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マリアンデール ~記憶喪失になった令嬢はすべてを手に入れる~  作者: 翠川稜
二章

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第6話 リラクゼーションサロン


「マリアンデールお義姉様! シーグローヴ公爵家主催の夜会で、ワインをひっかけられたって、本当なの⁉」


 義妹が朝の食堂で私を見るなりいきなりそう尋ねてきた。


「シンシア」


 私よりも早く、男爵夫人が義妹シンシアを窘めるような声をかけた。

 記憶喪失前と違って、男爵夫人も、血の繋がった自分の娘を厳しく躾けている様子が今のでわかろうというもの。

 そうそう、お行儀悪いぞ、義妹よ。

 あまりいいニュースではないのは確かだから、不安になって取り乱すのもわからないでもない。

 記憶喪失前の、私を舐めていたお前なら「あんたみたいな地味な女が、社交デビューなんてするからそんな目に合うのよ」ぐらいは言いそうだが、調教もとい、再教育が進んでいる今のお前なら「シーグローヴ公爵家主催の夜会でそんなことってあるの? アーチデール男爵家は下位貴族として、そんなにやっかまれてるの? ひょっとして、社交デビューしたらわたしもそんな目に合うの?」ぐらいの想像力は頭の中で巡らせているに違いない。


「だって、お母様は大丈夫だったの?」

「ええ。たいしたことは何もなくてよ。煩い羽ばたきをしながら雀がさえずったぐらいかしらね」

「え、怖い……わたし、夜会って、もっとその……どうしよう……社交デビュー不安になってきたわ……」


 シンシアの様子を見て、男爵夫人は私を見る。


「学院在学時の今から、男爵夫人主催でお茶会でも開いて、港湾関係及びシンシアの社交デビュー後を見据えて、関係強化を図るのもいいかもしれんな」


「え、でも、その、仲良しのお友達だけじゃダメなんでしょう?」


 当たり前だ。


「アーチデール男爵夫人主催のお茶会だ。昨夜の夜会に出席していた貴族家――アーチデール男爵家が関係を深めておいた方がいい()()()()()()()を招く。シンシア、年単位でアーチデール男爵家はこの茶会に招く家と懇意になるから、ご令嬢達とも仲良くするように。基本、シーグローヴ派閥の方々が中心だが、他の貴族家にも声をかける。例の港湾再開発に携わる貴族家だ」


