第7話 アーチデール男爵夫人主催のお茶会
アーチデール男爵夫人、成長が著しいな。
お茶会の主催者として、申し分ない采配を振るっている。まあ義妹はオマケだ。男爵夫人をよく見て今後の糧としろ。
招待客のリストは私が作成したが、男爵夫人はきちんと招待客の内情を掴んで、宣伝力のある夫人に、それとなく私の始めたリラクゼーション・サロンを紹介している。
お茶会前の気軽な歓談の場を宣伝の場にしている様子。
有力な高位貴族のご婦人に声をかけていた。
「今後とも、夫人とご一緒に、こうした楽しいお茶会の機会を設けられたら幸いですわ。うちの義娘のマリアンデールも、主人にならって、事業を起こしまして、夫人にも是非体験していただけたらと思いますの」
「体験……ですか? どういった事業なのでしょう」
「ご招待した方々だけにお教えしますわ。まだ始めたばかりですのよ。美容サロンなのです」
その質問に男爵夫人は自分が一番美しく見える肌の色艶の輝きがよくわかる角度で微笑む。
本日のアクセサリーは結婚指輪のみでナチュラルメイク。
先日のサロンで磨かれた肌がテラス窓から差し込んでくる春の日差しを反射させ、ひときわ輝くように見せる。
以前の男爵夫人に顔だけと評していた高位貴族もそれは妬み嫉みに他ならない。「顔だけとか嘯いた鼻もちならない高位貴族だって――あらいけない。女なら、誰だって綺麗になりたいものね」サロンからアーチデール邸に帰宅する時、男爵夫人は上品に私に向かってそう微笑んだのを思い出す。
「……美容サロン」
「そうですわね……頭の先から足の先まで、磨かれる感じですわ」
話をしていたご婦人は、男爵夫人の顔をまじまじと見つめる。
「試してみようかしら」
「是非、サロンではオリジナル化粧品も取り扱ってましてよ。天然素材で作られていて、肌のキメもすごく整って、髪もつやつやになるのでお薦めいたします」
ご婦人やご令嬢達はアーチデール男爵夫人を見てその効果を納得している様子だった。
アーチデール男爵夫人。
広告塔として問題なしだな。
今回のお茶会は王都社交界の派閥として、一、二を争う勢力だ。
この社交シーズン中に私が興したサロンを広めてもらおう。
「マリアンデール様」
声をかけられて視線を向けると、うちの筆頭執事の兄嫁であるフリードウッド伯爵夫人が立っていた。
「ようこそ、フリードウッド伯爵夫人パメラ様」
爵位は上、そして、当家とはうまい具合に多々業務提携をしているお家だ。
社交デビューをしたばかりの令嬢らしくカーテシーをしてみせた。
「あら、そんな仰々しくならさらなくてもよろしくてよ。マリアンデール様」
「いえいえ、フリードウッド伯爵夫人には私のデビュタントの折も、先日のシーグローヴ公爵家主催の夜会でも義母共々、お世話になりました」
そう、昨年、男爵夫人の再教育の為、お茶会に出席して以降、夜会などでは何かと当家の味方となっていただいている。
先日の夜会でも、アーチデール男爵夫人に協力的であった。
「そう――先日の夜会……マリアンデール様は大丈夫でしたの? あの酔っぱらったカトラル子爵夫人を介抱されて――まだお若いのに、本当にしっかりなさってらっしゃるわ」
欠席裁判開始――ではないが、先日の夜会で私にワインをひっかけてくれたカトラル子爵夫人のことを、周囲のご婦人やご令嬢達に聞こえるように言う。
ビークロフト伯爵夫人もそのオトモダチのカトラル子爵夫人も、このお茶会に招待している方々からみれば、対立派閥の位置にいるから当然、泉のごとくバッシングが開始された。
――社交デビューしたばかりのご令嬢に介抱されるなんてねえ?
――結婚もしてらっしゃる貴族夫人としてどうかしら?
――お友達としては、考えた方がよろしいわよね。
――先日夜会にねじこんできた方々のお友達でしょ?
