21.悠久の賢者オグリアス
「誰だ」
焚き火の明るさに引き寄せられるように近づいたレシアに男性の鋭い声が飛んだ。レシアには彼が身につけているマントに見覚えがあった。それに刺繍された紋様から彼らが騎士団であるとわかり、正直に名乗ることにした。
「魔法使いのレシアと申します、賢者の学院に向かう旅の途中で暴漢に襲われ、仲間とはぐれてしまいました」
「レシアだって?」
騎士の後ろから魔法使いのローブを着たひとりの男性が現れた。レシアにはわからなかったが、学院ではローブの色とその長さで地位がわかるようになっている。
最高位を示す紫と誰よりも長いそのローブを纏うこの男性に騎士は、
「オグリアス様、危険です、お下がりください」
と呼びかけた。
騎士の言葉にオグリアスは破顔し、危険なものか、と言い、その制止を振り切ってレシアに近寄った。
「あぁ、出会った頃のヤルナガスにそっくりだ」
彼は眩しいものでも見るかのように目を細め、それからレシアの肩に手を置き、居並ぶ一同に紹介した。
「彼女はレシア、わたしとヤルナガスの娘だよ」
「えぇ?!」
その言葉にレシアを含めた誰もが驚きの声を上げる。そのうちのひとりが慌てて前に進みでた。
「オグリアス様、それはまだ言わない約束です」
「そうだっけ?」
「そうです!」
彼はオグリアスをしかりつけ、騎士たちには他言無用であることを念押し、野営の準備を進めるように言った。
周囲の人間が解散したところで、彼はレシアに向き直る。
「改めまして、わたくしはオグリアス様の側近のレムズと申します」
「ヤルナガスが娘、レシアでございます」
レシアは自己紹介にオグリアスも含めようか迷って、結局、今まで通り、母の名だけを告げた。するとそれを聞いたオグリアスがしょんぼりしたように言う。
「君はわたしの娘でもあるのに、それは名乗ってくれないのか」
「すみません、その。長い間、父親のことは知らされていなかったのであまり馴染みがなく」
レシアの言い訳にオグリアスは、それもそうだな、と寂しそうな笑顔をみせた。
「ところで、暴漢に襲われたと言っていたね」
そう聞かれてレシアはヒュートと共に学院に向けて旅をしていたこと、途中で襲撃された為、自ら囮となり、ひとりでその場を離れたことを話した。
「ヒュートのみなさんとは次の街で落ち合うことになっています」
そう締めくくったレシアにレムズは難しい顔をする。
「街へお送りすることはやぶさかではないのですが、かなり方角がずれていますね」
全力の浮遊魔法は馬のそれより早いスピードが出る。その状態で飛んできたのだからかなり離れていてもおかしくはない。
「このままレシアを学院に入れてしまおう」
「ですが」
「敵さんはなりふり構わず襲ってきたんだ、もはやレシアを旅の道中に置くことは危険でしかない」
オグリアスの強い口調にレムズはしばらく沈黙し、それから言った。
「わかりました、ではオグリアス様はレシア様と直ちにご帰還ください」
「ありがとう」
オグリアスはレムズに向かって礼を言い、次の瞬間には彼の手に長い杖が握られていた。
魔法使いが杖を持ち出すということは魔法を行使すると決まっている。しかし学院まではまだひと月以上進まなければたどり着けないはずだ、彼はその距離を飛んでいこうとしているのか。
「オグリアス様、浮遊で行くのは無理があるかと」
レシアは進言した。賢者の学院の長であるオグリアスならば有り余る魔力を持っているのだろう、だとしてもこれほど長い距離を飛んでいくなど、魔力云々ではなく単純に寒さで凍えてしまう。
「浮遊ではないよ」
オグリアスはレシアに向かってにっこりと微笑むと、同時、視界がぼやけ始めた。と、突然、体がすごい力で引っ張られる。
レシアが悲鳴を上げる間もなく、それは収まり、見たことのない部屋の中にいた。
「今のは?」
ふらふらになりながらもなんとか言葉を発したレシアに彼はまたも輝くような笑顔で言った。
「転移魔法だよ」
そうしてレシアを横抱きにし、
「初めての割には上出来だね、さすがわが娘だ」
と嬉しそうな顔をしてその部屋を出て行った。
先ほどの部屋は世界中に用意された転移魔法の扉の一つで、ここは賢者の学院内だという。この扉の使用はオグリアスの他、数名の魔法使いにのみ使用を許可されており、どこからでも望む扉へと転移することができる。
限られた人物にしか許可されていない魔法だけあって、体への負担が大きく、レシアはオグリアスに抱えてもらわなければ歩けないほど消耗していた。
