第9話 活気ある服飾工房
フローラ・エイミスの開発はまず、貴種向けの単価の高い製品を作る。その製品の売り上げで安価な、そして大量に消費される製品を作りたい。そういう希望だった。
開発に時間がかかるのは道理だ。
彼女の作りたい品は、私が求めるものと同じ。
ということで、学院卒業間近、カレンのように、私に麾下を申し出る学生の何人かをフローラの下につけ、リラクゼーションサロンに必要な雑貨を作らせることにした。
香料となる植物の栽培。そのためには風光明媚な領地に、栽培地を借りられないかとのこと。
どうせなら副産物で生薬の開発をしたいと何とも欲張りな言葉を発した。
女性が月一で使用する例の製品は、形を変えれば老人や赤ん坊にも使える。
衛生用品として国内の病院に営業をかけることもできるだろう。
原材料はコットンだから綿花が採れるところがいいな。
フローラはきっと絵小説でいうところの「オモシレー女」なのだ。
さて、そのフローラの実験場を確保するにはどうしたものか。
アデライド様に願えば、兄に紹介したような領地を紹介してくれるだろうが……。
「いかがしました?」
「お前の実家があったか」
「はい?」
「近日中にフリードウッド伯爵に面会を取り付けろ」
私の言葉に、グリフィスは微笑む。
「Yes, My Lady」
影のように付き従うグリフィスを見て、グリフィスの実家、今は彼の兄が当主を勤めるフリードウッド伯爵に声をかけてみた。
山ばかりで農地のスペースがない領地を木工細工――家具作成で収益を盛り返した実績もあるし、自然だけならある。
結果。
グリフィスの兄、フリードウッド伯爵は二つ返事でこの話に乗ってくれた。
土地だけではなく人材、量産に向けての工場機器の用意、製造に至る取り分はそれなりに分配されるものの、まったくないよりはいいし何よりもグリフィスの実家ということもある。
信頼している。
ということで、フリードウッド伯爵家領内で、こうした自然派由来の生活雑貨の製品研究、製造を展開することとなった。製造部門は追々王都に移動させるつもりだ。あまりガンガン研究製造のスペースを広げてせっかくの風光明媚な領地を変えさせるつもりはない。ほんの少し、領地を借りるだけなのだから。
だが、女性向け商品製造が自領の産業になるという話で、伯爵の細君であるパメラ様も大喜びだったらしい。
フローラには「私の学院卒業までに、数シリーズを作り上げろ」という指示を出し、リラクゼーションサロンオリジナル、ボディ&ヘアケア商品を用意することができたというわけだ。
そして今、フリードウッド伯爵から差し出されたのが、それらの新シリーズになる。
「フリードウッド伯爵がご理解ある方で幸いでした。領地をお借りするだけでよかったのに、全面的に生産のバックアップを請け負って下さるとは思いもよりませんでした。ありがとうございます」
「いやいや、私自身、領地の産業を増やしたいと思っていたのです。確かに木工家具建具がようやく軌道にのりましたが、これだけでは心もとない何かできないかと、そこにこのお話ですよ、乗りますとも! 領地があっても、領民を食わせないと、私も干上がる」
「産業において商品の素材がまず一番だと思っております。フリードウッド伯爵領の自然から採取できる素材は品質がいいと研究開発の者も感激しておりました。今後とも、是非、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
フリードウッド伯爵家のタウンハウスの応接室で、こんなやりとりをしているが、今頃は庭にある倉庫から、この商品を別の馬車にのせて、リラクゼーションサロンへと納品に向かっている頃だろう。
もちろん、これだけではない。
フローラがサンプルを提示してきた衛生用品についても、フリードウッド伯爵は乗り気だ。
女性だけでなく、老人や赤子、傷病者に至るまで、これらは活用される商品だ。
