第10話 アーチデール家の夜会
工業地域の服飾工房で作らせたのは女性用の下着だ。
ここ50年ほど手工業から機械化に変わりつつある。
同様に、この国の服飾デザインの変遷がすごいらしい。
サラやドレスメーカーのマダムとの何気ない雑談で、彼女達からファッション史を披露されたことがある。
夜会のドレスは前時代からいろいろと変化を見せているがそれでも一番身動きが取れにくい造り、スカート部分のパニエやクリノリン、アンダースカートのせいなのは言わずもがな。
しかし、時代は移り変わって、こういったドレスは貴族夫人の夜会やお茶会では着用されるが、これは貴族であることという国全体の拘りのようなものらしい。
普段はわりと動きやすいドレスに変化を見せている。
ここ数年。夜会で身に付けるガチガチのコルセットも、王家や高位貴族主催の夜会でのドレスを着る時以外は身に付けない。
普段はもっと動きやすい服……例えで言うならば、貴族学院の制服などがいい例だろう。
普段の服飾でそれだけの変化があれば下着もそれなりに変化があってもいい。
私が目をつけたのはそこだった。
夜会ドレス着用時のコルセットは紐でぎゅうぎゅうに締め付けるが、このせいで気分が悪くなる女性も多い。金属フックを何段階にもしたコルセットを通常のデイドレス程度ならば可能ではないだろうか。
他にも、ナイトウェアも考案してきた。
私は煽情的すぎないだろうかと思いつつも、マダムとサラは、こういうのはきっと流行ると以前から思っていたんだそうな。
ドレスメーカーのマダムとサラと共に、いろいろとデザインを開発していき、一揃い見本が出来上がった。
この開発には男爵夫人とシンシアも実は参加している。
シンシア曰く。
「下着が可愛いのはいいと思う! だって可愛いものを身に付けてると気分がアガるじゃない!」
可愛いもの大好きな義妹の言い分だが……多分、普通一般の若い女性はそうなのだろう。
私自身の事業の進捗はいい。
サロンの予約は数か月先まで予約でいっぱい。社交シーズンにオープンしたのは正解だな。
あとはアーチデール家で細やかな夜会を開催して、男爵が港湾地区再開発に念押しだな。
ホストホステスとしてアーチデール男爵夫妻は力を入れて準備をし、私とシンシアもこの夜会には出席することになっている。
シンシアはデビュタント前に夜会出席となって嬉しいらしい。
私も嬉しいぞ、お前の嫁入り先の候補を選別できそうだからな。
「マリアンデールお義姉様は、わたしより目立っちゃいやよ!」
その発言に腕を組んでシンシアを見ると、シンシアは唇を尖らせる。
「だって~マリアンデールお義姉様は、デビュタント済みなんだもん。ご招待した方々とは面識があるでしょ! ちゃんとわたしを紹介してほしいの!」
今目立つと、デビュタントの時に何を言われるかわかったものじゃないぞ? いや、まあでも、目立った方がいいかもしれんな。めかし込んでくれ。
沈黙したままの私の視線を受けていたシンシアは、だんだん表情に明るさが消えていく。
「どうした。いきなりテンションが下がったな」
「だって……先日の夜会のことを聞いたから、それを思い出して……」
「ホイッスラー夫人のマナーをきちんと学んでいれば、問題ない」
「ええ~本当?」
「マナーは大丈夫なのか?」
「マナー講習を増やします!」
シンシアの言葉に私は頷く。
「うまくできたらサロンの優待券をやる」
「ほんと!?」
「新しく出来上がったファンデーションもつけよう」
「がんばるわ。いいえ、頑張ります!」
いい返事だ。
いまだ飴と鞭が必要だが、行儀もだんだん良くなってる。問題ないだろう。
◇◇◇
そして夜会当日――。
招待客はお茶会に出席したご婦人やご令嬢達が父親や旦那にエスコートされて、やってきた。
この夜会の後、本格的に港湾地区の都市整備に動きが出るはず。
私は会場内を見渡すと、招待客に交じって、ドレスコードに引っかかりそうな人物が三名程いた。
一応招待客のようだが、遠巻きにされている様子。
「グリフィス」
「Yes, My Lady」
「招待客の彼等を控室に。場に相応しい、服を着用させろ、着替えさせた後、話がしたい」
生粋の貴族だが、今はアーチデール男爵家筆頭執事のグリフィスは、私の意図するところを汲んでくれた。
彼等に、ドレスコードに合う服を着てもらった知らせを聞き、私は彼等がいる部屋に赴く。
彼等の控えていた部屋を訪れると、彼等は恐縮したように、私を見た。
「再開発地区の町長とお見受けする。私は、マリアンデール・ヴィ・アーチデール。アーチデール男爵の長女にあたる」