――正式に招待されなくて、ごねたとか。
――シーグローヴ公爵家も、本日主催のアーチデール男爵家やわたくし達のお家を招待して例の港湾再開発のお話の地ならしをしたかったでしょうね。
――まあ仕方ないわ。お友達がお友達ですもの。
この陰口を、目の当たりにして、アーチデール男爵夫人も、これも根回しの一つで、次回の大きな夜会では、対象となる家が弾かれるとわかっている。
かつて自分がさんざんやられたことだ。
男爵夫人の性格上、この機会に乗るだろう。
「わたくしの義理の娘が、大変懇意にさせていただいているシーグローヴ公爵閥の皆様にも、本当にご心配おかけしましたわ。せめてもの、お詫びではございませんが、席の準備も整った様子ですし、どうぞ、中庭のほうへ。ご案内いたしますわ。天候がよくて、幸いです。春の花々と、当家傘下のパティスリーの新作をお楽しみくださいませ」
アーチデール男爵家傘下のパティスリーの新作ときいて、淑女達は嬉しそうに、しかし上品に微笑みを浮かべて中庭へと足を運んでいく。
スイーツがお好きなフリードウッド伯爵夫人も、その誘いに飛びつくかなと思ったが、どうやら私との話が今回のお茶会の目的なのかもしれない。
ご婦人やご令嬢達の後に続くことなく、私との話し合いの距離を保たれていた。
「本日のお茶会に出席したのは、マリアンデール様の事業に載せていただいたからなのよ。今回は、当家にお声がけいただきまして、ありがとうございます」
サロン内に搬入した木工家具や調度品はフリードウッド伯爵家が得意とするところで、フリードウッド伯爵と直で売買の話をしたのだ。
「パメラ様も、是非、私の始めたサロンにお越しください」
「ちょっと図々しいけれど、それを狙っていたの」
扇子で口元を押さえて、うふふと上品に笑う。
「だって実質、マリアンデール様がオーナーなのでしょ?」
パメラ様の言葉に私は口角をわずかにあげて目線だけで肯定してみせた。
「それでね、主人から、マリアンデール様とお話がしたいと伝言がありますの」
「それは……いいお話だとよろしいのですが」
「いいお話よ? 新作ができたのですって」
「承りました。ご都合のよろしい日にお伺い致します。パメラ様、よろしければ、私のサロンの予約、今、入れさせていただいても?」
「ええ~嬉しい~」
親しくしてくださる伯爵の奥方だ。
サービスさせていただきますとも。
◇◇◇
「マリアンデール嬢、先日は妻が大変お世話になったそうで」
後日、グリフィスを伴い王都のフリードウッド伯爵邸に足を運ぶと、グリフィスの兄であるフリードウッド伯爵は手放しで私を歓待した。
この招待の前に、フリードウッド伯爵夫人を、私のサロンで施術をしてもらった後だけに、彼女からの報告がどのようなものだったかわかるだろう。
フリードウッド家の使用人達も、グリフィスと私を知っているだけあって、にこにこと、お茶を運んでくる。
「いえ、サロンで使用している家具や調度品などを、破格で融通していただいて、こちらこそ感謝申し上げます。まだ正式オープンではないプレオープン期間でしたので奥方様――パメラ様にも体験していただいて、どうでした?」
「すごくよかったわあ!」
無邪気に声を上げるパメラ様を見て、私もフリードウッド伯爵も満足そうに頷く。
「当家にご依頼いただいていた商品の新作、出来上がりましたよ」
伯爵のアイコンタクトに執事が恭しく盆に小さなボトルをいくつか載せたものを私の前に差し出した。
「新作です。パッチテストは済んでます」
「そこまでお手を煩わせてしまいましたか」
「いえいえ、ご助言いただいただけでなく、開発研究者を回していただいたのですから」
「あの研究者は常駐というわけではありませんが、組織としての手配は、私の麾下を使っております。ご安心下さい」
私の言葉に上機嫌なフリードウッド伯爵はにこやかに微笑んだ。




