表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/31

7.宮廷魔術師

レシアはいつものように部屋で母の魔法書を広げていた。

魔法というものは発動できればそれで終わりではなくより簡素な手順でより早く発動することを目標としている。

レシアの母は治癒師として各地を旅をしていたが、そういった改良も続けていた。レシアも母の残した手法を治癒魔法以外に活用できないかを探っていたのだ。

そんなとき、部屋のドアをノックされる。時計を見るとお茶の時間で、メイドが持ってきてくれたのだろう、とレシアは気軽に、どうぞ、と応じた。

魔法書を片手に持ち、思考しながら窓際へと移動する。これは貴重な書物だ、メイドに汚させない為にもお茶のテーブルには置いておかないほうがいい。

「お茶は後で頂きます」

お行儀が悪いのはわかっていたが、良いアイディアが浮かんだ。本を片手にうろうろと部屋の中をさまよいながら考えていると何かにぶつかった。

こんなところに本棚なんてあったかしら、といぶかしげに顔を上げると、それは本棚ではなくレイナートだった。

「なるほど、そういうところは他の魔法使いと同じだな。彼らもなにやら思考しているときがある」

「すみません、メイドのどなたかがお茶を持ってきてくださったのだと思って」

レシアは慌てて謝罪するがレイナートは、俺の方こそ邪魔してすまない、と言った。

それにしてもレイナートがわざわざレシアの部屋に来るなど、なにかあったのだろうか。レシアは恐る恐る尋ねる。

「どのようなご用向きでこちらに?」

するとレイナートはにっこりと微笑んでなんでもないことのように言った。

「明日、俺と一緒に王宮へ行ってもらえないだろうか」

それはまるで気軽な食事に誘うかのようで、レシアは最初なにを言われたのかわからなかった。

「え、っと?王宮とおっしゃっれましたか?」

「そうだ、一緒に王宮に行こうと言った」

レイナートはいつもこうだ、レシアの予想を超えた発言をする。

「申し訳ございませんが、順を追ってご説明いただけますでしょうか」

「そうだな」

レシアの返答にレイナートは同意した。

「君は宮廷魔術師殿を知っているか?」

「いいえ」

レシアは正直に返事をした。王家が魔法使いを臣下に持っていたとは驚きだ。少なくとも民衆にはその存在を知られていない、もちろんレシアも知らなかった。

ほとんどの魔法使いは賢者の学院に住んでいて、その力を借りたいときは賢者の学院に申し入れ、派遣してもらう。直接召し抱えるというのはあまり聞かない。

「そうだろうな、もうご高齢で公の場にはほとんど出ておられないし、俺は彼の御仁が魔法を使っているところを見たことがない」

そこでレイナートは言葉を切り、レシアの様子をうかがうように続けた。

「その宮廷魔術師殿が君に会いたいと言っているんだ。俺としても会っておいたほうがいいように思うのだが、どうだろうか」

どうだろうかと聞かれてもレシアに拒否権はないように思う。

「君が否やと言うなら無理強いはしない」

思いが顔に出ていたのだろう。レイナートは明るい笑顔を見せ、レシアを安心させるような物言いをした。

そう言われてしまうとますます断りにくい。たぶんこれは陛下もご存じのこと。レシアはレイナートに拒否を伝えるだけでいいが、彼は陛下に断りを入れなければならない。

「いえ、お会いします」

「良いのか?」

レシアの返事にレイナートが驚いた顔をした。

王族かそれに連なる立場の人物か、いずれにせよある程度の権力者と面会させられることは予測していた。レシアの存在が明らかになった以上、王家はレシアを利用するしかない。

世界は魔物の脅威に満ちている。対抗できるであろう力を使わないことは、王家への信頼が揺らぐことに直結しているのだ。


レイナートのエスコートで馬車を降り、そのまま彼と連れ立って王宮の中へと足を踏み入れた。王宮の奥、離宮に住んでいるという宮廷魔術師に面会する為だ。その人はわずかばかり王族の血が入っており、だから王宮に住んでいるのだという。

裏門からひっそりと入城したが、それでもヒュートマスターのレイナートは人目を引くようだ。その彼が見かけぬ女性をエスコートしているのならば、さらに興味をそそるのだろう。