再開発は貴族街ではなく平民のいる雑多な居住区、スラムも含まれている。
アーチデール男爵はこの夜会で彼等に、再開発される場所の住民への説明を任せたかったに違いない。
会場がアーチデール邸のホールとはいえ、先日のシーグローヴ公爵家主催の夜会の規模とそうそう変わらない面々が招待されこれでは説明会を任せるどころか、彼等から反感を持たれかねない仕儀ではないか。
気が付いてよかった。
「今回の再開発の街の町長をしております。ダリルです」
「アダムと申します」
「ビルです」
三人は夜会服を纏って、ほっとしたような表情を浮かべていた。
「父であるアーチデール男爵も住民への説明を貴殿等に骨を折ってもらう為に招待したのだが、すまない。どうも招待客が高位貴族閥の方々でね」
「いえ、そんなことは」
「服まで用意して戴いて」
「ありがとうございます」
男爵家とはいえ貴族は貴族、中でもアーチデール男爵家の名前は街の町長ならば知らぬ者はいない。
恐縮しきりといった態だ。
「ほんのお詫びだ。その服は持ち帰ってもらって構わない」
「え!」
「そんな」
「その代わりといってはなんだが、いろいろ尋ねたいことがある」
三人は顔を見合わせる。
「それはさておき、会場に戻ろう。うちの料理人が腕によりをかけて作った料理もある」
グリフィスにエスコートをしてもらい、街の上役と会場に戻り、会場の料理を楽しんでもらう。ワインと料理で緊張をほぐしてもらうまで、グリフィスと共に、三人のアテンドをこなす。私は偉そうな口調で話をするが、実は記憶喪失で、令嬢らしい口調や所作が苦手なのだと開陳する。
「記憶喪失!?」
「そうそう、さきほど、貴方達が下りた階段から落下して頭を強か打ってね。何もかも思い出せなくて、まあ、なんとか春のデビュタントには間に合う程度には回復した。実は自分の父親もお父様とは言わず、アーチデール男爵と言うぐらい、家族だよと言われてもどうにも認識ができずにいてね……」
三人はぎょっとしてホール中央の大階段と私を見比べる。
「そんな記憶もなければ傷もある若い娘を不憫に思った父親が、私にいろいろ仕事を回してくれているというわけだ。工業地区のサラ・シャイン服飾工房も私が運営している」
「サラ・シャイン工房のオーナーでしたか」
「工業地区でも、なかなか活気がある工房ですな」
「勤めている娘達は元気いいねえ、あそこも移転されるので?」
「大がかりな再開発だから、私がオーナーなので工房で働いている者には再開発での工房の移転は伝えているので、貴方達には楽だと思う。周辺の工場の者にもうちから連絡を入れている」
三人はうんうんと頷いている。
「住居区の移動や、もろもろの説明、今後貴方達には苦労をかけるが、これも国命に準じる事業なので、協力をお願いしたい」
「まあ、国命ですからな……」
「アーチデール男爵の総合建築事業が陣頭指揮をとる予定だが、もし、事業部や、男爵に相談や意見があれば遠慮なく、男爵に伝えてほしい。相談しづらいならば、私に連絡をくれれば、私から男爵に話を通すこともしよう。ただ……デビュタントしたばかりの小娘が、何を出しゃばってと言われてしまうかもしれないけれど」
「いえ、わたしどもも、今回の再開発のお話は不安がありましたが、こうしていろいろ気配りをしていただける方を知り、幸いです。お嬢様、いえ、マリアンデール様にお声をかけていただけて、安堵しております」
三人を代表してアダムがそう言った。
よし、これで現地住民とのつなぎがとれた――再開発において現場からの声がきけるだろう。
再開発で領地のないアーチデール家は、そこをアーチデールの色に染める。これは男爵も頷いている。王都内における領民の代官になる者達だ。
この国のみならず、だいたいが、父権絶対、男尊女卑、男性上位。
産業が飛躍的に伸びているこの国の現状でも、貴賤を問わずその風潮は強い。
女は結婚して家を守って、お家存続の為に、それが貴族女性のあるべき姿――……。
私のような身体に傷のある女は貴族の結婚市場においての価値は最底辺。
だが。
ふざけるな。
アレもダメ、コレもダメ。
世間一般の貴族の令嬢として云々――……。
何もかも失くした私に、それを強いるな。
お前達がやってることを、私がやって何が悪い。
私はすべてを手に入れる。
街の代表者三人と和やかな会話の途中に、ようやくアーチデール男爵と今回の再開発に関わるシーグローヴ公爵閥の何人かがやってきてバトンタッチ。
三人の住民代表者にカーテシーをしてみせ、私はその場を離れた。




