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番外編~ある夫人の回想・後編

これで終わりです。

 自国ではなく、戦争が終わった後の10年先を見越した行動。


 第二王女の行動は、自国を見限り捨て去ったと言う見方をした者と。

 戦争が終結(停戦とも言われているが「この国」を通して外交は行っているので戦争さえ忘れなければ再開される可能性は高くはないだろう。無いとは言えないが)して、「ある国」も「別の国」も人員も領土も疲弊していた。

 「この国」に流れて来ていた難民の数は日を追う事に増えて行き、結局の所は戦争に使える兵士がどちらの国にもいなくなってしまったのだ。ある程度は思考能力を持つ者は貴族であろうと平民であろうと端から亡命してきた、中には双方の国の最高機密(トップシークレット)やら財宝やら人脈やらを持ちだしてきて、自らの売込みと身の安全の保証を求める者が後を絶たなかった。

 もっとも、「この国」で生き残り人脈を作り基盤を持った者達は「ある国」の第二王女の行いに複雑な思いをするも生き残った事を喜び、「この国」に対して現在は友好的な立場を崩さない。

 「別の国」でも同様で、「この国」で敵対をしていた「ある国」の民と対立する事が全く無いと言うわけでは無かったが、辛抱強く「第二王女のお蔭で君達も今生き残っている事を忘れてはいけない、それが出来ないのならば戦場へ戻れ」と事実上の死亡勧告を行う事である程度の平和を維持した。


 だが、戦争の爪痕は戦場以外にも残った。


 彼女は、いつの頃からか知っていた。

 女であると言うだけで、道具としての使い道にもならないと言われる立場。どれだけ努力しても、どれだけ結果を出しても、どれだけ目の前で披露した所で「家も継ぐ事が出来ない」と諦められると同時に次に生まれたのも女だった事で母親が壊れて行く姿を。

 世の中の女性全てが、母と同じではないだろうとは思っていた。ただ、父親は壊れる瞬間の妻の姿を見ていた事や普段は伯爵夫人として卒なく過ごしていた事から受け入れたくなかったのだろう。

 彼女も気づくのは、それでも会っている回数が極端に少なかったのだから当然として割と遅かったのは確かだ。

 体が弱いとされている妹と、年に一度に僅かに会うだけ。母親は、その妹と会う前と後では様相が……形相(ぎょうそう)と言うべきだろう。違っていたのだ。

 流石に、本に描かれている事については努力で補う事が出来たが彼女は身近な者に聞くしかなった。


「お母様は、他の方とは違うのね」


 疑問符さえ着かなかった聡明(そうめい)な彼女に、育ての乳母とその娘が向けた憐れみの目は伯爵家の令嬢として受け入れるわけにはいかなかった。彼女の読んだマナー本にも、彼女に教えた家庭教師にも、貴族である事を求められている自分自身を曲げるわけにはいかなかった。

 幸いにも、彼女に与えられた家庭教師は両親に見向きもされない長女に対しても全く(おく)する事なくきちんとした教育をしてくれた事は何年たとうと彼女に無言の感謝をされていた。もしかしたら、戦争と言う時代から悪事を行えば生活が困窮(こんきゅう)する事に対する恐怖心だったのかも知れない。

 だが、母親よりマシだ。

 彼女の想像が正しければ、平和な多産系家族で愛されて育った。嫁いできた伯爵家と同等の家で幸せに過ごしてきた母親にとって、戦争と言う時代も通常では対処しきれない状況も、そこに付随(ふずい)する「女しか産めない伯爵夫人」と言う立場も自我が崩壊する程の重荷(プレッシャー)でしかなかったのだろう。

 同じような規模の、特に恋をしたわけでも無く互いに近くに居たからこその結婚だとしても。政治的な繋がりさえも無かったから愛を作り上げることは出来た……出来ると思っていた。

