第11話 歓楽街
「再開発の説明会を開いたけれど、住民が言うことを聞かない。もっとスピーディーに住民の移動をさせたかったのに……」
数週間後、アーチデール男爵の執務室に呼び出されて愚痴を聞かされた。
「アーチデール傘下の工業地区の場所移動を率先して進めているのでそれに倣うのでは?」
「もちろんだ。だがそれでは遅い。おまけに、強気な住民がいてな」
「口うるさい連中は、武力をもって制すればいい」
「王都憲兵局があてにならん状態だ。マリアンデール」
「何か?」
「お前、先日のシーグローヴ主催の夜会でやらかした相手を覚えているか」
「人聞きの悪い。アレは勝手に酔っぱらって、私のドレスを台無しにし、足元がおぼつかいないので介抱するために連れ出したら、酔っぱらって私の腕を振り払ったあげく、勝手に階段に落ちたのです」
「そういうことになってる。相手はビークロフト伯爵夫人の子飼いの子爵家の者だったな」
そういうことになっているじゃない。事実だろうが。
「まあ、そうですね」
「ビークロフト伯爵家は軍部に顔がきく、説明会の折、憲兵局に依頼していた護衛がつかなかった」
チッと舌打ちをすると、アーチデール男爵が「それはやめろ」と言う。
再開発地区貧民街と隣接した中産階級の庶民もいる。
アーチデールに依頼したシーグルーヴ公爵家と王家は、再開発で景観をよくしたいのだろうし……。
憲兵の協力は得られないときたか。
下町だからうろんな輩も幅を利かせているから面倒だな。
しかしアーチデールに手を貸さないとなると……もう、軍閥ごと、わからせるか。
「港湾再開発の港部分、海軍港のエリアを消してしまえばいい。それがダメなら後回し。予定スペースの縮小これぐらいやってしまおう。協力を得られないなら当然だ。銃器類、火薬、弾薬、軍系の支給品、アーチデール家が携わる物は大幅に値上げしてはどうだろう」
「マリアンデール!」
「男爵。奴等はアーチデール家を舐めている。ただの商人あがりの成金男爵家だと。アーチデール家はただの男爵家ではない! 武力が使えない? ならば作ればいい。現場に行く許可を頂きたい。それと、男爵」
「……なんだ」
「護衛を強化しよう。高位貴族家のように私兵は持てずとも、やりようはある」
「それは、祖父が縮小した軍需品を私が再び取り扱っている関係上、軍部から派遣していた経緯があるが……」
「切ってしまえ。誰に喧嘩を売ったか、なあなあで済ますことなどできるわけがないと、相手にわからせる必要がある。私が個人的に護衛組織を立ち上げてビジネスにしてもいい」
男爵は長考の末、私に許可を下した。
私は機嫌よくカーテシーをしてグリフィスを連れて男爵の執務室から出る。
「しかし……どうやって、そんな人材を集める気なんだ……マリアンデール」
そんな男爵の呟きは聞こえなかった。
◇◇◇
再開発地区予定の外れた場所に、アーチデール傘下のレストランがある。
私はそこに訪れた。
付き添いはグリフィスの他に、再開発で現場を仕切る事業部の上役の数名だ。
例の現場説明会で四苦八苦した者と、その上役と――学院卒業間際、雇ってくれと頭を下げた貴族家の次男坊(こいつは父の持つ総合建築事業部にねじこんだ)。
以前から商売で面識のある面々に加えて、強面の――ならず者、無頼者、ようは、非合法的な商売の元締めの面々が、レストランの個室で私を待っていた。
「アーチデール男爵家長女、マリアンデール・ヴィ・アーチデールだ。今回の再開発において、貴君達に協力を仰ぎたい」
以前から商売で面識のある面々とは、娼館主や女将だ。
リラクゼーションサロンの人材をほんの少し融通してもらった件と、その後も新たな女性用商品のテスターとしても彼等彼女等の抱える女達に協力をしてもらっている。もちろん、店の従業員は、新しい女性向け商品に歓喜の声をあげて収拾がつかなかったらしい。
お礼を是非と言われても、私は一応男爵令嬢の身だから、そういった店に入ることはできない。しかし、テスターの意見を直接聞くいい機会。
だから、その地域で、アーチデール傘下のレストラン一軒まるまる貸し切って、娘達を呼んで飲めや歌えやの大騒ぎをしてやった。
貴族の色ボケ放蕩息子が、いやいや、どこぞのお偉い貴族家当主だろうと、こんなことはできまい。
妻子持ちはなおさらだ、妻や子供の目だけではなく、社交界の目もある。
そんなどんちゃん騒ぎの後日、店の女将が雇用している娘達の話曰く――……。
――店一軒貸切るって、うちらの店とレストランとだと店二軒じゃんね?