 私の言葉に男爵夫人は頷く。


「年始から準備を始めていた私の事業の宣伝にもなる」

「ビークロフト伯爵夫人は除外でいいのね?」

「当然だ。あの女は潰していい手合いだからな」


 男爵夫人の質問に私は即座に答えた。

 その言葉に男爵夫人は笑みを浮かべる。

 まあ、あんな大声で夜会で詰られたら、このプライドの高い男爵夫人の腹立ちは、私があの女の手下を階段下に突き落としたぐらいでは収まらないだろう。

 もちろん、私もだ。

 アーチデール男爵家の男爵夫人と長女を舐めたらどうなるか、この国の社交界で知らしめるにはいい生贄だ。


 富裕層の文化流行は王都から――……領地を持たず、王都に居するアーチデール男爵家が、それを率先して広める。

 男が政治を動かすところ、女はこういうところから人を動かす。

 世の中の半分は――女だからな。

 私が立ち上げた事業はいずれも女性向けのものだ。

 女が事業のまねごとをして――と世の紳士共に難癖つけられないようにするには、まずはご夫人やご令嬢を味方につける事業を展開すると決めた。


「私の展開する事業、商品を、指をくわえて眺めさせる。もちろん、手なんか出させん。アーチデールに喧嘩を売ったんだ。それがどういうことか思い知らせてやる」


 青みがかった鋼色の瞳を手に持つティーカップのお茶に向ける私に、男爵夫人は嗜虐的な微笑みを浮かべる。


「協力してもらうぞ、男爵夫人」

「もちろんよ、マリアンデール。じゃあ、このあと、シンシアとグレンダとでお茶会について打ち合わせするわ」

「よろしく頼む。それと男爵夫人、お茶会の前日は、私が始めたサロンに来てほしい」

「サロン?」

「年明けから準備していたが、そろそろ本格オープンしようかと思っている」

「サロンって……貴族夫人や有識者を集めてのサロンではないの?」

「いや、ちょっとした事業だ。サロンと呼ぶ方がいいだろう。招く客は富裕層だから、集まればそれらしい雑談会にもなるだろうしな」


 私がそう言うと、シンシアは「仲間はずれは、ずるいずるい」と目線で訴えている。

 シンシアは若いからいらないと思うけれど……。

 まあリラクゼーションサロンだし、年齢幅の意見も必要だしな。


「シンシアもおいで」


 私がそう言うと、義妹はぱああっと顔を明るくさせる。


「じゃあ、マリアンデールのいうサロンを楽しみに、頑張ろうかしらね」


 そう呟いて食後のお茶を優雅に飲み干して、男爵夫人は席を立つ。

 シンシアは私と男爵夫人に交互に視線を向けるが、私が視線で男爵夫人についていくようにと促すと、シンシアも席を立って、男爵夫人の後をついて行った。



 ◇◇◇



 学院在学時――新年を迎えて少し経った頃、カレンが私の麾下に加わった。

 わたしはカレンを迎えると、似たようなご令嬢達が私の周囲に集まるようになり、そしてそれは令嬢達だけではなく令息達からも、卒業後の進路について、つまり就職先としての相談(手っ取り早くいえば、雇用してほしい)をもちかけられるようになった。

 私がアーチデール男爵位を継ぐつもりなのを、どこからか聞きかじった耳聡い者もいたというわけだが……。

 とりあえず、私は女性向け商品を取り扱うことになったので、相談にきた令息達……彼等のことは、グリフィスに任せている。

 彼等も、この先、港湾再開発の旗印になるアーチデールの小さな支えになってくれるだろう。


「私が男だったら、一足飛びに、爵位をついで、港湾再開発の事業に乗り込めるんだがな」

「もしそうだとしても、若造と舐められますよ。My Lady」

「確かに。だが、今回のサロンは男共には手がでないだろう」

「服飾の方で、新たに立ち上げた店と連携させているのもいいですね」

「縫製は平民の女にとってもいい仕事だ。アーチデール男爵も、再開発エリアの町長との話し合いも進んで、区画整理を始めただろう? 住んでいた家を貴族の指示で変えられて不満も不安もあるだろうから、男だけではなく女にもいい仕事はあると説明会前に男爵に提案書を渡しておいた。居住している者達も少しは態度を軟化しているといいのだが」


 再開発場所にある町の住人達が反対を唱えようと、元が国王陛下からの――国策内政だから、この国に住む限りは承知一択ではある。

 しかしこれらとの折衝が、シーグローブ公爵閥の貴族家には難しかったと思う。

 シーグローブ公爵閥の貴族家なんてほとんど大なり小なり領地持ちの貴族で、王都土地開発なんて無縁だ。自領を整備するのとはわけが違う。

 翻って、近年、住宅も店舗も施設も王都にある箱物は、アーチデール男爵家の傘下の総合建築業が手掛けている。王都での土地整備建築はノウハウがあるし、そこが大きく開発する説明会を開くとなれば「あ~あの会社かあ~」と庶民にだって認知度があるから、話を聞く姿勢も見せる。

 区画整理もアーチデール男爵の剛腕で、速やかな進みをみせてくれるといいな。


 茶会前日――。

 馬車は王都の商業エリアでも富裕層が行きかう店がひしめきあう場所の一角に停車した。

 グリフィスが先に下車して恭しく私に手を差し伸べる。

 元は小金持ちが住んでいた屋敷だったが、持ち主が亡くなり、売り出されていた物件だ。

 ここを買い取り、ちょっとした店を私は開いた。

 事業の管理はカレンに任せている。

 義母である男爵夫人と義妹はこの屋敷、サロンでどういう体験をしているか――。


「マリアンデール……素晴らしいわ……ここ」

「お義姉様……こんなの隠してるなんて……ずるい」


 頭の先から足の先まで磨き上げられ、肌艶が輝いてる二人を見て頷く。

 私は女性向けのリラクゼーションサロンをこの屋敷で始めることにしたのだ。

 さあ、明日のお茶会はこのサロンを宣伝してもらうぞ。



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2026/9/7 SQEXノベル様より書籍化されます。よろしくお願いします! マリアンデール1巻書影
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