5.晩餐
レシアは晩餐に自分の正装ともいうべき魔法使いの服で臨んだ。それはヤルナガスの衣装を模した白を基調としたもので、レシアの銀髪がよく映えた。
ダイニングへと姿を現したレシアにレイナートは目を細め、
「やはり君は美しいな」
と言い、その手をとって指先に唇をよせた。
その気障なしぐさも正装に身を包んだレイナートなら違和感どころかむしろ似合っている。
レシアは顔を赤らめながらも、
「お招きいただきましてありがとうございます」
と礼儀正しく言い、彼のエスコートで席に着いた。
貴族との会食などたいていの平民はしたことがないし、レシアもその例外ではなかった。しかし堅苦しいことを嫌うルキルス家の面々は会話の弾む楽しい晩餐にしてくれた。
「レシアさん、王都は初めて?」
ルキルス伯爵夫人の問いにレシアは頷く。
「はい、こんなに大勢の人はみたことがなくて。びっくりしました」
「そうね、普段、領地にいるわたしにもここは騒がしく感じるわ。でも王都には王都の楽しみ方があるのよ。今度、一緒に出掛けましょう」
「では護衛は俺が務めよう」
そう言ったのはルキルス伯爵で、伯爵自身が護衛役をやるなど聞いたことがないとレシアは思ったが、夫人は涼しい顔で、お願いします、と言っている。メイドたちの話では伯爵は元ヒュートマスターだ、それを考えたら不思議なことではないのかもしれない。
「残念だが俺は任務です」
レイナートの言葉に伯爵が言った。
「また大型の魔物か」
「そのようです、少々遠方になりますのでしばらく屋敷を空けます」
伯爵は、留守は預かろう、と言った。
新たな魔法使いの動向は掴みきれていないようで、未だに貴族が探っている。彼女がルキルス家の保護下に入ったことが露呈するのは時間の問題だろうが、少なくともこの屋敷に滞在している間は、歴代ヒュートマスターを務めてきたルキルスの名にかけて、手を出させるわけにはいかない。
しかしふたりはそのことをおくびにも出さないし、勘づいているであろう夫人もなにも言わず、レシアを華やかな話題へと誘う。
「まずはレシアさんにドレスを用意しなくてはね」
「いえ、頂戴しましても扱えませんのでご遠慮します」
レシアは断りを入れたが夫人は目を細めている。
「レシアさんの髪色はとても素敵ね、白もいいけれど濃い色も映えるでしょうね」
どうやら夫人にはレシアの言葉が聞こえなかったようだ。再度、断りを口にしかけたレシアに、隣に座るレイナートが小声で言う。
「無駄だ、母上はああなったら誰にも止められない」
「ですが」
「大人しく受け取ってくれたほうが俺たちの為になる」
そう言われ、給仕の使用人たちにチラリと目を向けると誰もが懇願するようにレシアを見ている。彼らにこんな顔をさせる要素が優雅に微笑む夫人のどこにあるというのだろう。
「レシアさんはどんなデザインがお好きかしら?」
夫人に問われ、レシアは、
「えぇと、その。伯爵夫人がお召しになっておられるドレスはとても素敵だと思います」
と、なんとか否定的ではない言葉を絞り出した。
「駄目よ、若いんだからもっと華やかにしなくては」
可愛らしいものにしましょうか、と彼女は言い、レイナートに視線を向け、
「楽しみにしていなさい」
と言う。レイナートもレイナートで、
「帰宅を心待ちに出る任務は初めてです」
と悪ノリをし、レシアには片目をつぶってよこした。
僅かばかりの余裕をすっかり剥がされたレシアは顔を赤らめ、視線を逸らすことしかできなかった。
翌日、レシアは任務に出るレイナートを見送った。伯爵は早朝から出かけており不在、夫人は仕立て屋を呼んでレシアのドレスに夢中になっている。
「父上は間もなく戻られるだろう、母上は好きにさせておけばよい」
「ですがドレスなど、分不相応で困ります」
言葉通りに困った顔をして言うレシアにレイナートは穏やかな笑顔をみせた。
「俺たちは男兄弟だからな、着飾らせる楽しみがないと母上は良く嘆いておられた。迷惑でなければ付き合って差し上げてほしい」
そう言ってレイナートは馬丁から手綱を受け取り、馬に跨った。
見上げるレシアへ身をかがめ、その耳元に、
「ドレス姿を楽しみにしている」
と囁いた。彼はレシアの頬に朱が走ったのをしっかり確かめてから、
「成る丈、早く戻る」
と言い残して、馬を駆けさせた。その姿はあっという間に見えなくなり、レシアは赤くなった頬を手で抑えながらそれを見送った。
「さぁ、レシア様。奥様がお待ちですよ」
