第4話 夜会の経緯について2
ともあれ、ロードリック殿下がシーグローヴ公爵領の領都の開発に走ってしまったのか。
シーグローヴ領の一角に副都市を計画しそうだ。
大きいだけの鄙びた田舎に避暑だけが目的で訪れるのではなく、産業を盛り上げて王都にわざわざ出向かなくてもいい規模の都市を作り、シーグローヴ公爵家の当代や先代に認めさせるのが先と見ているのか?
国王陛下の命令を素直にきく性格とも思えない。
そうした方が面白いでしょ? とか言いそうだ。
整った王都よりも、開発し甲斐がありそうなところを狙ったのか。
現在は隙を見て悠々自適に領地巡りをする始末。
そんな様子を知った陛下から、この件、自由裁量としていいとシーグローヴ公爵家預かりとなって、頭を抱えていたらしい。
そこでアデライド様が、私にこの件を振ってきた。
王都でも屈指の大商会。
アーチデール男爵家の娘である私と友諠を結び得たのだから、この件、アーチデール家に任せてもいいのではないかと。
なんということだ。
美味しすぎる。
アーチデール男爵家には領地がない。
社交界にいる貴族達――上も下も、「アーチデール家に領地なんて不要だろう」と言い放つ。
領地を得て領民を働かせて生活する、昔ながらの貴族から見れば、せこせこ商売するアーチデールなんて富裕層の平民と変わりないと、思っている奴らは大勢いる。
しかし。この件を請け負うとなれば、王都の一角に、アーチデール領地が作れるじゃないか。
街づくりを一から。
しかも臨海港湾地区だぞ?
アーチデール家の所有する商船も、出入り自由に、海外販路への流通スピードががくんと跳ね上がる。
――欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!!!
強欲で何が悪い。
アーチデール男爵の地位を望んだのも、男爵家の事業に携わりたいのも、私が金と権力を手にしたいからだ。
女子供が出しゃばるなと、私を恫喝したとしても、誰がそんな自分以外の既得権益者達の言葉に、この私が耳をかさなければならない。
お前達が、やっていることを、何故、この私が、やってはダメなんだ?
いつ戻るかわからない記憶が、ふいに戻っても。
今やっていることが何もわからなくても。
私自身は当然だが、私を支えてくれるアンやグリフィスも含めて、生活していく為には、それなりの財産と立場が必要なんだ。
あの男爵や男爵夫人に、記憶が戻ったらよろしく頼むなんて、想像するだけでも恐ろしい。
だったらグリフィスに手間はかけるが、金は払うから、あとはよろしくと任せた方がマシだ。
その為の金と権力が欲しい。
「シーグローヴ公爵の派閥の者にも声をかけてほしいところではあるけれど」
まあそうだよな。
別に私個人とアデライド様が友諠を結んだだけで、シーグローヴ公爵家との繋がりは薄い。
声をかけるのはいいが、多少は使える人材でなければ困る。
アーチデールの手柄を自分の懐に入れてしまえという輩だと、使えたものじゃない。
金も出さずに利権は俺のものとかほざくなら、隙を見て王都を闊歩できないようにさせてやる。
単純な方法で。
この姫君の派閥の者にそれをするのはほんの少し良心が痛むから、そういうことにならなければ良いのだがな。
ただ、私はアーチデール男爵ほど甘くはないつもりだ。
「正直に言うと、うちの閥の家に少し依頼を出したのだけど、進捗がよろしくないのよ」
そう言って、アデライド様は王都の地図を従僕に用意させる。
てきぱきと茶器が片づけられて、テーブルには地図が広げられた。
広げられた地図上、再開発を望む部分をアデライド様は畳んだ扇子の端でくるりと円を描く。
「ここよ」
王宮貴族街から外れているが、利便性は悪くはない。
なんでも、50年前にドンパチやった時に戦艦の砲弾が吹っ飛んできたらしい場所。
貴族学院の近代史で見たことある。
本来は飛び出ていたのに変な具合に削れていて、三十年経っても、見た目がいまいち。
ちょっとした天候の荒れ具合で水浸しになるが、そんな場所でも住み着く者はいる。
海沿いは漁師がいるけれど、平民最下層のスラムとも隣接しているのだ。
再開発したいからどけと言っても、反発するだろう。
シーグローヴ公爵家閥だと下位貴族だとしても、領地持ちに違いないし、王都の貧民街には近寄りたくもないに違いない。
バカか。
親元からの命令だろうが。
金を撒いて土地整備をしたら、そう言った輩はまた河岸を変えるんだ。
わかってないな。
「マリアンデール、お願いしたいの。どうかしら?」
金髪碧眼の麗しい姫君の言葉に、私は口の端をわずかに上げた。
