20.レシアの行方
先発に遅れること数日後、シェリスの姿は街のヒュート支部にあった。結局レシアは現れず、ひとまずあの場所を撤収することにしたのだ。
レシアは稀有な魔法使いだ、レイナートは彼女を怖がらせないように、愛妾として望まれているとだけ伝えたようだが、実際にはそんなものではない。
誰しも彼女の魔法を欲しているのだ。レシアを思うように操ることができれば、それは立派な軍事力といえる。
暴漢たちは依頼主の名は明かさなかったものの、対象が息さえしていれば良いという条件だったと言っていた。
それは癒しの力か、それに代わるなにかを持っていることを意味している。
それに、天気を操る魔法があることをシェリスはアンマリーから聞いていた。それは禁術とされているし、強大な魔法であるため、簡単に発動できる代物ではない。
こうなると一国家の関与が疑われ、ますますレシアの身が危なくなる。いくらレシアが優れた魔法使いだとしても、一個人が一国家を相手にするなど無理がある。
この街の騎士団長は懐の深い人物で、暴漢の取り調べにシェリスの立ち会いを許可してくれた。気になっていた天候のことを確認してみたが、この時期に天候が荒れる日が数日あるということは、地元の農夫なら誰でも知っていると言った。彼らはそれを狙って犯行に及んだのだった。
さすがに他国が乗り出してきたのではなかったと安堵したが、だとしてもレシアはレイナートと恋仲だ。自らの恋人が他者に奪われるなどあの男が許すはずもなく、ともすれば一気に戦争だ。
烈火のごとく怒り狂うであろうレイナートを想像し、シェリスは思わず身震いした。シェリスはレシアの護衛をしており、今回の失態はシェリスの責任、レイナートの怒りは自分にも向くであろう。
レイナートがシェリスの実力を認めているように、シェリスもまた、彼の実力を理解していた。彼はただ剣技が優れているだけではない、他者を掌握する気概と気迫が抜きんでているのだ。
それは俗にいうカリスマ性のようなもので、だからこそ王都の庶民も貴族も、陛下すら彼を慕っているのだ。
レイナートもそれに気づいているだろうが、その求心力を悪用しないところが彼の人の好いところである。自分はあくまで一家臣に過ぎず、人々のために尽力することが自らの使命と定めている。
そんな彼が唯一望んだ女性を奪おうなど恐ろしいことを考えるものだ、とシェリスはいまだ判明のしていない首謀者の愚かさにため息をついた。
コンコンというノックの音でシェリスの思考は現実に引き戻される。
「はい」
シェリスが返事をするとメンバーズの一人が興奮した顔で入ってきた。
「レシア様が見つかりました、賢者の学院におられるそうです!」
「そんなはずは。まだひと月以上は進まないとたどり着けない距離ですよ?」
「詳細はわかりませんが、とにかくご無事であることは確かです」
メンバーズは手に持っていた紙切れをシェリスに渡した。
それはヒュートの連絡用に使っている伝書鳩がもたらした報であり、レシアが賢者の学院に滞在していることが記してあった。
彼女が学院にたどり着いたのならシェリスの任務は終わりだ。だとしても、それをこの目で確かめたい。
「馬の用意を。単騎で学院へ向かいます」
シェリスの言葉にメンバーズは部屋に来た時と同様に急いでかけていった。
それから三日後、シェリスは賢者の学院に到着した。何度も馬を変え、間に少しの休憩を取りつつ、ずっと駆けてきたのだ。
「シェリス様!」
シェリスを出迎えたのは確かにレシアであった。
「ご無事でよかったです」
シェリスの手をとり、笑顔を見せるレシアにシェリスは言った。
「それはこちらのセリフです、あなたこそよく無事で」
「レシア様、積もる話もございましょうが、まずはお部屋にご案内いたしましょう」
ふたりに声をかけたのは魔法使いのローブを身に着けた女性だった。
会話に割って入ってきたその人を訝し気に眺めるシェリスに女性は、
「レシア様にご不便のないよう取り計らわせていただいております」
と言い、頭を下げた。
「ヒュートマスターのシェリスです、この度はレシアさんがお世話になったようでありがとうございます」
「レシア様は偉大な魔法使いであらせられます、我々の同胞として快くお迎えしたまで」
そのあまりに慇懃無礼な物言いにシェリスは問いただしたい気になったが、今は状況確認を優先させるべきと判断し、レシアに言った。
「落ち着いて話ができる場所はありませんか?」
「でしたら、わたしのお借りしている部屋へ行きましょう」
レシアはシェリスを先導するべく前を歩いた、その足取りはしっかりしていて彼女が既に学院に馴染んでいることがうかがえた。それに通されたレシアの部屋は南向きで広く、学院が彼女を大切な客として扱っていることがうかがえた。
シェリスは安堵すると共に疑問に思った。彼女はヒュートの魔法使いから敬遠されてしまったとレイナートから聞いていたからだ。
それ自体は予想の範疇であったため、別段驚くことではなかった。むしろこの歓迎ぶりのほうがよっぽど不気味だ。シェリス不在の間、レシアになにがあったのだろうか。
「レシアさん、お話を聞かせてください」
レシアがお茶を用意し、席に着いたところでシェリスが口火を切った。
「もちろんです」
レシアはうなずいて、ヒュートと別れてからの出来事を説明した。
「追っ手を振り切るため、森に入りました。なんとか逃れることはできたのですが、街の方角を見失ってしまって。地図を思い出し、ひとまず東へと向かいました。
川に当たったので、それを下っていけば街に出られるだろうと思いました。でも日が暮れてしまい、夜の移動は危険なのでどうしようかと迷っていたら、川沿いで野営をしている方々に遭遇できたのです。その中に、オグリアス様がいらっしゃいました」
オグリアスは諸国を巡る旅をしている最中であったが、レシアの来訪に合わせて一旦帰国するところだったというのだ。
レシアが、襲撃に会い、仲間とはぐれてしまったことを話すと、彼はレシアひとりを連れ、転移魔法で先に帰還したというのだ。
「転移魔法、ですか」
それはオグリアスやそれに連なる高位の魔法使い、かつ、豊富な魔力を持つ人物にだけ許可された代物である。
レシアはオグリアスに出会ったときのことを思い出していた。
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