すれ違う誰もがレシアに無遠慮な視線を投げかけ、その度にレイナートは冷淡な視線で黙らせていた。

そうしてようやくたどり着いたそこは宮廷魔術師の住まう区画で、かなり強い結界が張られているのがわかった。

「はじめまして。わたしは宮廷魔術師のアンマリー、よろしくね」

ベッドに腰かけて挨拶をしてきたのは気品に満ちた老齢の女性だった。

「ごめんなさい、こんな格好で。今日はあまり体調がよくないの、明日は雨かもしれないわね」

彼女のセリフは村の老人と同じで、魔法使いでも人間には違いないのだということにレシアは少し驚いていた。レシアにとって、いや、民衆にとっての魔法使いはどこか遠い存在ですべてを超越した者という印象が強い。

「ヤルナガスが娘、レシアにございます」

ベッドの横に進み出て、挨拶をしたレシアにアンマリーはにっこりと微笑んだ。

「長生きはするものね。ヤルナガスの娘さんに会えるなんて、夢みたいだわ」

「母をご存じなのですか?」

「あの子はわたしの弟子だったのよ、ほんの短い間だったけど」

それからアンマリーはレシアの母のことを話した。

「治癒魔法は完璧だった、わたしが教えることはもうなにもなくて、だから他の魔法を教えたの。火や水、風の魔法をね。でもまるでダメだった、たぶん性分に合ってなかったのね」

それからアンマリーはほぅっと息をつき、

「あなたも治癒魔法が使えるのよね、レイナートを癒したと聞いたわ」

とレシアに言ったあと、その隣に立つレイナートにちらりと視線をやった。

「母のような強い治癒力は持っておりませんが」

レシアの謙遜に、それでも大したものだわ、とアンマリーは微笑んだ。

「魔法は独学かしら?」

「母が残した本で学んできました」

そう言って魔法で作った遮蔽空間からいくつかの魔法書を取り出し、アンマリーに手渡した。

「そんなこともできるなんて、やはり血筋かしらねぇ」

本を受け取りながらつぶやいたアンマリーの言葉を足掛かりに、気になっていたことを聞いてみることにした。

「父のことはなにも聞かされていないのですが、アンマリー様はなにかご存じでしょうか」

その言葉にアンマリーは少し迷ったしぐさをし、それから言った。

「今さら隠しても仕方ないわね」

それからレイナートに、

「これは他言無用よ、万一情報が漏れたらあなたが処罰対象になります」

と念押しした。そしてアンマリーは静かにレシアを見つめ、言った。

「あなたの父親は悠久の賢者、オグリアスよ」

それを聞いたレイナートは息を飲み、レシアは彼の驚きが理解できず、彼に問うような視線を向けた。その視線にレイナートはアンマリーに視線を送り、彼女がわずかに頷いたのを見て口を開いた。

「レシアは賢者の学院を知っているな?」

「はい。魔法使いの学び舎だと母から聞いています」

「悠久の賢者とは賢者の学院の長に与えられる称号のことだ」

賢者の学院の長ともなれば各国の王族と同等の発言権を持っている。レシアが本当に彼の娘ならば貴族にとっては喉から手が出るほど欲しい存在だ。

悠久の賢者に『お前の娘の世話をしてやったのは自分だ』と恩を売ることができる。それはどんな宝石や金品よりも価値のあることだ。そうならないように悠久の賢者は原則、婚姻することができない。

その決まりを破った証拠がレシアということになる、絶対に世間に知られてはならない秘密だ。

「正直、あなたを見出したのがレイナートで助かったわ。この子に後ろ暗いことは無理だもの」

アンマリーの評価にレイナートは複雑な顔をするが、レシアも同じ意見だった。レイナートの屋敷に滞在して、使用人の話や彼自身の言動から判断した結果、実直な人物だと感じていた。村長が信用するに足ると評価したのことは間違いではなかったとレシアは思っている。

「それは本当なのですか?」

レイナートの問いにアンマリーは答える。

「わたしはヤルナガス本人に相談されたのよ。あの娘がわたしに嘘を言うとは思えないし、レシアの才を見る限り、完全に否定することは難しいでしょうね」

「才と言われるほどのことを披露したつもりはないのですが」

レシアの言葉にアンマリーとレイナートは顔を見合わせ沈黙した。レシアにはそれが何を意味するかわからない。

「レシア、先ほどの遮蔽空間だが。俺はその存在は知っていたが、実際に見たのは今日が初めてだ」

レイナートが呆れたように言うと、アンマリーも後に続いた。

「あなたは少し俗世から離れすぎたわね」

アンマリーはレイナートに、そのあたりも含めて面倒をみてやって頂戴、と言い、レイナートは快諾した。

お読み頂きありがとうございます

しばらく連日投稿します、よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