26.レシアの伴侶
賢者の学院のお墨付きをもらい、いよいよレシアを宮廷魔術師として公表することになった。
早急に定めなければならないのは婚約者だ。宮廷魔術師の伴侶ともなると政治的色合いが濃く、空席にしておくことは政局が不安定になりかねない。
王弟から許可を得たわけではないが、レシアはレイナートが婚約者になると思っていたし、レイナートのほうもそのつもりでいた。ふたりがお互いの気持ちを隠そうともせず、事あるごとに甘い雰囲気を駄々洩れにしていたのはそういうわけだった。
発表の為の夜会当日、レイナートの買い与えたドレスとアクセサリーを身に着け、レシアは彼の前に立った。
「おかしくないでしょうか」
不安そうな声を上げるレシアの姿は、誰もが感嘆のするほどの美しさであった。
バラを思わせる優しい色合いのドレスは彼女の雰囲気にあっていたし、控えめな装飾を施された黄金のアクセサリーはレイナートを連想させた。
レイナートは、彼女を着飾ったのは自分だと大勢に見せびらかして歩きたい気分と、このまま誰の目にも触れない場所に閉じ込めて自分だけのものにしてしまいたい想いに葛藤して、言葉を発することができなかった。
黙ってしまい何も言わないレイナートにレシアは、やはりこの素晴らしい衣装を着こなすのは自分には無理だったのだと落ち込んだのが、そうとは知らないレイナートはただレシアの手を取り、その指先にうっとりと口づけを落とした。
「とても似合っている」
そういうレイナートもレシアと揃いのタキシードを着ていた。耳飾りは鮮やかな青いサファイヤであり、それはレシアの瞳の色と同じである。
「レイナート様はとても素敵です」
己が恋人の可愛らしいささやきに我慢できなくなったレイナートはレシアの唇を奪い、再度、紅を塗りなおす羽目になった。
「ルキルス伯爵令息、並びに、宮廷魔術師レシア様のご入場です」
高らかな宣言のあと、レシアはレイナートに手を取られ、会場に入った。
人々の視線がレシアに集中する。彼女は紛れもなくこの夜会の主役であり、昨今の社交界の話題の中心であった。初めて公の場に姿を見せたレシアの凛とした佇まいとその美しさに、男女問わず感嘆のため息をついている。
そしてそんな彼女をエスコートするのはヒュートマスターのレイナート。ふたりが揃いの衣装で仲睦まじく微笑みあう姿に多くの貴族は、彼がレシア嬢の心を射止めたという噂が本当であったことを思い知らされた。
普通、婚約をしていない男女ならせいぜいアクセサリーを互いの色にする程度に抑えるものである。しかしそれではただの恋人同士と示すだけ。
社交界には妻とは別に恋人を持つという悪習がある。アクセサリーだけでは、悪習がいうところの恋人という認識しか与えられない。それでは意味がない。レイナートは、彼女を正妻として迎える準備があると公言する為に、婚約を結んでいない関係にも関わらず、わざと揃いの衣装を用意した。
一見、非常識とも思えるその行動も、甘く見つめあう姿とピッタリと息の合ったダンスを見せつけることで説得力に変わる。
レシアはヤルナガスとオグリアスとの間にできた娘である。王族が婚約者として名乗りを上げてもおかしくないような肩書ではあったが、幸い、ちょうど釣り合う男性がいなかった。それがむしろ混戦を極め、誰が婚約者になってもおかしくない状況が生まれてしまったが、レイナートの先制攻撃は見事に決まり、彼はレシアの婚約者候補筆頭へとのし上がった。
その後もふたりは何度か夜会に参加したが、レイナート以外の誰の手も取ろうとしないレシアを見せつけられたライバルたちは、彼女のデビューからひと月もすると次々と別の女性と婚約を結び、実質、彼女をあきらめていった。
高位貴族で婚約をしていなかった男性があらかた片付いたところで、王家はレイナートをレシアの婚約者に定めることにした。しかしその矢先にとんでもないダークホースが現れた。
