23.ヤルナガスの遺言
細かいスケジュールをレムズとシェリスで話し合っている間、オグリアスとレシアはお茶の時間を楽しむことにした。
相談というのは建前で本当はこちらが目的だった。親子水入らずで話をしたいというオグリアスの願いをレムズが叶えたというわけだ。
「それはヤルナガスの服だね」
オグリアスの言葉にレシアは微笑んだ。
「はい、母の服を模して作りました」
とてもよく似合っている、とオグリアスは初めてレシアに会った時のように目を細めた。そして、
「さぁ、ヤルナガスの話をしようじゃないか。わたしが彼女と過ごした時間は短かったが、知っていることはなんでも答えよう」
と続けた。それからオグリアスはヤルナガスとの出会いを語って聞かせた。
「君の住む国の王宮で会ったのが最初だ。わたしはオグリアスを襲名したばかりで、各国へ挨拶に回っていた。ヤルナガスはアンマリー様からの学びの為に滞在していると言っていた。
わたしたちはすぐに意気投合してね。お互いにあの国を旅立った後も度々、会っていたんだ」
「でもあなたはオグリアスで」
オグリアスは決して子を成してはならない、それだとわかっていてヤルナガスと関係を持ったことになる。
「愛しい人を前にしてその激情を抑えることは賢者であろうとも難しいことだ」
と言い、
「君にその指輪を贈った男と同じだよ」
と苦笑した。レシアはレイナートの情熱を思い出し、さっと顔を赤らめた。オグリアスは言う。
「ルキルス伯爵のご子息だそうだね、とても優秀なヒュートマスターなのだとか」
父であるオグリアスにまでレイナートと恋仲であるという噂が届いていることにレシアは動揺した。別段隠してもしていないのだから当然かもしれないが、父親から恋人の話をされるのは恥ずかしいものがある。
赤くなって黙ってしまったレシアにオグリアスは言った。
「とても強い魔法がかかっている、きっと家宝だったんじゃないかな?それほど重要な品物を君に贈ったということは、君を伴侶として迎えるという心づもりが彼にはあるのだろう」
オグリアスに指摘されたレシアはレイナートの愛の深さを認識した。彼はレシアを妻にと望んだ結果、これを贈ってくれたのだ。恋人がくれたお守り程度に思っていた自分はなんて愚かなのだろう。
『これを君に』
そう言ってレシアの指にそれをはめてくれた彼を思い出す。彼特有の穏やかな眼差しを思い出し、レシアは切なくなった。
「レシア」
オグリアスは愛おし気に娘を眺め、言った。
「わたしはヤルナガスの愛に支えられて今も生きている、愛は偉大だ。レシアも」
そこでレシアの指輪に視線を移し、
「その愛を大切にしなさい。決して、手放してはいけないよ」
と言い聞かせるように言った。
「わたしも聞きたいことがあるんだが」
オグリアスの言葉にレシアはうなずき、快諾した。
「もちろんです、母のなにをお知りになりたいですか?」
すると彼は少し言いにくそうにしながらも、
「ヤルナガスの最後を聞かせてくれないか?」
と言った。レシアは一瞬驚き、でも笑顔で、いいですよ、と言った。
「夜中でした、わたしは寝ているところを起こされて、クローゼットに押し込められました。
母は既にヤルナガスの服に着替えていて、ここを出るな、と言い残して宿の部屋を出ていきました。
何が起こったのかわかりませんでしたが、時々こういうことはあったので、わたしはまた眠ってしまったんです。
宿屋の旦那さんがわたしを出してくれたのはもう明け方でした。彼は真っ白な顔をしていて、母が大変な目にあった、とだけ言いました。
母は、誰の目にも明らかなほどの致命傷を負っていて、それはたぶん、今のわたしでも癒すことはできなかったと思います。
それでもわたしは何とかしたくて魔法を使いました、母も黙ってそれを受け入れてくれました、いつもなら、無駄な魔力を使ってはならないと叱るのに。
母は最期に、普通の暮らしを、と言い残しました」
そこでレシアはうつむいた。
「こんな風に、魔法使いとしてあなたと対面してしまったわたしを、母は許してくれるでしょうか」
レシアの小さな懺悔にオグリアスは静かに首をふった。
「それは違うよ」
レシアが顔をあげると彼は静かな微笑みをたたえていった。
「彼女はいつも言っていた、人々に普通の暮らしを、と。僕は賢者の学院からそれを実現しようとしていたし、ヤルナガスはそんな僕を地方から支えてくれていた」
オグリアスの言葉に今度はレシアが首をふった。
「わたし。わたし、てっきり魔法を使ってはならないのだとばかり」
「そんなはずはない、もしそうなら彼女は君に本を残さなかったし、魔法も教えなかっただろう」
そこでオグリアスは席を立ち、レシアの肩に手を置いた。
「君が優れた魔法使いとしてヒュートと共に魔物討伐をすること、ヤルナガスはきっと喜んでいる」
さらに、わたしも誇らしいよ、と付け加えた。
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