「大きな仕事は大好きです。アデライド様、そして閣下。このお話について、街を綺麗にするだけではなく、お望みのモノはありますか?」
「?」
「私には領地がないので、自分の家の領地があれば、あれもこれもそれも欲しい……と、なりますが……せっかく王都の土地であれもこれも自由にできる区画があるのですよ?」
「……ごめんなさいね、マリアンデール。思いつかないの」
まあ何もかもお持ちの公爵令嬢、王族に連なる姫君には不足がないから、そういう発言になるか。
先代公にも視線を向けるが、彼は孫娘とそのお友達の他愛ない会話を聞いている好好爺とした雰囲気を崩さない。
先代公にはご希望がないのか……それとも、全ての裁量をアデライド様にお任せなのか……後者だな。
「私には縁がございませんが、アデライド様の挙式には、今少し準備期間がありますよね? 王家の第二王子殿下とシーグローヴ公爵家の挙式、古めかしい大聖堂ではなく、新たに建設した大きな教会で挙式をあげたいとか、その披露宴を行うホールも近場にあるといいとか」
もっとも、王族と王族に連なる公爵家との結婚は、挙式の5年前ぐらいから日程を組まれ綿密な計画が練られている。
招待客、その席次、司祭は教皇か枢機卿か、ドレス、その装飾品、披露宴を開催する場所、日時、出席者――通常の貴族の結婚より遥かに規模が違う。
国をあげての一大イベントだからだ。
ポッと作った「新しい教会で式を挙げたーい」などと、私の側付きのアンや義妹のシンシアが好きな絵小説のようにはいかない。
しかし教会か……教会新設は、ブリタリウス国教会にも話を持っていけば、そこからも金が引っ張れるかもしれないな。我ながらいい案では?
「……挙式の招待客は遠方からも招かれるのでは? 海外からやんごとない方々をお招きするにあたり、文句がつけられないような迎賓館やホテルなどを建てておきたいとかは?」
アデライド様の挙式には、各国の要人だって招待されるだろう。
迎賓館のような高級ホテルは必須では?
金がなくて、ひーひー言っている貴族家の子供――……特に私と年齢が近い人材には心当たりが何人かいる。
彼等や彼女達の伝手を持って、文官や軍に漏れた人材も使えばいいのでは?
誰だって金は欲しい。
稼ぎのある仕事を欲しがるのは何も庶民だけではない。
この国は歴史上、一時、貴族を増やしすぎた過去があるからな。
貴族だからって、領地を持たない下位貴族なんて、アーチデール家以外も多い。そしてアーチデール家みたいに、みんながみんな金を持ってるわけではない。
新たに建設した集客施設があるならば、観光客に集中した商業エリアを建てるのもいいのでは?
土産の一つや二つ買うだろうし。
そこはうちの商会の出番だな。
それこそアーチデール商会系列の店を並べられる。
港湾地区。
一番の旨味は、アーチデール家の商船、海外の流通のスピード感が爆上げ。
しかしそういう商業地区は、作ったはいいが閑散としてしまっては意味がないから、とにかく目新しく、集客が継続するような形態がキモだな。
貴族向けと庶民向けの商業エリアを敷地内で別展開させてもいい。
庶民向け商業エリアには漁船が停泊できる漁港を作れば貴族向けアッパークラスの 港は商船の入港にして、客船と……あとは軍が何か言い出しそうだ。
なんといっても、こういう大型事業、根回しがキモなのだ。
「……マリアンデール……すごいわ……貴女、ぱっとそんなこと思いつくの? ねえマリアンデール、貴女ならば、何を作りたいの?」
「港は整備したいですね、王都の港にはアーチデール家の商船を多く抱えておりますから。漁船と商船、客船、せっかく綺麗な地区に生まれ変わらせるのです。ごちゃごちゃとさせたくありません。船はそれぞれに役割がございますから、王都お膝元ならば軍も……新たな軍港を欲しがりましょう。アーチデール家は酒保商も商っていた過去もありますが、祖父の晩年からその部門は縮小していった経歴がありますので、今、軍との繋ぎがとれないかと」
私の言葉にアデライド様は頷く。
「しかし、私の提案をつらつらと述べるだけでは……、シーグローヴ家の先代様をはじめ、現ご当主様、ロードリック殿下の御意向の確認を取られた方がよろしいのでは?」
発案だけなら、いろいろと思いつくが……。
先代シーグローヴ公爵は、私を楽しそうに見ている。
「なるほどな。息子と孫婿が領地でやってることを王都でやろうというわけか」
自由人すぎるな殿下……。
そして楽しいだろうな。
「では……アーチデール家で請け負ってもよろしいですが、一度、シーグローヴ公爵家の方で、この計画に乗りたい、もしくは乗せたい方とのつなぎを取っていただいけますか?」
「そうね小規模な夜会を開くわ」




