【第5話⑤】その笑顔が、一番怖い
階段を降りると、宿屋の受付に、見慣れた看板娘がいた。
淡い麦色の髪に、片側で結んだ緑のリボン。腰にはエプロンと鍵束。両腕に宿帳を抱えた姿は、いかにも宿屋の看板娘だった。
そばかすの浮いた頬で、にこにこと笑っている。
宿屋の受付嬢、ユズ。
「おはようございます、ああああ様、メロンさん」
「お、おはよう」
「昨夜から今朝にかけて、ずいぶんごゆっくりでしたね」
「えっ、あ、いや……そのなんだ」
声が、うわずった。否定すると、説明が必要になる。肯定すると、もっと終わる。
横でメロンが、ひひっ、と喉の奥で笑った。笑うな。お前が原因の、半分以上だ。
「ファミリールームの使い心地は、いかがでしたか?」
「俺は一人部屋で、よかったんだが」
「ですが、メロンさんが朝昼晩、通われる予定とのことでしたので」
「ひひっ。宿屋には、ちゃんと言っとかねぇとな」
「それに、通常の一人部屋ですと、少々……音の問題もありますので」
「何の音だ。何の」
「わたくしどもは、お客様に快適にお過ごしいただきたいだけです」
「その笑顔が、一番怖い」
朝の宿屋に、ユズの穏やかな笑い声が響いた。穏やかなのに、なぜか逃げ場がない。
この人は、酔って帰る冒険者も、延泊をごねる冒険者も、部屋に魔物素材を持ち込む冒険者も、たぶんこの笑顔一つでさばいてきたのだろう。
俺は深く息を吐くと、懐の紹介状を押さえた。
ひとりであののれんを見上げていた昨夜より、ほんの少しだけ、足が軽い気はする。横にいるのが、財布を殺す彼女(仮)でさえなければ、もう少し素直に感謝できたかもしれない。
口が裂けても、言わないが。
そうして俺たちは、朝の街へ――今度こそ『いこい亭』へと、歩き出した。
懐には、油じみた紹介状。
頭の隅には、閉じたまま沈黙している、あの『?』付きの表示。
……せめて店に着くまでは、どっちも大人しくしていてくれ。




