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4.ルキルス伯爵邸

レシアは処遇が決まるまでの間、レイナートの勧めで王都にあるという彼の家に滞在することになった。

馬車に揺られること数日、堅牢な石壁に囲まれた大きな街が見えてきた。

「王都レグスだ」

重厚な石造りの門、その両脇には騎士とヒュートの巨大な像が建てられており、都市の治安は自分たちが担っているという彼らの誇りを示しているのだろう。

門をくぐるとすぐに商店が立ち並ぶ区画になった。見たこともない品物が数多く並んでいる。

「この辺りは外国の品物を扱っている店が多い、貿易の中心になっているんだ」

物珍し気に窓の外を眺めているレシアにレイナートが説明する。

「レイナート様、あれはなんですか?」

子供の背丈ほどある透き通った青い石が飾られている。

「あれは鉱石だな」

「鉱石?」

「地中深くにああいった珍しい石が埋まっている国があるんだ」

「え?土の中にあんな綺麗なものがあるんですか?」

レシアには想像が難しいようで首をひねっている。その様子にレイナートは遠慮なく笑った。

「はっはっは。君が思ってるよりずっと深いところだ、ちょっと畑仕事をした程度じゃお目にかかれない」

考えを見透かされたレシアは少し顔を赤らめ、そうですよね、と応じ、そんなレシアをレイナートは穏やかに見つめていた。


活気あふれる街を抜け閑静な住宅街へと入った。見えてきた家々の一つを指さしてレイナートは言う。

「あれが俺の家だ」

所有者は父だがな、と彼は笑うが、レシアの顔は凍り付いた。それは想像していたよりずっと大きな家、いや屋敷で、彼の身分が平民でないことを物語っていたからだ。

「レイナート様は貴族様なのでしょうか」

「そうだ、俺はルキルス伯爵令息だな」

何でもないことのように言い放つレイナートにレシアはなんと返事をしていいかわからない。そうしているうちに馬車は屋敷へと到着し、その扉が執事の手によって開かれた。

「おかえりなさいませ、レイナート様」

「今、戻った。父上、母上はご在宅だな?」

「サロンにてお待ちでございます」

レイナートは、ありがとう、と礼を言うと、当然のように、馬車の中で固まっているレシアに手を差し出した。

「ようこそ、わが家へ」

レイナートは、固まったまま動けないレシアの手をつかむと、強引に下ろした。

「あの」

戸惑うレシアの肩を抱いたレイナートは、さぁさぁ、と屋敷へと招き入れてしまう。


「ただいま戻りました!」

レイナートは挨拶をしてサロンへと入る。

「騒々しい、そんなに声を張らんでも聞こえるわ!」

レイナートに負けない声量で応じたのは、彼と同じく金髪に黄金色の瞳を持った男性で、おそらくレイナートの父親だろう。

「レイナート、ご苦労様でした。無事の帰還、なによりです」

その隣に座っている母親であろう涼しい目元をした女性は、優雅に紅茶を飲みながらレイナートを労った。

レイナートは両親への帰宅の挨拶が済むと、当然のようにレシアをひっぱり二人の前に押し出した。

「ご紹介します、魔法使いのレシアです」

驚きのあまり固まっていたレシアだが、我に返り、慌てて口上を述べる。

「ヤルナガスが娘、レシアでございます。突然の来訪をお許しください」

そう言ってレシアがしてみせたお辞儀(カーテシー)はなかなか堂に入ったもので、一朝一夕で身に着けたものではないことが見て取れた。

レシアは村長から貴族の礼儀作法を徹底的に叩き込まれていた。当時は意味がないと反発をしたものだが、今思えば、いずれ彼女が貴族社会に出ざるをえないことを彼は予測していたのだろう。

レシアはそのまま顔をふせている。貴族社会では下位の者は上位の許しがない限り、顔を上げてはならないとされているからだ。

「レシアさん」

そんなレシアの手を取ったのはレイナートの母である伯爵夫人であった。

「お顔をあげてください。貴女は我が子の命を救ってくださった言わば命の恩人、我が家の大切なお客様として歓迎しますよ」

そうしてその言葉通り、親しい間柄でするように軽く抱きしめられた。

こんなふうに抱擁されるのは母が亡くなってから一度もなかったように思う。レシアは村でもあまり人と関わらず生きてきた。本当に魔法が使える魔法使いであるという大きすぎる秘密を抱えた彼女は常に一線を引き、他者をそれに巻き込まないよう最新の注意を払っていた。

「恩人などと大袈裟です、わたしは少しばかりのお手伝いをしただけで」

これは本当のことだ。治癒魔法は結局、本人の生きる力を最大限に引き出すことしかできず、本人が生を願わなければなんの効果も発揮しない。レイナートが生きたいと願い、彼の生きる力が強かったことがすべての勝因である。