 木っ端微塵に砕け散ったけれど、それは誰が悪かったと言うのか。


 確かに、彼女は聡明だった。

 でも、それは戦争と言う時代が作り出したのかも知れない。伯爵夫人の様に重圧に押しつぶされる者は、実を言えば(表向きは)数こそ多くは無かったが、決してゼロでも無かったと言うのが最大の理由だ。主に亡命してきた難民に数は(かたよ)っていたけれど、その中で止むに止まれぬ事情で罪に手を伸ばした者もあったからだ。その波及を受けて伯爵領の住人にも恐怖心が広がって行くのは致し方が無い事だろう……まるで、水たまりに投げ入れた石が波紋を起こす様に。

 しかも、難民達は基本的に自領で対処をしなければならない。どこからともなく入り込む彼等を全て排除する事は難しく、自棄(やけ)になって暴れられたりしても困る……と言う事で、難民だと判明すれば一か所に集められ、その中でも住人と付き合える者達は交流を深めて旅立つと言う方法を取った。

 彼女が。

 伯爵家の令嬢が。

 本来は実権も持たない、単なる少女が。

 これには伯爵夫人が恐怖心により屋敷から出なくなった事が大多数の理由だが、それに伴い伯爵も家に引きこもる様になったからである。つまり、伯爵領の運営が全く動かなくなったのだ。

 彼女は、壊れた母親に常についていなければならなくなった父親の事も理解していた。そこに、壊れる原因となったのが自分達姉妹と、他にも理由があるのかも知れないとは思ったが心当たりが多すぎて。そして、睡眠時間を削ってまで伯爵である父の代理として働いた。

 中には、お嬢様の御遊びと言われる事もあったし襲われる事もあった。けれど、()り傷や切り傷を作っても領地経営を止めなかった。魔法は師事を受けなかったので独学だったから不得手(それでも、ある程度の回復や防御魔法は素人に毛が生えたレベル)ではあるが、鎗と剣については少しばかり自信があるのも、彼女が領地経営をしていられた理由だ。

 そこには、自分が倒れれば伯爵領はおしまいだと言う。誰に言われずとも感じていた思い込みがあったのかも知れないが、惜しむらくは想像がまさしくその通りだった事だろう。


 事は、それだけでは収まらなかった。

 彼女の実家は、ある程度は普通の伯爵家で伯爵家の姉妹の姉として生まれた彼女は。いずれ伯爵家を継ぐものを迎え入れるのだと誰もが思っていた。妹は体が弱い為に、どんなに頑張っても子供を産む事が出来ないから……そう、戦争が始まるまでは思われていた。

 戦争が始まって数年の後、戦争とは全く関係ない所で某侯爵家の婚約者が馬車の事故で亡くなったと言う。見目麗しい父子と言う事で有名な某侯爵家の子息は、それから肉食獣と化した女性達やその親からの憑りつけ……もとい、取り付け(アプローチ)希望にうんざりした所。当時の侯爵と彼女の父親である伯爵が昔からの馴染み同士と言う所から酒の勢いで彼女は侯爵家の婚約者となった。


 正直、彼女はどうでも良かった。

 父である伯爵は、元より女である自分がこれまで行って来た成果をろくに見る事も無かった。だから、今もって責任者である伯爵が引き籠りになって領地経営が回っている理由など考えもしなかったのだろう。

 完全に、彼女は馬鹿にされていた。見向きもされず、存在も認知されていなかった……妹が生まれて(しばら)くは、何故かじっと監視されていた様だが、本当に暫くの間だった。理由は知る必要はないだろう。

 酒の酔った勢いでも、彼女がいなくても問題はないと思ったのかも知れなくても、子供どころか社交も出来ない妹に任せるとでも思ったのだろう。もしくは、妹が生きている間に入り婿と愛人を(あて)がって伯爵家を存続させたいのかも知れない。