メイドの声かけにレシアは我に返った。振り返るとそこには見上げるほど大きな屋敷が建っている。レシアは、レイナートはここに住む貴族で、貴族ならあんなやり取りもなんでもないことなのだろう、と思い込むことにした。
「見送りご苦労様でした」
入室したレシアに夫人は声をかけ、仕立て屋に引き合わせる。
「この娘に作ってもらいたいのです」
仕立て屋の女性はレシアを見て目を細め、可愛らしいお嬢様ですこと、と微笑み、そのあとは猛烈な勢いでスケッチブックになにやら書いている。
驚いているレシアに夫人は言った。
「レシアさん、デザイン画ができるまでお茶を飲んで待ちましょう」
「はい」
レシアは戸惑いながらも伯爵夫人の命令に逆らうことはせず、素直に同席した。
隣室に設けられたテーブルに着席するとすぐにカップが用意され、紅茶が注がれる。すでにケーキスタンドは用意されており、そのうちのいくつかは給仕のメイドの手によって銘々の皿に盛り付けられた。
伯爵家のパティシエールによって作られたお菓子はどれも美味しそうで、甘いものが好きなレシアは遠慮なく楽しむことにした。そんなレシアを夫人も使用人も微笑ましい笑顔で見ているなど、本人は知る由もない。
「所作がとても綺麗なのね」
夫人の言葉にレシアは恐縮する、まさか本物の貴族に褒められるとは思っていなかったからだ。
「そう言って頂けてとても嬉しいです、一通りのマナーは学んでまいりましたので」
「ダンスもできるの?」
レシアは、あまり好きではない、という言葉を添えながらもうなずいた。
「それならすぐにでも社交界デビューできそうね」
コロコロと笑う夫人の言葉にレシアは驚いて声を上げた。
「え、デビュー?」
貴族の娘は社交界という貴族社会にお披露目をされ、その中で互いの家に利のある相手を選び、結婚していく。しかしレシアの身分は平民であり、平民は社交界に入ることはできないし、レシア自身も入りたいと思わない。
レシアの大声に夫人はくすりと笑い、マナー違反ですよ、とからかうように注意した。
「すみません」
レシアの小さな謝罪に夫人は、
「貴女は本物の魔法使いなのよ?王族から結婚を望まれてもおかしくないほどだわ」
その言葉はもはや平民の想像の域を超えており、レシアは、王族はえらいひとたちですよね、というわけのわからないつぶやきを漏らしている。
思考が明々後日の方向に飛んでしまったレシアに夫人は苦笑して、別の話題を提供した。
「レシアさんとレイナートの出会いを聞きたいわ」
夫人の問いかけにレシアはどう答えようか迷ったが、今更だと思い直し、正直に答えることにした。
「わたしの住んでいた山小屋の近くでレイナート様が倒れておられました、とても酷いお怪我で。わたしはあまり治癒が得意ではないので、力が及ぶ程度でよかったと思います」
「魔法に得意、不得意なんてあるのね」
「そのようです、わたしは母が治癒魔法以外を使ったところを見たことがありません。他は苦手だと言っていました」
「お母様のこと、残念でしたね」
夫人は労わるような視線と言葉をレシアへ向けた。それにレシアは笑みを浮かべて応じた。
「いえ、仕方のないことです。母は少しでも多くの人を助けたかったのだと思います」
弱者に寄り添い、手を差し伸べていた母を思い出す。その顔にはいつも微笑みがあり、その笑みは嘘ではなかったと思う。
母は自ら望んで治癒師の道を選んだのだ。命を落とすことになってしまったけれど、それは治癒師でなかったとしても同じだったと思いたい。
「わたしも同じです、母はわたしに普通の生活を望んでいました。だから魔法使いであることはずっと隠して生きてきましたが、助かるかもしれない命を目の前にして、黙って見ていることはできませんでした」
その結果、新たな魔法使いの存在は知れ渡り、レシアは引っ張り出されてしまった。今はルキルス家に守られているが、その保護下を離れればレイナートの言うように貴族の愛妾にされてしまうかもしれない。
レシアは魔法が使えるとは言っても所詮はただの小娘、純粋な力比べになったら分が悪いのは明白だ。
「きっと大丈夫ですよ、レシアさん」
レシアの不安を見透かしたかのように夫人は声をかけ、手を伸ばしてレシアのそれを握り、レシアもまた握り返した。
「ありがとうございます」
そう言う彼女はどこか儚い微笑みをみせていた。
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