慌てるレシアに彼女は母親らしい笑顔を見せ、ありがとう、と言った。それが亡き母を思い出させ、レシアはつい泣きそうになり、そっと目を伏せた。

そんな彼女にレイナートは穏やかな視線を投げかけながら、

「レシアは道中で疲れております。まずは休ませてやりたいのですが」

と両親に向けて言い、それにルキルス伯がうなずいた。

「そうだな、積もる話は明日以降にしよう」

彼の宣言を受け、夫人が言う。

「では、わたしがお部屋へ案内しましょう」

夫人はレシアの手を取り、そのままサロンから連れ出した。

女性ふたりが立ち去ったところでルキルス伯はレイナートに訊ねる。

「それで、レシア嬢の実力はどれほどか?」

「ここまでの道中で聞き出した限りでは基本的な魔法はすべて使えるようです。なんでも母君が残された書物を頼りに独学で学んだとか」

レイナートの言葉にルキルス伯は重くため息をついた。

「本当に魔法が使える魔法使いは貴重だ。早急に王弟殿下の判断を仰いだほうがいいだろう」

「はい、すでに面会は願い出てあります」

レイナートの返事に伯爵は頷いた。

「レシア嬢のことはお前に任せる、必要ならば俺も出よう」

「ありがとうございます、父上」

レイナートは笑顔でそれに応じた。そこに夫人が戻ってくる。

「レシアさんは明日の晩餐に招待しました。今日はお疲れでしょうから、食事は部屋で取れるように手配しました」

その言葉にレイナートが礼を言う。

「ありがとうございます、母上。あとで様子を見に行ってみます」

「おまえは馬鹿ですか、レシアさんは疲れています。そっとしておいてあげなさい」

夫人に言われ、レイナートは言葉に詰まりながらも、しかし、と反論する。

その必死な様子に夫婦は目配せし合った。

「ようやくですね」

「まったくだ、我が息子ながら情けない」

「あら、あなたも似たようなものでしたわ」

夫婦の会話が理解できないレイナートは眉をひそめる。

「なんの話でしょうか」

レイナートの問いに夫人は、

「おまえが旦那様にそっくりだという話ですよ」

と一蹴した。


「屋敷の者には君に命を救われたと伝えてある、なんでも遠慮なく言ってくれ」

翌朝、朝食を共にしたレイナートはそう言いおいて任務へと出かけて行った。

レイナートの余計な一言のせいで使用人たちはレシアを神様のように扱ってくる。執事長である老齢の男性には、ぼっちゃまをお助けくださいまして、と泣かれ、そのあともたくさんの使用人たちに感謝の言葉を告げられた。

「レイナート様は多くの方に慕われておられるのですね」

レシアの言葉にメイドのひとりはまるで、自分のことを褒められたかのように嬉しそうな顔で頷いた。

「若旦那様はとてもお優しい方です、わたしども使用人にも分け隔てなくお声かけをくださいます」

「それにとてもお強いんですよ、ヒュートマスターの中でも一番の実力だと噂されています」

すかさず、もう一人のメイドが付け加えた。

それからはレイナートの話になり、レシアはさして話もしたこともない人物の家の歴史から家族構成に至るまで知ることになった。


レイナート・ルキルス。彼はルキルス家の次期当主で、この家は代々ヒュートマスターを排出してきた家系だという。

ルキルス家は数々の功績を称えられ、王家より領地と伯爵位を賜っているれっきとした貴族。その領地はマスターを引退したルキルス伯爵が管理しているが、いずれはその役をレイナートの五歳下の弟が担うことになっている。

レイナート自身は今年で二十歳になるそうだ。

「では、ご婚約されておられるのでは?」

レイナートが貴族であるならば婚約者がいるはずだ。彼の保護下に入るにしても、血縁でもない未婚の女が同じ屋根の下というのは外聞がよろしくない。

するとそれまで饒舌だったメイドたちは急に言葉を濁した。

「いらっしゃいます、正式にはまだですが」

居合わせたメイドのひとりがそう言ったきり、誰も口をきかなくなってしまった。どうやらこの話題はタブーのようだ。正式ではないにしても婚約者がいることは確かなのだから、そのうち住まいを移すよう提案を受けるだろう。

使用人の言うようにレイナートは貴族風を吹かせない気さくな男だ。だからレシアも彼が貴族であることに気づかずに接してきたが、これからは正しい距離を保ったほうがお互いのためだと感じた。

「お互いの為?」

自分で思いついておきながら、お互いの為って何だろう、と首をかしげるレシアを、晩餐の用意が整ったことを知らせに来たメイドが不思議そうな顔をして見ていた。

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