以前は綿花で税収の半分を賄っていたこともあったので、この話も是非に協賛させてほしいと前向きの様子。
グリフィスが新製品のサンプルを手際よくアタッシュケースに収めたのを見て、わたしはフリードウッド伯爵と握手を交わして屋敷を後にした。
◇◇◇
馬車を工業地区に走らせて、アーチデール傘下の服飾工房に足を運んだ。
「マリアンデール様! ようこそ!」
にこやかな表情で私の来店を歓迎するのは、服飾工房の責任者だ。
ここは貴族学院ほどではないが、富裕層の子女が通う学校制服やプレタポルテを取り扱っている。
貴族のご婦人やご令嬢はオーダーメイドの一点ものに拘り、ドレスメーカーに足を運ぶものだが、量産するにはこういう工房がいい。
「え? マリアンデール様!?」
「ちょ、サラ様を呼んで! お仕事よ! きっと!」
「きゃー! お仕事!」
領地持ちの貴族は領地の孤児院を慰問するが、アーチデール男爵家に領地はない。王都の孤児院は教会と王国議会――行政の管轄だ。
ブラックウェル伯爵家から嫁いできた実母レジーナは、貴族として、何かできないか――つまるところノブリス・オブリージュを考えてアーチデール男爵に相談したところ、女性だけで生計を立てなければならない者(孤児だったり、旦那が死別したり、旦那からの理不尽な暴力から逃げたり)が勤められる工房を作った。
私営で孤児院や救貧院を運営している貴族家もあるが、職場を作るあたりがアーチデール男爵らしい。
私が、アーチデール男爵から最初に引き渡された工房がここ。
オーナーが男爵から私に変わったあたりで反発があるかと思えば、記憶喪失になったことで普通の貴族令嬢としては生きられないと伝えた為に「親が金持ちでもどうにもならないことあるんだなあ」と従業員達が同情をしてくれたようだ。
そんなこの工房にも一人の元貴族夫人がいる。
本来アーチデール傘下のドレスメーカーのデザイナーだ。
横暴な家族から逃げ出して一生懸命ドレスメーカーで働いていた。しかし、執拗な夫がドレスメーカーを嗅ぎつけ、店に乗り込んできたようで、どうにかして欲しいとドレスメーカーのマダムから懇願されたのだ。
酒乱でDVの夫から逃げられるならば、たとえ平民と一緒でもいい、もういっそ平民として暮らしたいと涙ながらに語った本人の希望で、この工房のデザイナーとして常駐している。
「不便はないだろうか、サラ」
いきなり平民の女達との仕事や居住だと、軋轢が多少あるだろうと踏んでいたが、旦那にひどい目にあった既婚者は元貴族も平民も同じ立場ということで、連帯感が生じている様子だった。
工房内の従業員達は皆、明るく元気だ。
「みんながよくしてくれますので、わたくしも自分のことはなるだけ自分で出来るようになりました」
それは重畳。
「依頼した品ができていると知らせがあったのでな」
「見本をいくつかご用意いたしました。ご確認をお願いします」
「グリフィス、部屋の外で控え――いや、確認するか?」
私の発言にグリフィスは首を横に振る。
「男からの視点も必要だと思うんだが……」
私の言葉に、サラをはじめ、工房の従業員達は口々に言う。
「従来の流通品よりも布面積がありませんからね」
「そういう雰囲気でないと、照れちゃいますよ」
「ぶっちゃけエロいです。お堅い紳士や坊さんだってノックアウトできそうです!」
「だといいんだが、女性だけの視点だからな……」
「マリアンデール様、それならば、あの、サロンに、引き抜いて教育した女性の元職場で試験的に卸してみては? デザインは同じでも富裕層向けと、庶民向けのと素材も違いますし、レースやフリルをつけていない型だけでも、従来のものとは違いますから、取り扱いはわたくしのいたドレスメーカーと、例のサロンからですよね? 売り出すときには購買ラインの差を出せることも可能です」
……さすがだな。
「わかった、それでいってみよう。では見本を見せてもらおうか」
グリフィスを部屋の外に控えさせて、私と彼女達は扉の中に入った。




