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ぼっち勇者『ああああ』は、今日も誤爆で彼女が増える ~イチャイチャ必須の異世界で、俺の財布だけが死んでいく~  作者: あいうえお


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【第5話②】言葉の選定を、完全に誤った

 夕暮れの広場。茜色の石畳。店じまいを始める露店。


 俺は噴水前のベンチに座り込んで、頭を抱えていた。


 脳内に、いつもの薄い半透明のウィンドウが浮かぶ。


【選択肢】

 ▶いこい亭

  休む


 分かっている。正解は、上だ。依頼のためにも、男としての尊厳のためにも、俺の財布以外のすべてのためにも、正解は、上だ。


 分かっているのに、視線はずるずると、下の文字へ吸い寄せられていく。


「……今日は、ここまでにしよう」


 呟いた瞬間、ウィンドウが一拍だけ、止まった。


 ……今、明らかに「えっ」という間が、なかったか?


 そっちじゃないでしょ、と言いたげな、小さな静止。


【システムメッセージ】

 ああああは、宿屋へ戻ることにした。


「だからナレーションで俺を慰めるな。逆につらい」


 ウィンドウは、何も答えずに閉じた。閉じ際、ため息をつかれた気がした。



 が、休めなかった。


 ベッドに転がっても、目が冴えるばかりだった。天井のシミを数え、寝返りを打ち、枕の高さを三回調整して――気づけば、夜の街に出ていた。


 足は、正直だった。頭は逃げたがっているのに、足のほうが、依頼と汚染値の現実を覚えていた。


 夜の『いこい亭』は、夕方よりも一層、別世界じみていた。行灯の火。夜風に揺れるのれん。格子窓から漏れる橙色の灯りと、楽しそうな笑い声。


 俺はその入口を、じっと見つめた。


 見つめている。


 ……見つめているだけだった。


「結局、入らなかったのかよ。おめぇ、まじで重症だな」


「うわぁ!?」


 噴水脇のベンチに、メロンがいた。頬杖をついて、面白がるような半目で、こっちを見ている。


「お、お前、なんでここに」


「アタシの巡回エリアだぞ。……で? 昼間、店の前まで来て回れ右して全力疾走したヘタレは、夜なら入れるようになったのか?」


「見てたのかよ!?」


「広場担当警備員だからな。不審者はチェック済みだ」


 否定できない。店の前をうろついては逃げる男。完全に、不審者である。


 メロンはベンチを、ぽんぽんと叩いた。俺は観念して、隣に腰を下ろした。


 噴水の音。行灯の灯り。店から漏れる、遠い笑い声。


「……なあ、メロン」


「あん?」


「俺には、無理だ」


 口から、本音がこぼれた。


「ああいう店は、要するに陽キャの行く場所だろ。知らない女の子と何を話せばいいのかも、注文の仕方も分からない。……情けないけどな」


 メロンは、しばらく黙っていた。


 茶化しが飛んでくると思った。ヘタレ、と。笑い飛ばして、尻を蹴飛ばして、店に放り込まれるのだと思っていた。


 だが、返ってきたのは、それじゃなかった。


「……ま、いきなりは、誰だって無理だろ」


 やけに、あっさりした声だった。


「そのうち慣れるさ。……じゃ、アタシは見回りに戻るかね」


 メロンは、ぱんぱんとスカートの埃を払って、ベンチから腰を上げた。


 そのうち。


 ……そのうちって、いつだ。


 次にあの赤いマークが浮かぶのは、いつだ。明日か。十日後か。そのとき、こいつは隣にいるのか。――アタシだって、いつもお前のそばにいるわけじゃねぇ。そう言ったのは、こいつ自身だ。


 のれんは、くぐれない。知らない誰かには、頼めない。医者には、かかれない。


 残っている選択肢は――もう歩き出している、その背中、一つだけだった。


 考えるより先に、立ち上がっていた。


 言うべきことは、決まっている。汚染値の管理を、信頼できる相手に正式に依頼する。対価は、飯。継続的な契約の申し込み。それだけの、合理的な提案だ。


 落ち着いて、条件から順に。そのつもりで、息を吸った。


 だが、背中は歩みを止めない。距離が、開いていく。届かせなければ、と思った瞬間、声量の調整が、吹き飛んだ。


「これからも、お前に任せる! その代わり、飯は食わせてやる! 死ぬ気でギルドの依頼をこなして、特上ワイバーン串でも特上コースでも、できる範囲で奢ってやる!! だから――俺と、付き合ってくれ!!」


 夜の広場に、俺の声が、盛大に響き渡った。


 言い切ってから、自分の口から出た最後の一語に、自分で凍りついた。


 付き合って、くれ。


 ……今、なんて言った、俺は。


 「継続的に頼みたい」。たったそれだけの依頼を、焦った脳が、世界で一番誤解を招く四文字に圧縮した。


 言葉の選定を、完全に、誤った。


 メロンの足が、止まった。


 振り返った顔は、ぽかんと口を開けて固まっていた。


 数秒の沈黙。それから、ふっと鼻で笑う。


「……は? 寝ぼけてんのか、お前。スタミナ切れか? 飯ならいつも通りたかってやるから、変な気起こすな」


 軽く、流された。夜の噴水だけが、呑気な音を立てている。


 ……流された。よかった。流された。


 事故は、なかったことになった。

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