「ただいま」
オグリアスは執務室へと向かい、自分の代理として働いていた側近に声をかける。突然現れた彼に慣れているのか、少しばかり驚いた顔はしたものの、おかえりなさいませ、と挨拶をした。
「彼女はレシア、証書授与のためにこちらへ向かっている途中でわたしと会ったから転移で連れ帰った。休ませてやりたいんだが部屋はあるかな」
側近は彼の従者と思わしき男性に声をかけ、その人は部屋を出て行き、すぐにメイドが入ってきた。
「お部屋にご案内いたします」
そのころにはレシアは下におろしてもらい、オグリアスにつかまってなんとか立っている状態であった。
その役をメイドが代わり、レシアは彼女に支えてもらいながら部屋に入った。
「本当なら湯あみをお勧めするべきなのでしょうが、とにかくお休みください」
メイドはそのままレシアをベッドへと案内してくれ、その様子から彼女は介抱に慣れているようにみえた。
「転移魔法で学院を訪れる方は多いのですか?」
レシアの問いにメイドは苦笑した。
「いいえ。ですがないことではありません。わたくしの祖母もこちらに勤めさせて頂いておりましたので話には聞いていて、貴女様の様子からお察ししました」
そうして、レシアを寝かしつけてくれる。
「なんだか筋肉痛みたいに体中が痛みます」
「そのようですね。祖母がお世話をさせていただいたお客様は、翌朝には元気になられたそうです」
どうぞおやすみください、と言い、メイドは部屋を出て行った。レシアには考えたいことが山ほどあったが、ひとまず彼女の助言に従って眠ることにした。
それからシェリスに再会するまで、レシアは賓客として学院に滞在していた。
オグリアスにはほとんど会えなかった、長く学院をあけていた彼は執務に追われていてレシアとゆっくり会話することもままならない。しかしその時間があったとしても、オグリアスという役職の人物は誰かひとりに構うことはできない。
賢者の学院の長は誰よりも公平でなければならないのだ。
それでも彼はレシアが学院の講義に参加する許可を出してくれた為、寂しく思う暇もなかった。母の残した書物のみで学んできたレシアにとっては真新しい分野もあり、興味をひかれる内容ばかりだったのだ。
レシアの存在はすでに学院全体に広まっているようで彼女が教室に現れると少なからず緊張が走った。
歓迎する者とそうでない者、静観する者も若干名はいただろうが、概ねは好意か敵意のどちらかだった。
それがなぜなのかわからなかったが、それよりもレシアは新たな学びに夢中になっていた。
そんなとき、シェリスが学院に到着したと聞き、彼女を出迎えたのだ。
話を終えたレシアにシェリスは言った。
「経緯はわかりました、それでこれからどうしますか?」
「証書の授与とは別に、講義の為にしばらく学院に滞在したいのですが、かまわないでしょうか」
もともとひと月以上かけて移動し、その後の数週間は学院で過ごす予定だったのだ。日程が早まった今、居残ることになんら問題はなく、シェリスは了承を伝えた。
「わかりました、ですが、今しばらくはレシアさんの護衛をさせてくださいね」
シェリスは魔法使いたちの様子が妙だと感じていた、先ほどの女性はレシアを崇拝するかのような態度だった。しかしレシアの話では敵意を向けてくる魔法使いもいる。
彼らの一貫しない態度の裏にはなにがあるのか、それがレシアに危険を及ぼすものであるかどうか、護衛を任されたシェリスとしては見極めなければならない。
シェリスの申し出にレシアもうなずいた。
「先ほどの、あなたをお世話をしてくださっているという女性はどのような方なのですか?」
「学院に残っていたオグリアス様の側近のひとりがご紹介くださった方です。メイドさんにそれとなく聞いてみたのですが、彼女自身が優れた魔法使いだということしかわかりませんでした」
先の魔物討伐で一緒になった魔法使いたち。彼らはレシアの魔法を見る前は好意的だったが、その後では明らかに態度を変え、遠巻きにされてしまった。
レシアの力を目の当たりにし、自分たちのそれが大したものではないということに、わだかまりを覚えたのだろう。だから学院でも歓迎されないだろうとレシアは覚悟していたのだが、その予想を裏切って、彼女はレシアに異常なほど好意的だった。そして予想通り冷淡な者たちもいる。
「まぁいずれわかるでしょう」
とシェリスはそう言って話を切り上げた。
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