第5話 やられたら、当然、やり返す
その夜会が今夜の夜会というわけだ。
夜会の経緯を男爵夫人にそう話すと、男爵夫人は頷く。
「旦那様とマリアンデールがわくわくしていた理由がわかったわ」
わくわくしていたか? まあ、今現在の男爵夫人は観察眼が上がっているから、そう見えたのだろう。
「ビークロフト伯爵夫人のご友人達には気を付けた方がいいってことね」
「アーチデールの商売敵と懇意にしているからな」
「貴女も気を付けて、マリアンデール。貴族は面子が一番にくるものよ」
平民出身の義母は、再婚直後、夜会やお茶会でさんざんやられたから、骨身にしみているようだ。
「この夜会も、最後まで気を抜けないわね」
男爵夫人はそう呟く。
そして、宴もたけなわになった頃、男爵夫人が危惧していた出来事が起きた。
アデライド様は主催としてあちこちに挨拶を再び交わし、私と男爵夫人は再びご婦人の輪に戻り――……今回の事業に乗る予定のシーグローヴ閥の貴族家のご婦人やご令嬢に声をかけていた時だ。
ワインをひっかけられた。
誰が? 私がだ!
私の周りにいたご令嬢や若いご婦人が、悲鳴を上げる。
ワインをひっかけてきたのはビークロフト伯爵夫人のお友達カトラル子爵夫人。
大方、これをやれとこのご婦人に指示を出したのはビークロフト伯爵夫人だろう。
弱味でも握られているのかと思ったが、完全な「オトモダチ」のようだ。
「マリアンデール様!」
「マリアンデール!」
慌てて私の側に近づくのはアーチデール男爵夫人とカレンだ。
「ごめんなさーい。なんだか少し酔っぱらってしまったようですわ」
いけしゃあしゃあと、ほざく。
側にきた男爵夫人に、私は小声で、私の身の回りにいたご婦人やご令嬢にワインがかからなかったかを確認するように伝える。
男爵夫人はすぐさま、周囲のご婦人やご令嬢達に「皆様、お召し物は大丈夫ですか?」と声をかけ始め、私はカレンとアイコンタクトを交わす。
「カトラル子爵夫人、大丈夫ですか? 少々御酒をお召過ぎの様子、心配ですね。どなたか、カトラル子爵にお知らせを。ご婦人が御酒を過ごしすぎたようだとお伝えください。私は控室にお送りします」
私はそう言って、カトラル子爵夫人の腕をつかむ。
まさかすぐさまそんな対応をとってくるとは思わなかったようだ。
ビークロフト伯爵夫人はあっけにとられて、引きずるようにカトラル子爵夫人を連れていく私を見つめていた。
カレンも反対側のカトラル夫人の腕を掴んで「まあ、大変。ご自身がワインをかけられたのに介抱されるなんて……なんてお優しいのかしら? お手伝いいたしますわ。マリアンデール様」と声高に言う。
カトラル子爵夫人、両サイドをがっちり固められた状態で、私に対してここで何をするのとかは反抗できないだろう。
だって、貴女は酔っぱらって、私にワインをかけてしまったのだ。
いやがらせではないと、カトラル子爵夫人自身が今さっき声高に弁明したではないか。
貴族はメンツが大事だからな。
ここでまた大声で「何をするの!? 離しなさい!」などと叫ぼうものなら、カトラル子爵夫人は、シーグローヴ公爵家主催の夜会で強かに酔っぱらって大声を上げたと、淑女としてとてもではないが顔を上げられない噂をこの社交シーズン中に吹聴されるだろう。
「義娘のマリアンデールはしっかりした子ですから、皆様ご安心なさって」
よし、男爵夫人、ビークロフト伯爵夫人とそのオトモダチをこの場にとどめておけよ。
私とカレンは扉を開けてもらい、カトラル子爵夫人を廊下に連れ出す。
まさか有無を言わせず広間から廊下へ連れ出されるとは思わなかったに違いない。
カトラル子爵夫人を廊下に引きずり出した私は彼女に囁く。
「声を出すなよ、カトラル子爵夫人」
「なっ!」
「大方、ビークロフト伯爵夫人の指示だろう? だが、あの女は、私の実母にとって仇敵といってもいい女だ。そこに群れ、私に害をなしたならば、お前にはそれなりの対処をする」
私の言葉にカトラル子爵夫人はぎょっとする。
「何をする気!? 離しなさいよ!」
「おやおや、酔っておられるのだろう? 大丈夫、ちゃんと控室までお送りする」
「ちょっと誰か!」
カトラル夫人が人を呼ぼうとする。
まあ、誰が来ても、酔ったご婦人を介抱している若い令嬢二人にしか見えない。
「離しなさいよ!」
いいだろう、言葉通り、お前の腕を離してやる。
酔っぱらったお前が、私の腕を振りほどいたように、誰が見ても、そう見えるようにな。
身じろぎして、私の手を振りほどいた反動で、階段から転がり落ちていくカトラル子爵夫人を睥睨する。
ふん。
これがマグノリア離宮の正面ホールの大階段だったなら、即死だろうが、二か所も広い踊り場が設置されている内階段なら、大した怪我もしない。
自分の屋敷で階段から落ちた私が保証する。
私が転げ落ちたアーチデール邸の階段の方が高さも角度も段数もあったぞ。
だが、身体の側面をしたたか打ち付けたようで呼吸がままならないのか、声もでない様子。
私はヒールの音を鳴らしながら、ゆっくりカトラル夫人に近づく。
「離せと言われたから離したまでだ。階段から落ちて、私のように頭部強打の上、記憶喪失にならなくて何よりだな」
だが落ちた側面から腕の骨は折れているか、ひび位は入っているだろう。
わたしはしゃがみこんで、夜会仕様に綺麗に結い上げられた夫人の髪を引き掴み顔上げさせ、青みがかった鋼色の瞳を夫人の瞳に映す。
「いいか、お前は――カトラル子爵家は、この私に、次期アーチデール男爵に喧嘩を売った。私は売られた喧嘩は高く買う。同じようなことを今後もするならば、この先、王都を闊歩できないようにしてやる。私は年の差や爵位などに遠慮はしない。覚えておけ」
はっきりとした怯えの表情を確認したあと、夫人の髪から手を離し立ち上がる。
カレンと目線を合わせるとカレンは頷く。
「誰か! ご婦人が酔って階段から足を踏み外したわ!」
カレンがそう叫ぶと、見回りに来ていた警備の者が慌ててこちらへ走り寄る。
「担架を用意してほしい、ご婦人は歩けそうにありません」
私がそう言うと、「おい、担架だ!」と走り寄ってきた警備の者が声をあげていく。
カトラル子爵が警備に交じってこちらへやってくる。
「カトラル子爵、ご夫人は、少々、お酒を過ごされたようです。私のドレスにワインをかけても楽しそうに声を上げたのですよ。私はそんなご夫人を放っておくことができずに、友人と控室で介抱をしようとしたのです。しかしご夫人は私の手を振りほどいて階段から落ちてしまいました」
「……」
ご婦人や令嬢達とは違い、紳士や令息達はこの夜会の意味を分かっている。
主催者が、アーチデール男爵家の協力を頼む為の夜会だということ。
「ご安心なさいませ。ご夫人は私のように、階段から落ちても頭部強打には至っておりませんよ」
お前の女がこの私に喧嘩を売ったんだ。
己の身が可愛ければ、この女を家から出すなよ。
「不幸中の幸いでしたわね。カトラル子爵」
私はそう言って、青みがかった鋼色の瞳をカトラル子爵に向けたのだった。




