてるんだね、僕もお昼に行くから一緒にどうだろう?」
「お昼も欲しいけど、お金下さい」
ああああああ、本音がああああ。
元貴族令嬢、貴族夫人とは思えない、この行儀の無さよ。
恥じらいも躊躇いもなく飯を奢れとか、実家の両親が聞いたら激オコだよね。
でもこのアカデミーならば許される。研究と勉強に捧げて世間と隔絶してる象牙の塔なら、わたしのようなものは、その辺にごろごろいるのだ。
頭を抱えてもんどりうってるわたしを見て、アーチデール氏とクリス・ハーベイが顔を見合わせていた。結局わたしはアーチデール氏にご飯を奢ってもらうことに。
「女性用の商品の開発? お化粧品とか?」
「ええ。それを始めに、幅広く、いろいろと研究してたら、お金が無くなっちゃって」
美味しいお昼を食べながら、アーチデール氏に愚痴をこぼす。
研究費をぶっこんでいろいろ作ったのに、企業にはけんもほろろで、そしてわたしはお金がない……絶望よお。
「ふーん……、そっか……、僕の妹に話をしてみるか……」
「へ?」
「妹はね……、僕よりも父の後継者に相応しいんだ。父からいろいろと事業を譲り受けて、個人的にも事業を立ち上げている。もしかしたら、エイミス女史に出資してくれるかもしれないよ? クリス、妹にエイミス女史のことを話ておいてくれ」
「ええ……マリアンデール様……ですよね」
「クリス・ハーベイ、いえ、クリスさん! お願いします!」
聞いたところによると、新人の従僕として入ったクリス・ハーベイは、アーチデール氏の妹さんが苦手らしい。そしてそれは、アーチデール氏も、どうやら妹さんが苦手らしい。
なんか怖いんだって。
怖いってどういうこと?
「妹は……そう、去年の今頃までは多分、大人しかった……はずなんだ……」
アーチデール氏が遠い目をして語りだした。
曰く。
昨年夏場に、アーチデール氏の妹さん、マリアンデール様は、階段から落ちて記憶喪失になってしまったらしいのよ。(医学系研究員が検体にとか言いそう……でも無理よ、だって男爵家で国内指折りの大豪商、財力もあるおうちのお嬢様にそれは言えない)
そして、記憶喪失になったマリアンデール様は、人が変わってしまったのだとか。
それまでは大人しく自己主張しない貴族の令嬢で、アーチデール氏の継母や義妹とも軋轢があったようで、アーチデール氏はアカデミーにいたのでどのようなことがあったのかは、詳細は知らなかったけれど、お付のメイドに涙ながらに訴えられたらしいわ。
助けてあげてよ……お兄さん……。
でも記憶を失ってから、やりたい放題だった家の者を短鞭で(こわっ! クリス・ハーベイが怯えるわけだわ!)矯正。
男爵家と言う低位貴族ながら、国内屈指の大財閥。
貴族として当然のことを、継母や義妹にそして実父である男爵やオリバーさんに説教。
年頃なのに傷モノになれば結婚はできないと本人は嘯き、実家の事業を手伝い、果ては個人でも事業を起こし、今ではオリバーさん自身よりも個人資産は上だとか。
王家に連なるシーグローヴ公爵令嬢とも昵懇の仲で、今、大きな仕事を家に呼び込んだらしい。
わたしも貴族令嬢(バツイチだから夫人か)とはかけ離れた者だけど、ぶっとんでるわあ。
貴族令嬢なのに事業に携わるなんて、社交界からつまはじきにされかねないわ。
わたしも一度結婚はしたけど、ほんとまじで、元旦那を始め、貴族の男共はほんとうにもう……女はお淑やかな方がいいといいながら、遊びは派手な女を選ぶしさあ、なによあのダブルスタンダードと何度思ったことか。
オマケにわたしの研究を鼻で笑って取り次ぎもしないでさあ!
いや……まてよ、だからか。
マリアンデール様は、ビジネス的に味方をつける為に貴族女性向けの事業を立ち上げたのかもしれないわ……。
奥様や娘さんから強請られたら、旦那さん父親も、無碍にはできないもんね。
うわーー! わたしの研究と相性いいじゃないの!
マリアンデール様かあ……仕事にならずとも、ご縁は結んでおきたいわ。
今回売り込み失敗したとしても、いつかお声をかけてもらえて研究費くれるかもしれないものね!
「そういう妹なんだけど、現在、なんか貴族をはじめ富裕層の女性をターゲットにした事業を持ち始めているから、売り込めるんじゃないか? そうだろ? クリス」
「ええ……マリアンデール様ならば、エイミス女史の研究には興味を持っていただけるかもしれませんが……私が直接お話にあがるのは……怖い。しかし、多額の研究費をぶっこんで進退極まってるエイミス女史は僕がなしえなかった研究をしてもらいたいですし」
ありがとうクリス・ハーベイ! わたしも貴方の仕事が上手くいきますよう祈るわ!