 だとしても、それを決めるのは女である彼女ではなく「責任者である伯爵」であれば良い。後で何がどうなろうが、知った事ではないとまで思っていた。二日目まで。


 伯爵家と言うのは、ある意味で最も苦労を()いられる爵位だと彼女は言う。

 下級でもない、上級でもない、そして普通ならば有り得ないがまかり間違えば実際にはともかく法的には王族に嫁ぐ事も出来る。男爵家は相手の家的に苦労する事になるだろうが子爵家までなら嫁ぐ事は普通に不可能ではない。そして、上級から下級に嫁ぐ事もそれなりに多方面に渡り難しいが、上級貴族に至っては彼女に言わせると30倍で済めば良い程の苦労を強いられる。

 何しろ、伯爵家の女が上流貴族に嫁いだと言う記録はほとんど残されていない。伯爵家と言う存在そのものが社交界において血の拡散を防ぐ防波堤的な役割を担ってきたからと言うのもある。一部の辺境伯などは逆に国内の上位貴族にもそうだが、他国に渡りを着けると言う意味で推奨されていると言う点からも広く知られていないだけで果たす役割は大きい。

 実際、例の第二王女の家系は幾つもの国で架け橋となっている辺境伯とも繋がりがあるのだ。なかなかに細い繋がりではあるし本人の他人から見た評価も複雑ではあるが人によって評価と言うものは変わるものだ。神であろうと声高く悪評を言うものがあると言うのに、人でしかないものが万人から善意を向けられるものではない。

 そう言う意味ではなるほど、似たような階級の家に嫁ぐのは人脈的にも楽だろう。


 まず、貴族年鑑を上級貴族分は全て記憶しなければならない。これは有名無名に関わらず覚えていなければ流行に乗り遅れて他家から馬鹿にされていまうと言うものだ、しかも家同士はある程度はどこかで(つな)がっているとされている事が多いので下手に悪い意味で関わりの家の話題を持ち出すと派閥に勝手に入れられる事もあるし。何よりも、他家の事情に少しは精通していなければ馬鹿にしているとされるし、あまり深く関わりすぎると敵対していると見なされる事も少なくはない。

 次に、家も領地も伯爵家と侯爵家とでは規模が全く違う。隣り合っている地域だとしても、その広さは全く異なるし場所によっては気候さえ変わる事もある。実際、彼女の家の伯爵領は名産と呼ばれる程に特別な特産物はないが、畜産に関しては比較的安定した供給を得る事が出来る。侯爵領では畜産は余裕があればと言う感じで農業に力を入れていると言うが鉱山があると言う話もあり、それは秘匿(ひとく)事項かも知れない。淡水魚が取れる事も湖が領内にあるので知られてはいるが、何しろ夏暑くて冬雪深い地域があると言うのだから気候の変化について行けないと言う可能性もあるだろう。

 更に、住んでいる屋敷も伯爵領は王都にある家もそうだが自領の屋敷とて家族に使用人が住む離れに余裕がある程度で大人数が泊りに来たら相部屋を願わなくてはならないだろう。しかも、母屋に客人を全て寝泊まりをさせて伯爵一家は使用人部屋に泊まり込みを余儀なくされる。しかし、侯爵家の場合は流石に大きさはそこまでではないとしても城と言いきって良いだけの塔も備えた、備蓄用倉庫等も備えた城壁もある。

 とは言っても、侯爵領はかつて辺境伯爵として武器をふるい他国と戦った歴史ある土地柄であるから致し方が無い部分もある。そう言う意味からすれば、伯爵領は侯爵領を盾にして自領を守り、侯爵領は伯爵領から備蓄の援助を受けていたと言う関係性もあるのだ。

 もっとも、そのおかげで二人は若い頃に城で勤めていた頃から悪友として一部で名を残した事もあったが。こんな風に階級に違いがあっても互いに長い繋がりが公私共に持てる者は、決して多くはない。

 だから、彼らは己の目に見える尺度で物事を考えて実行してしまったのだろう。自分と悪友だけならば、それでも良かったのかも知れないが、時代の流れと共にそれで済む話になって行かなく事になっていても気づく事さえなかったと言うのが。

