【第6話②】串焼き屋の看板娘
夕方近く、腹が減って、なじみの串焼き屋の前で足が止まった。
軒先の煤けた木札には、『炭火・串焼き』とだけある。屋号らしい屋号はなく、街の連中は、みんな単に「串焼き屋」と呼んでいる。
こぢんまりとした庶民向けの屋台だ。同じ串を焼いていても、俺の財布を殺したあの高級店とは違う。
カウンターを仕切っているのは、赤茶色のポニーテールに猫の耳と尻尾を持つ娘だった。作務衣に前掛け。炭の煙と一緒に育ったような、屋台の看板娘――サンショだ。
財布の中身を思い出して素通りしようとしたら、背中に声が飛んできた。
「おーい、兄ちゃん! なんだい、その辛気くさい顔は。……いいよ、ツケで。あんた、踏み倒すタマじゃないだろ」
当たり前のように、焼きたての串が差し出された。
「……いいんですか」
「前のツケも、耳そろえて払っただろ。ほら、食え食え」
受け取った串は、まだ脂が跳ねていた。かじりつくと、炭の香りと安いタレの塩気が、空腹に染みる。
サンショは次の串を網に並べながら、ふと声を落とした。
「そういや兄ちゃん、例の倒れてた男の話だけどさ。うちの常連が見かけたんだと。倒れる前の晩、妙にぼーっとした顔で歩いてたって」
「……どのあたりで」
「さあ、そこまでは。……で、こっからは噂だけどさ」
サンショは、串を返す手を止めないまま、こともなげに言った。
「そいつ、『いこい亭』の帰りだったかもしれないって話だよ」
串を持つ手が、止まった。
いこい亭。
汚染値を安全に下げられる、神様公認のお助け施設。――アタシの職場、っつうことになってる。そう言って、メロンが薦めてきた、あの店だ。
男を救うはずの場所の帰り道で、男が倒れている。
……噂だ。まだ、ただの噂だ。常連の又聞きの、そのまた又聞き。
だが、糸が一本もなかったところに、初めて、細い一本が垂れてきた。
よりにもよって、俺がこれから通うことになる店の、軒先から。