そんなわけで、クリス・ハーベイがへっぴり腰でマリアンデール様にわたしの話をしてくれて、お会い出来ることになったのよ。
王都アーチデール邸は男爵家の邸宅とは思えない大豪邸で、こりゃ、高位貴族からもやっかまれて当然だという佇まいだった。
わたしの元旦那のタウンハウスの三倍ぐらいは広くない? 門構えから前庭、屋敷までが高位貴族のタウンハウスに匹敵するわ。さすがお金持ちー。
正門に行くと、馬車で迎えにきてくれて、門のすぐそばから屋敷まで馬車で移動ですよ。
はああああ。貴族のタウンハウスでも、小さいところは小さいからねえ。
屋敷のドアをあけてもらうと、見目好い執事服を着ていた青年が立っていた。
「アーチデール男爵家筆頭執事、グリフィスと申し上げます。フローラ・エイミス様ですね。My Ladyがお待ちです」
「よ、よろしくお願いします」
うわ、声が広いホールに響いた。
筆頭執事さんに案内してもらって、マリアンデール様の執務室に通された。
「感激でございます! マリアンデール様!」
まずは自己紹介よね!
「私は、エイミス伯爵家三女、フローラ・エイミスと申します! あ、今は庶民なのでヴィの称号は持ってませんよ。是非フローラとお呼び下さい。お噂はお兄様であるオリバー様から聞かされておりました! 私は、ずっと研究しておりましたの! 女性の為の商品を! 婚家の伯爵家からの慰謝料を使いつくし、途方に暮れておりました!」
マリアンデール様はお兄さんであるアーチデール氏とは似ていなかった。
お兄さん曰く、「母方の曾祖父の肖像画は、確かあんな感じの髪色と瞳の色だった」とは聞いていたけど……赤味の強い紅茶色の髪に青みがかった鋼色の瞳。
はあ~伯爵家の血を引いてるだけあって、若いのに威厳と迫力があるわ。
男爵令嬢に納まらないでしょ、この方。
「多分、わたしについては、調べられていると思いますが、ええ、わたしは三年前に婚家から離婚を切り出されて、その時の慰謝料を元手に研究を始めましてね」
「なぜ、研究をしようと思ったのだ?」
「え~元々、勉強は好きでしたし、それに……」
ま、ちょっと時間薬っていうか過ぎたことだし、今は、もうなんとも思ってないからいいんだけど……この研究を始める時に思ったこと――……。
「誰からも必要とされないなら、誰もが必要とするものを作ればいいじゃない。そしたら、私は、誰からも必要とされるのと同義だと思ったのです」
マリアンデール様はわたしに興味をひかれたように、聞く姿勢になってくださった。
口角をわずかに上げて微笑まれる。
よおし! プレゼン! プレゼン!
「サンプルいろいろとお持ちしました! 是非、ご覧いただいて、お肌に身に付けるものはパッチテストも済んでます!」
マリアンデール様は香りを確認したり、腕の裏の柔らかい部分に私の作った化粧品とかいろいろ試していて、しばらく考え込んでいる様子。
お願い、私、他にも考えて作ってるのがあるのですよ!
「で、最初はこういった商品をいい感じにして富裕層向けに売りたかったのですが、こういったものを作った後に、安価で誰もが……特に女性が使うものをと思いまして……その、えっと、執事の方は席を外していただけると」
男の人の前はちょっとね。
マリアンデール様は執事の人を部屋の外に下がらせた。
「要は、女性が月に一度使うものです」
これよ。
この衛生用品を安価で作ってしまいたいのよ!
マリアンデール様の青みがかった鋼色の瞳が見開かれる。
「実際使用したか?」
「もちろんです! ものはいいんです! でも、ほら、企業はなんていうか男の人でしょ? 女性用の商品って言った時点で鼻で笑われてしまうんですよ」
「この研究は続ける?」
「はい、これは製造コストがかかります。この国の全女性が必要となります! コスメ雑貨を始め、女性が身に付けるもの全般に渡って開発したいんです」
安価で作っても、この世に女性がいる限り、これは絶対に求められるものだもの!
「わかった。フローラ。契約しようか」
やったああああああ!
しかもマリアンデール様はこう仰った。
「フローラ。これは、サイズや様式を変えることは可能だと思うが、どうだ?」
「は、はい? はあ、まあ」
「老人と赤子にも使えるだろう、病院に売り込むぞ」
天才が――ここにいたああああ!
この不肖、フローラ・エイミス!
今後、能う限りの研究と開発をマリアンデール様に捧げます!




