【第9話③】上手くやらなくていい
……何があったかは、語るまい。
ただ、ひとつだけ。
りんごさんは、給仕の時と、まったく同じだった。
◇
翌朝。
目を覚ますと、赤い髪が、俺の胸の上でゆっくり上下していた。
朝日が障子越しに差し込んで、部屋の中を淡い橙に染めている。遠くで、店の誰かが桶を洗う音がした。
……昨夜のことを、思い返す。
緊張で指先が震えていたのに、りんごさんは震えながら「大丈夫ですっ」と言い張った。誰も訊いていないのに、言い張った。そして、その直後に自分の袖を踏んだ。
「わっ、わわっ、ご、ごめんなさいっ!」
何度その台詞を聞いたか、数えていない。
髪が絡む。手順を間違える。緊張のあまり息を止めて、途中で続かなくなって、慌てて吸い直す。そのたびに真っ赤になって、けれど一度もへこまずに、「つ、次こそはっ」と拳を握る。
結局、あの子は、どこにいてもあの子だった。
途中から、俺は妙な気持ちになっていた。
この子は、「うまくやること」を、ひとつも自分のために望んでいない。ご指名第一号の客に、いい時間だったと思って帰ってほしい。ただ、それだけで動いている。茶をこぼしては拭き、果実の皮を剥き直し、「できましたっ」と胸を張っていた、あの顔と地続きだ。
だから、途中で一度、手を止めた。
「……上手くやらなくていい」
「え」
「失敗しても、減点はしない。俺は、そういう客じゃない」
りんごさんは、ぱち、と大きく瞬きをして。
それから、みるみるうちに目を潤ませた。
「……ずるいです、それ」
小さな声だった。
「そんなふうに言われたら、わたし……もっと、頑張っちゃいますよ」
そうして、結局、朝まで頑張られた。
言い方を、完全に間違えたと思う。
◇
胸の上で、赤い頭がもぞりと動いた。
「ふぁ……えへへ。ご指名のお仕事、はじめてでしたけど……すごく、お優しかったです……」
――ピロリロリーン♪
【システムメッセージ】
りんごが『ハーレム枠(仮)』に追加されました!
※果実名の発音には、引き続きご注意ください。
注意が、毎回毎回、なぜ事後なんだ。
……ん?
そこで、ふと気づいた。
出ない。あの、金縁だの飾り文字だのの『END』表示が、今回は出ていない。
メロンの時は『GAME OVER?』。みかんさんの時は、大団円みたいな顔の『みかんEND』。今回は、枠の追加だけ。
……表示が出たり出なかったりする条件が、まるで分からない。
分からないものが、また一つ。棚に、載せておく。




