第3話 夜会の経緯について1
「なんだか血の繋がらない母娘というよりも、姉と妹って感じね。なんだかちょっと羨ましいわ。わたくしには兄弟がおりませんもの」
アデライド様は私と義母のやり取りを見てそう仰った。
男爵夫人はそうなのかしら? という表情をする。
「あの……失礼ながらお尋ねしたいのですが、先ほど、先代様が仰った、アデライド様とマリアンデールのお喋りが、わくわくするようなものだったとのことでしたが……」
男爵夫人の言葉に、私とアデライド様は目を合わせる。
アデライド様が頷いたので、私は男爵夫人を見つめる。
「本当はわたくしの婚約者である第二王子殿下ロードリック様に課せられたお話でしたのよ」
アデライド様はそう語りだした。
この経緯に至った数週間前を思い出していた。
◇◇◇
デビュタントを終えて数日後、私はアデライド様から王都貴族街にあるシーグローヴ公爵邸に招かれた。
招かれたシーグローヴ公爵邸は、公爵家の持ち家ではあるが、本邸ではない。
公爵家の本邸は、王城を守るように取り囲む離宮の一つ、ゴールド・スプリング城が本邸で、招かれた王都の公爵邸は、シーグローヴ公爵家が抱える数ある不動産の一つに過ぎない。
これまで学院に在学中だったアデライド様が、学院や商業地区、王城等へ向かうのに交通的利便性の良さで居住している。
しかし、この公爵邸、貴族街の中でもどこまで続くかと思われる外壁、正門門扉をくぐってからの屋敷までの距離が、そこらの貴族街の家とは格が違っていた。
グリフィスのエスコートで馬車から降りると、家令と家政婦長と思しき人物と、従僕とメイドが三名ずつ出迎えてくれた。
男爵令嬢ごときに、この出迎えは破格と見ていい。
本日のドレスは元々、私がデビュタント用に用意していたドレス――男爵夫人だけではなく義妹シンシア、アーチデール家事使用人達に却下をくらったものだが、これにドレープやレースを加えデイドレスにリメイクしたものだ。
ベースがシンプルデザインだっただけあり、思った通り軽い。
家令の案内で、中庭を望めるテラスのある応接室に通される。
そこにはアデライド様がすでにおいでだった。
「お招きありがとうございます。アデライド様」
「そのドレスも素敵ね、マリアンデール」
私にはないが、服飾のセンスは男爵夫人と義妹シンシアには備わっているらしい。
そこは素直に認めざるを得ない。
「義母と義妹の指示で誂えたものです」
「仲が良いのね」
以前はバチバチだった……というか一方的に私がしてやられていたらしいが、記憶を失ってから態度を変えた(変えさせた)――とは声に出さずに、口の端に笑みを浮かべる。
シーグローヴ家の従僕が椅子を引いて私に着席を促し、その通りにする。
グリフィスはシーグローヴの家事使用人と共に、部屋の隅に控えていた。
さて、我が国で一番若く美しいこの姫君は、記憶を失ったこの私に、何をお求めになるのかな? 少しわくわくしてきた。
「本題前の迂遠な会話は、マリアンデールの好むところではないわね。本題を切り出すわ。実はね、手伝って欲しいことがあるの」
本当にこの姫君は人をよく見ている。
本題を語りだす前に、お付きのメイドがアデライド様に耳打ちをする。アデライド様は頷くと私に視線を向け微笑まれた。
「わたくし達のお喋りがとても気になる方がいて、ご一緒してもいいかしら?」
「御意」
一体誰だろうか。
メイドが扉を開けて招き入れたのは、老紳士だった。
その青い瞳は――アデライド様と同じ。
私は席を立ってカーテシーをする。
――先代シーグローヴ公爵だ。
実は先日のデビュタントの夜会でもご挨拶はさせていただいた。その時に……。
――孫とのお喋りに、この爺も混ぜてほしい。
そんなお言葉を受けていたが……社交辞令ではなかったのか……。
「いやいや、硬くならずに、座ってほしい。孫娘とその友人のお喋りに混ぜてほしくてな。なんせ未来の孫の婿殿と息子は夜会が終わった途端にこの爺を置いて、領地に飛んで行ったので暇なのだよ」
社交シーズンの今、領地に行くとなると、あの殿下の好奇心が抑えられない何かがあると見ておこう。
アデライド様なら追々お話くださるだろうが……。
自分で予想をしてみるのも面白い。
「どこまで話したね? アディ」
「まだですよ、お爺様」
「そうか、ご令嬢達の楽しいお喋りを最初から聞ける幸運に与ったな」
先代公爵はうんうんと頷く。
「アーチデール男爵令嬢、マリアンデールと呼んでもよろしいかな?」
「もちろんです。閣下」
先代公爵はなぜか眩しそうに私を見る。
「うん、ブラックウェル伯爵に似ておるな」
「……母方の父ですか?」
「二代前のだの、其方からみたら曾祖父だが……私には彼に恩があるからね、懐かしい」
「恩ですか?」
「命を救ってもらったのだよ」
――……曾祖父……貴方一体何者だ……。
「まあ当時は戦争中での、戦火の中で震えるわしも当時は子供だった」
それはかなりの昔のお話だな……。
しかし王族を戦火から救ったブラックウェル伯爵家に王家の宝飾品が下賜されたわけだ。
「アーチデール家もそのころから商売気のある家だったわけだが……。まさかそこにブラックウェルの娘が嫁ぐとは思わなんだ」
先代が語るなら平民時代だったはずだが、そのころから有名ではあったのか……アーチデール家。
「ま、昔話もおいおいするが、今回の件だ。孫婿はかなり自由闊達での、この爺からも、マリアンデールにアディの手伝いをお願いしたい。もちろん私の息子もこの件は了承しておる。アディに丸投げじゃ」
「浅学非才な身になれど、他ならぬアデライド様のお頼みでしたならば」
私がそう答えると、アデライド様と閣下は一瞬目を合わせて頷きあう。
「実は一年前に、陛下から勅命を受けていたのだけど、進みが遅いのよ」
陛下の勅命……。
「臨海港湾地区の再開発なの。ロードリック殿下がシーグローヴ家に婿入りになるからということで、国王陛下は、本来、殿下にこの件を任せたかったのだけれど、ほら……殿下は興味があるのには食いつくけど、そうでないのにはとことん手を出さないタイプでしょ?」
あの人……何をしているんだ。
「ロードリック殿下はうちの領地経営にはすごく関心があるから、今もそっちにお父様と行ってしまっているのよ。飛び地でいろいろ領地があるから、国内旅行気分で……というか、昔からそうだったの……王城育ちの殿下は広大な農業地帯が好きなのか……あそこは意外と利便性のいい立地でもあるから、領都の開発にも夢中なの」
王家には保養地だってあるのに、シーグローヴの領地が小さい頃から殊の外、お気に入りでお好きだったとか。
どこぞの学術バカと同類なのか? あの人。




