【第5話①】のれん一枚が、くぐれない
――歩き出した、のだが。
三歩で、止まった。
先立つものが、なかった。
紹介状はある。油じみているし、ソースのにおいもするが、一応ある。だが、財布はほとんど空だ。残っているのは、小銭が数枚と、例の石ころだけ。
この状態で、神様公認の汚染値対策施設に突撃したら、どうなるか。
ぼっち卒業どころか、出禁デビューである。
というわけで、そこから数日間。俺はギルドの日雇い依頼をこなした。
荷運び。倉庫整理。薪割り。市場の片づけ。
荷運びでは、つい荷馬車ごと肩に担いでしまい、親方に怒鳴られた。
「お前、荷馬車ごと持つな! 中の箱だけ運べ、箱だけ!」
【システムメッセージ】
隠密方針と、勇者スペックが噛み合っていません。
うるさい。俺だって、そこは前から気づいている。
「肉体強化のスキルが暴発した」ということにしておいたが、目立たないのが基本方針なのに、これでは本末転倒だ。
稼いだ金は、まずツケの返済に回した。広場の屋台のメロンパン代は、耳をそろえて完済。霜降り串焼き亭のほうは、返せるだけ返した。高級店の残額は、分割払いである。
そうして財布をそこそこ回復させた俺は、ようやく『いこい亭』の前に立った。
表通りの一角。藍色ののれんが通り風に揺れ、行灯がほんのり灯っている。入口の横には、小さな木札。
『紹介状をお持ちの方は、中へどうぞ』
中からは、楽しげな談笑が漏れていた。柔らかい声。近い距離で交わされる、俺には縁のなかった空気。
……あの輪の中に、俺が?
そして、紹介状の文面。あそこには俺が「ぼっちでかわいそうなヤツ」であることが、署名入りで堂々と書かれている。
受付に差し出した瞬間、店内放送で読み上げられたら。死ぬぞ。社会的に。
そもそも俺は、日本にいた頃から、女の子のいる店に入ったことが一度もない。大学のサークルでは、飲み会で隅の席を確保する技術だけを磨いてきた男だ。
崖でワイバーンに追い詰められた時は、どうにか乗り切った。
なのに、のれん一枚がくぐれない。
ヘタレ具合だけは、ちゃんと一貫している。
結局、俺はのれんに背を向け、そのまま広場まで逃げ帰った。