 もしかしたら、父親達として夫達として共通の罪だったのだろう。


 侯爵家の婚約者として、決して恥ずべき行為をしない。

 それが、彼女の矜持(プライド)だった。

 これから上級貴族となる以上、その他の道を選択する事は決して許されない……そもそも、他の道など存在しない。

 例え、婚約の頃から夫が妹と通じ合い。それを後押ししたのが実の両親だったとしても、

 乳母は泣き、乳母の娘である侍女は握りしめた掌から血を流した。義父となった先の侯爵は義娘となった彼女に土下座までした……どこか、遠い土地では挨拶代りにする場合もあれば最上級の詫びだとか、何やら色々言われた気がするがいちいち膝を着いて地面に寝そべる様にされても何とも思わない……あえて言うのならば、服が汚れる程度の事しか感じないので止めて貰った。

 男尊女卑がまかり通る国民性の国で、義父となった己よりも上位の存在が服の汚れも気にせずに膝をついて謝罪をする……そんな光景にあって、動く心が無かった。それに気づいているのかいないのか、義父の嘆きは静かに。けれど激しさを増したけれど、それさえも彼女の心は動くことはなかった。

 だから、その後で義父と夫の間で何があったのか彼女が聞く事は事はなかったし、義父と夫も彼女に教える事はなかった。


 彼女が侯爵家に嫁いだ後に、妹の伯爵令嬢は亡くなった。

 表向きは病死、実際に社交界にも出られぬほど体が弱いと言う評判であった為に疑われることは無いと言って良いだろう。妊娠や出産は病気ではないが、医術に関係するものが手配されたので(あなが)ち間違いとも言い切れない。

 出産に耐えきれず、出産と言うものがどういう事なのか判らず、何も知らないままで産み落とした子供と引き換えに彼女の妹は亡くなった。

 本来ならば、伯爵家の跡継ぎを得る為の娘……しかし、存在が許されない娘でもある。妹の子は、姉の夫の子でもあり法的には伯爵家とは何の関係もないどこの誰のものとも登録されなかった婚外子とされた。

 夫は、一連の事で何を思ったのか幼児退行でもしたのではないかと思われる程に気難しい(ワガママな)存在に成り果てた。


 婚姻をする際に、誓約書には魔力を持って行う。

 特に、政略結婚である以上はお互いが了承した上での行動なのだから基本として禁則事項を定義するのは当然だ。大体が「家の利益の為に動く」とか「妻は夫以外と床を共にしてはならない」とか言う、ある意味で普通の事だ……女の立場がとても低い事もあり、特に上級貴族から地位の低い貴族へ嫁入りする時にはよく使われる。とは言っても、噂では抜け道が無いことも無いらしいが眉唾物程度の噂にすぎないから彼女は知らないし。もし、仮に夫が知っていたら当の昔に実行したかも知れないが今の状態ではその報告もない。

 結婚式の日に、彼女は義父へ夫と両親の不貞(ふてい)及び幇助(ほうじょ)を口にした。義父は魔力が強く使いこなす事も呼吸をする様に出来る存在だからこそ、こんな事をした。

 通常ならば、女性側の言い分を聞き入れる事は女性側の爵位が高かったり異国からの輿入れが関与していたり、大人の都合が絡んでいない限りはあり得ない。しかし、義父が彼女へ罪悪感を抱いている事や、思いのほか義娘が「使える」人材である事を知っていて、それが高い評価をしている事を知っていたからこそ出来た事だ。加えて、執行権限を義父が持っていて他人任せにしなかったので最小人数が知るだけで済んだ。

 なので、義父からの結婚式のプレゼントは「妻からどんな願いでも許可する誓約書」と言われて彼女が下したのは「侯爵家自領から一日以上離れる事を禁ずる」と言う曖昧なものだった。王都の邸宅(タウンハウス)も領地の外であると言う認識による為に一日を過ぎたら罰則が発動すると言うもので、流石に社交などもある事から新たな侯爵の地位も同時に受け継いだ夫は難色を示すも「仕事しろやボケ」と言う実父の言葉には最後まで逆らう事は出来なかった……夫も、ある程度は魔力があるが、何しろこれまで才能にかまけて努力による研鑽(けんさん)(おこた)っていた事から操作が甘いのだ。