――アーチデール家すごっ。ていうかマリアンデール様がやばっ。
――再開発で店移転とかの話もあったけど、あの人なら悪いことしないんじゃない?
――ていうかむしろ、協力した方が良くない?
――あたしさあ、年季が明けたら、マリアンデール様に雇ってもらおうかしら。
――あたしも、それ、マジで考えてるわー。
――例のサロンに雇ってもらった子達って、性格はいいけど、ほら、なんていうかさ、男に人気がなかったり、年増だったりしたじゃん?
――そういう子を選んだっていうのがさ店にもその子達にもラッキーだったよね。
――新しい化粧品とか、下着とかも、くれるしさあ。
――あの下着、エロい! あたしの太客も、大喜びで金出してたわ。
――まじそれな! ていうか、新しい化粧品もすっごい肌にいいし、香りもいいじゃん。
――それだけじゃなくてさ、月一のあの衛生用品? アレも使い捨てですっごい楽。
――あれ、形を変えて、赤ちゃんとか老人の介護用品にしてるらしいよ。
――マリアンデール様、天才かよ!
といったところだとか。
そこから店の女達の上客から、話を広めてもらって、時折、商品の融通もしていたら、この強面の旦那達がでてきた。「自分達の縄張りで、好き勝手してるんじゃねえぞ、小娘」と、脅しをかけて、利益にあずかろうと言う気満々だ。
クソが。
逆だろう。
私に従い働くならば、利益の享受も認めるが。
「男爵家の小娘ごときとはいえ、私は貴族だ。血筋は今は王家に戻されたブラックウェル伯爵家の者。そこを踏まえてくれ」
上から目線で話しても、何ら問題はない。
手元に短鞭が欲しいところだが、いくら上からでもこの場で武器は話にならんだろう。残念だ。
ここはあくまで話し合いだからな。
「今回の港湾再開発は、王家がシーグローヴ公爵家に依頼し、そこから我がアーチデール家に流れた話。住居及び店舗の移転も、当家の事業部に倣え。悪いようにはしない」
「再開発は多分ここの住民だけではなく、食うに食えず、仕事を求めてやってくる者もいる。そいつらが羽目を外さないようにできるのか、ご令嬢」
「あほか。それをするのがお前達の今やっていることだろう。自分の仕事を私に投げるな」
ギリギリと歯ぎしりしそうな強面の男にそう言ってやると、父の部下達が顔色をなくす。
ここでこんなならず者たちに、男爵様のお嬢様が乱暴狼藉にあったらと思うと胃が痛いだろう。
「軍が出張らないからと、でかい顔をしてるんじゃないぞ。貴族の権力というものが、どういうものか、知らないわけではあるまい?」
うちは権力だけでなく、財力もあるからな。
さて、札束で顔をひっぱたいて、少々、躾けようか。
「ちゃんと貴君等のシノギがあがる場所も確保するとも」
「マ、マリアンデールお嬢様! それは!」
「何もかも綺麗にする必要はない。その場できちんと、仕事ができるようにする為だ。彼が言うように、労働者が流れてくる。仕事をする金を稼ぐと「飲む」「打つ」「買う」が、まあ道理では? 彼等の仕事はそれだから。だから、そういう場所を歓楽街を造ればいい」
「それは……まあ……確かに……あれば」
強面の連中はアイコンタクトで会話を始める。
「それとは別に、ちゃんとした仕事を依頼――いや、私が、貴君等を雇用してもいいと思っている」
青みがかった鋼色の瞳を強面の連中に向けて私はそう言った。




