24.帰還
それから三日後、予定通りレシアの証書授与式が執り行われ、同時に、彼女がオグリアスとヤルナガスの娘だと発表された。
集まった魔法使いや各国の外交官は驚いている者も、納得したように大きく頷いている者もいた。
本当に魔法が使える魔法使いの出現は昨今では珍しく、祝い事に分類される。本来ならば式のあと祝賀会となるのだが、レシアはそのまま出立することになっている。パーティなど開いたら純血主義の魔法使いたちはレシアに求婚しようと列をなすだろう。既成事実を作ろうとするとんでもない輩も現れるかもしれない。
式典用の華美な衣装から旅装に着替え正門へ向かうと、オグリアスはもちろん、親しくなった数人の魔法使いたちも見送りにと集まっていた。
「道中、お気をつけて」
「手紙を送りますね」
彼らの言葉にレシアは微笑んで、ありがとうございます、と応じた。
「いずれまた任務で会いましょう」
そう言ったのはヒュートに属するあの青年だった。
「ご一緒できる日を楽しみにしております」
レシアの魔法を目の当たりにした彼はそれを習得し直すため、学院に滞在しているのだ。ここに学びは多い、彼はさらに優れた魔法使いになってヒュートに戻ってくるだろう。
「レシア、また会おう」
オグリアスはレシアを力の限り抱擁し、レシアもまたそれに応えた。
「はい、お父様」
レシアの言葉にオグリアスは破顔し、学生の前でだらしない顔をするな、とレムズに叱られた。
「レシアさん、いきますよ」
シェリスの声掛けでレシアは馬車に乗り込み、王都を目指して出発した。
帰りは何事もなく王都へ到着することができた。
レシアには知らされていなかったが、彼女が王都を訪れて以降、かなりの数の刺客が送り込まれている。それらはレシアに気づかせない内にヒュートのメンバーズあるいはレイナート自らが片付けてきた。学院への旅で現れた暴漢もその内のひとつであった。
そういった襲撃が一切なくなったのはレシアが賢者の学院とオグリアスの後ろ盾を得たことに加え、オグリアスが学院に滞在する騎士団を護衛として同行させてくれたおかげでもあった。
賢者の学院の騎士団は各国の騎士によって構成されている。彼らは正式な国家組織の一員であり、彼らを攻撃することは国を攻撃することと同義、つまり戦争を仕掛けたことと同じになる。
いくらレシアという兵器が魅力的であったとしても、一国もしくは複数の国を相手に戦争を起こすのは得策ではない。
今後は婚姻という形でレシアの奪い合いが始まるのだろうが、それもレイナートの根回しが済んでいる今となっては後手と言えた。
王都へ戻ったレシアとシェリスはその足でヒュート本部に向かった。王弟ラウルが本部に来ていると知らせがあった為、旅の成果を報告することにしたのだ。
「ただいま戻りました」
「ご苦労、成果は得られたようだな」
ラウルの言葉にレシアはうなずき、
「魔法使いとしての身分を保証していただけました」
と言って、学院から受け取った書状を殿下に差し出した。彼はそれにさっと目を通しすぐにレシアに返す。
「大事なものだ、レシア嬢自ら保管するがよろしかろう」
レシアは素直に頷いて遮蔽空間にそれをしまう。
「さて、いよいよレシア嬢は我が国の宮廷魔術師となる。その身分を持って社交界にデビューしてもらうぞ」
「かしこまりました」
「来週の王家主催の夜会がちょうどいいだろう」
あまりの早さにシェリスが声をあげた。
「失礼ですがドレスは間に合うのですか?それにエスコート役のレイナートさんはまだ戻っていないのでは?」
「ただいま戻りました!」
シェリスの発言と同時に部屋に入ってきたのはレイナートその人だった。
「早かったな」
ラウルの言葉に、
「夜通し駆けてきました」
と言い、レシアに、
「大事なかったか?」
と、蕩けるような視線を向けている。
「はい。レイナート様も無事のご帰還、お喜び申し上げます」
レシアはレシアでレイナートのそれを柔らかい微笑みで受け止め、ふたりの間に漂う空気はどうしようも無いほどに甘い。
ラウルは嘆息し、シェリスは顔を背け、ブリジットは黙ってお茶の給仕に取り掛かった。
レイナートがレシアの隣に腰を落ち着けたところで話し合いが再開となる。
「レシア嬢のデビューは来週の夜会だ」
「承知しました」
「でもドレスはあるのでしょうか?」
先ほどシェリスの言っていたことを不安に思ったレシアがレイナートにたずねると、彼はレシアの手を握り、
「心配いらない、もう用意はしてある」
と言った。いつの間に、とあきれるシェリスのつぶやきを無視してレイナートは王弟に言った。
「エスコートは俺にお任せいただけますか?」
彼は輝くような笑顔を向けており、ラウルは苦笑しながらも、好きにしろ、と応じた。言質を取った彼はレシアの手を取って立ち上がらせる。
「では早速、君の身なりを整えねばな」
失礼します!と入ってきたときと同じように元気のいい挨拶をし、部屋を出ていき、レシアはそれに引きずられるようにしながらも、どうにか会釈だけをして退室していった。
残された面々は顔を見合わせ苦笑いする。
「彼女の婚約者はレイナートさんに決定で良いのではないでしょうか?」
シェリスの進言にラウルは言う。
「既にレイナートから脅されている、褒賞としてレシアを娶りたい、と」
「さすがレイナートさん、抜かりがないです」
褒賞をよこせと言われたら王家が退けられないということを彼はよく分かっている。
結局、魔物から人々を守っているのはヒュートであり、ヒュートマスターはその要。彼らの望みを叶えることで王家とヒュートの信頼は、当人はもちろん、外から見てもより強固なものとなる。
とはいえ、レシアという極めて魅力的な人材の婚約を王家が勝手に決めては各所から不満の声が上がるだろう。フリーのレシアを社交界にお披露目し、彼女の心がすでにレイナートのものであると示すほうが早い。
ラウルはそこで意味深な視線をシェリスに向け、
「おまえたちにも褒美をやってもいいぞ?」
と言った。シェリスは少し間をおいてから、必要ありません、と断った。
「全く、おまえは困った女だな」
トラヴィスに同情するよ、と苦笑し、ブリジットもこっそりうなずいた。
あまり知られていないがシェリスとトラヴィスは恋人同士であった。ふたりの身分は平民で、レイナートやウォルトと違い、煩わしい根回しなどなく、今すぐにもでも婚姻ができる。
あの寡黙なトラヴィスがその許可を得るため、王弟に饒舌に語り、もちろん王家に反対する要素もないので快諾したのだが、当のシェリスがそれを承知しない。
シェリスにトラヴィスの恋人であるという自覚はあるようだが、今はそのときではない、というのがシェリスの言い分で、惚れた弱みなのか、トラヴィスも強行することなく彼女の好きにさせている。
レイナートがレシアを望んだのと同じように、王家の口利きで二人を一緒にしてやる、というラウルの申し出にもシェリスは応じなかった。
いったいいつになったらシェリスのいう『そのとき』が来るのだと問いただしたい気分にもなるが、トラヴィスがよしとしている以上、王家が口を出す範疇ではない。
当のシェリスは涼しい顔をしてブリジットの入れたお茶を飲み、
「やっぱりブリジットさんの淹れるお茶は最高ですね」
と微笑んでいる。その様子に、トラヴィスも厄介な女に捕まったものだ、とラウルは内心で嘆息した。
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