 どちらにしても、貴族として王へ提出され神殿に納められる婚姻の誓約書を(くつがえ)す事は出来ない。

 当時は城に半分勤めていた事から、その場合には家を出る時に妻から。帰る前に先の侯爵となった父から許可を得る事で丸一日分の延長を許可される事は出来る……本人以外の侯爵家直系の血と名を引く者や妻からの許しを得れば半日分の延長が認められると言う、なかなかに厳しいものだった。


 ああ……と、雪解けの景色の中で彼女は思う。

 吐く息は真白く、子供を産んで一か月……まだまだ体は完全に良くなったとは思えないのは。それは心が回復していないからなのだろうか?

 それとも、心が満たされた事などないと言う事なのだろうか?

 冷たい空気が、防寒服をまとっていない部分が、その隙間から入り込みしんしんと凍える寒さを伝えて来る。

 人生を振り返るには、まだ早いとでも言われているかの様だ。


 妹が己の成してきた所業の、己がさせられた意味を何一つ知らされず命と引き換えに生んだ娘。知らされずに全てを終えた妹は、ある意味で幸福だろう……知っていても野心があればともかく、そんなものとは隔離されてきたのだから下手に罪悪感も持つ事は無かったに違いない。正直、あの籠の鳥が悪意的な野心を持っていたとしても、罪悪感の中で全てを終えたのだとしても、彼女にとっては使用人よりも会う時間の無かった存在に向ける感情はないに等しい。冷たいと言われても、妹だと言われても、両親公認で夫を寝取ったと言われても、彼女の中では誰もが等しく同じ興味のない存在だ。

 それだけ、彼女は興味を持たれずに生きてきたのだから当然と言うものかも知れない……あえて興味があるとすれば、彼女の手腕的価値を見出だした義父と、自らの腹から産み出した娘だけだろう。


 妹の子の祖母である伯爵夫人はどう言った理由からか存在を認識せず、祖父である伯爵は存在を持て余し、先代侯爵が侯爵家の者として子供を取り上げたのは。伯爵家としては皮肉にも、苦肉の策であると言えた。

 最初に生まれた孫娘は可愛いが、表立って伯爵家の子とするには「実の姉の夫と不義密通を、両親の画策によって何の教育もされていない無垢で虚弱な娘を死なせるために子を設けさせた」と言う醜聞が待ち受けている事になる。人の口に戸は建てられず、どれだけ事実を隠蔽しようと育て続ける限り事実は露見する危険性を常に含む事となるからだ。それならば、生まれて直ぐに家から出さざるを得ない。

 故にと言うわけでも無く彼女にしてみれば、妹の子へ身内としての感情も沸かない。

 実の妹と夫が思い合い、実の両親の手引きで体を重ねた時も何も思わないでは無かったが。少なくとも、(ちまた)にある恋愛小説の様な嫉妬心では無く「面倒が増えた」程度の事だったのだから夫は妻の内心を知らずに済んで良かったのかもしれない……その数ヵ月後に命を賭けてまで子を成して生んだ妻が、一体どんな感情を抱いているかなど夫は問い掛ける事は無かったのだから。


 流れない涙を思い、まだマシだろうかと彼女は思う。

 自分には何しろ、無償の愛を手に入れた事がないのだ。だから、寂しさも悲しさも本当に理解する事はないだろう。

 育ててくれた、亡くなった乳母や子であり乳姉妹でもある侍女からは尊敬と愛情を受けたのは確かだが。彼女達はあくまでも上下関係がきっちり出来ている関係であって家族でもない、だから何かあれば最後には彼女ではなく家族を取るだろう。流石に、侯爵夫人付きの侍女が独身で年増では外聞が悪いので誰かを紹介しよう、残念ながら紹介した時点で侯爵夫人からの命令となってしまうのは悲しい事だけれど。