それは先代オグリアスの孫だという青年、ユイルス伯爵であった。
先代オグリアスはその名を襲名する前に子を生していた。相手の女性も魔法使いであり、ふたりの間に生まれた子は大変に優秀な魔法使いであった。
その優秀な魔法使いであった子は魔法使いではない女性と結婚し、そうして生まれたのがユイルスであった。彼自身はごく平凡な、いわゆる魔法が使えない魔法使いであった。
純血主義者はこれを例に挙げ、レシアを魔法使い以外、つまりレイナートの伴侶にするということはこの国の、ひいては世界の損失につながる、と声高に主張し始めたのだ。
貴族の結婚はしょせん政略結婚でしかない。それはレイナートもよくわかっていて、いずれ父の決めた相手を娶ることになるだろうと静観していた。だが、レイナートはレシアと出会い、彼女に惹かれ、恋に落ちた。いまさら自らの傍らにレシア以外の女性を置く気もないし、レシアを他の男に譲る気など毛頭ない。
それでも相手は狡猾で、ふたりが世界を損失へと導いているのだ、と出席した夜会で矢面に立たされるようになってしまった。
そしてついに陛下から直々にお声掛りがかかった。
「レイナート、君の気持ちは痛いほどわかるが、我が国としてレシア嬢を魔法使い以外の伴侶として認めることはできない」
その発言は他国からの干渉を受けていることに他ならなず、レイナートが国家機関のヒュートで禄を食む以上は逆らえない一言であった。
「御意」
血の滲む思いでなんとかそれを絞り出したレイナートは陛下の許可も得ず、退出した。
それは不敬罪に問われてもおかしくないほどの無礼であったが、レイナートびいきの陛下はなにも言わず、ただ彼の怒れる背中を見送った。
レイナートが陛下からの呼び出しを受け、登城した日以降、レシアは彼と全く会えなくなってしまった。
ヒュート本部のレイナートの部屋を訪れても不在が続き、屋敷にも戻ってこない。それほど頻繁にあったわけではないレイナートとの共同任務も、皆無になってしまった。
レイナートが王城でなにか言われたのだと気づいたのは、城のヒュート分室に届け物を頼まれた時だった。別にレシアでなくてもいいおつかいを怪訝に思いながらも分室に向かえば、スマイソン侯爵から見知らぬ男性を紹介された。
「こちらはユイルス伯爵です」
「レシア嬢、はじめまして」
礼儀正しく握手を求めてくる彼の手をどうしたものかと悩んでいると、侯爵が言った。
「彼の祖父は先代オグリアスだそうですよ」
そこで彼が純血主義者の差し金であると気づき、握手ではなくお辞儀で応じた。
「レシアと申します」
そして厳しい視線を、ユイルスと彼を差し向けた侯爵に浴びせる。相手がなにか言いかける前にレシアは言った。
「申し訳ございませんが、予定が立て込んでおりますので失礼いたします」
言うが早いか踵を返して分室を後にした。その足でヒュート本部のウォルトの部屋を訪ねた。予想通り本人はいなかったが彼の恋人であるブリジットがいた。
「ブリジット様!」
レシアはブリジットに駆け寄り、その腕をぎゅっと掴んだ。泣き出したい気持ちをこらえて言葉を絞り出す。
「わたしを友人だと思ってくださるのなら、どうか助けてください」
レシアのただならぬ気配にブリジットは驚いた。
「もちろんレシア様は大切なお友達ですわ」
それからレシアの目線に自身のそれを合わせ聞いた。
「なにがございましたの?」
レシアは泣き出すまいと必死になりながら言った。
「レイナート様ではない男性と、結婚させられそうです」
そこまで言うと堰を切ったように涙があふれて止まらなくなった。しくしくと泣き始めたレシアの背中をブリジットはいたわる様に撫でてやった。
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