 家に残してこちらを見ているだろう侍女は、夫を憎んでさえいる……夫は生まれながらの上級貴族で侍女等に砕く心はないのだろう。従僕の中には夫の手駒がいたがすでに放り出したし、新しい従僕に関しては執事長に女主人の権限として必ず目を通させる様に命じてある。特に、執事長は先代侯爵である義父からの付き合いなので彼女への同情心は強く子育てに失敗した事で頭を下げて来たのだから、夫に傾向するあまり家まで傾かせる事はないだろう。

 少なくとも、夫は妹が亡くなった時点でほとんど使い物にならない。だから助かっているけれど。


 もしくは、夫に愛情を抱けば良かったのだろうか?

 幸か不幸か、夫がそうである様に彼女も夫への愛情は持っていない。似たような境遇である、侯爵家の中では政治的な事情から大きくはない家から王家に輿入れした王妃と、まともに私的な言葉を交わしたのは一度だけ。

 特に、彼女の家は十幾つもあった侯爵家が一気に三つに減り残ったうちの一つとして王妃を排出した家として別の意味で家ごと大騒ぎだが、その会話の中で自分達はとても近い距離になった……少なくとも、家族や夫よりは格段に。

 あえて近しい距離と言えば、義父くらいだろうか? 侍女は王妃と彼女が繋がっている事を知っているわけではないので、友達が出来た程度の認識だろう。

 名前を少し捻った、家の家紋付の蝋封……流石に、王妃の蝋封は使えないので実家のものを使い、ちょっとしたカードや刺繍したハンカチなどを送り合ったのは心が慰められた。結婚してからはお互い途絶えているから、そろそろ子供を乳母に任せられる様になったら時間を作って領地経営と共に何か送ろうか?

 誰かに思われる事がなかったなんて、そんなのは言い訳にもならないけれど。誰かを思う事もなかった彼女は、世間的には十分に「女の癖に」と揶揄(やゆ)される立場だ。何故なら、これからの時間で成長するだろう家を継ぐ権利も持たない娘に対して今はある興味が、無関心にならない確率は低く無い事も予測が着いていたのだから。

 流石に、実家よりは義父や娘に対する思いの方が己で自覚出来る程度には強いとは、自重の笑みを浮かべながら思うけれど。


 それは、一瞬の事だった。


 彼女の視界に写っていたのは、白い溶け掛けた雪と僅かに望む常緑樹。

 石造りのこじんまりとして、けれど実家に比べれば遥かに立派な造りの城の側にある池。領地内には他に湖もあるから、ちょっとした涼みならば池でも良いしこの中では料理人が養殖もやっていると言う……釣りの趣味と実益を兼ねているそうだ。

 けれど、視界は一転した。

 晴れ渡り、夏とは異なる蒼。雲一つさえない空は、水と言う不純物を間に挟んでキラキラと乱反射している様に見える。

 そして、自分が落ちたと思われる池の(ほとり)に見慣れぬひらひらとした……まるで、ドレスの様なものが見えるのは果たして気のせいなのだろうか?

突然の変更を致しまして、皆さまはさぞかし驚かれなかった事かと存じます(いや、番外編だし)

ちと長くなってしまったのはいつもの事なので、分割する場所については常に悩みます。だったら話ごとにファイル作れと言う所ではありますが、場合によってはその方が楽な場合もあったりなかったりします。いや、本当に。

この回想の中で出て来た「友好国」については別の話で詳しく書くつもりですが、連載途中の柿…じゃない、書き途中を一つ抱えている身の上では増やすわけにはいかないのでございます。27日からちょびっと忙しくなるしね。本当にちょびっと。

前後編で終わってよかったなって感じです。

それでは、気紛れでございますがこれにて終幕とさせていただきます。


追伸:人物紹介は別で作ります…てか、アレって意外と読んでる人いるよなー?

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