【第3話④】逃げ道は愛として判定されない
「『M』マーク。汚染値が限界域に入った男に出る、お知らせアイコンだ。親切設計だろ?」
「……爆発寸前に通知が来て、何の役に立つんだ。出すなら、もっと早く出せ」
「あいにく、リマインダー機能は未実装だ。クソ仕様だろ?」
「クソ仕様にもほどがある」
ツッコミながら、頭の隅では別の計算が走っていた。
自分の汚染値を測る手段はない。
どこからが危険域で、今の俺がどこまで来ているのかも分からない。
そして、限界の先で待っているのは、死ではない。
死ではないからこそ、説明が一番面倒なやつだ。
「……で。下げ方は」
なるべく落ち着いた声を作って、聞いた。
怖いのは怖い。
が、怖がるより先に、解決策の確認だ。
「だから言ったろ。女とイチャイチャするんだよ」
「……確認するが」
俺は慎重に言葉を選んだ。
真っ昼間の広場である。
表現には最大限の配慮が必要だ。
「それは、その……自力での対処で、代用はきかないのか」
「ヘタレのくせに、往生際だけは悪いな」
メロンが呆れたように鼻を鳴らした。
「先に言っとくが、一人でどうにかしても汚染値は下がらねえぞ。相手との触れ合いじゃねえと、『愛』として判定されねえからな」
「……判定」
「そういう仕様だ。文句なら神サマに言え」
「……じゃあ、さっき自分で『処理』したか聞いたのは何だったんだ」
「ただの興味本位」
「最低だな、お前」
――逃げ道が、一本潰れた。
自分ひとりで片づけられる問題なら、やりようはいくらでもあった。
段取りを組んで、誰にも知られず、静かに処理する。
それが俺のやり方だ。
だがこの仕様は、その一点だけを狙い撃ちにしている。
「……あてがあれば、最初から焦ってない。俺の交友関係、知ってて言ってるだろ」
「知ってるよ。アタシと、ギルドの親父と、屋台のおっちゃん。最近そこに受付の嬢ちゃんが加わったか。よっ、隅に置けねえな」
「……観察してたのか、お前」
突っ込みつつ、内心で頭を抱える。
並べられた面子のうち、汚染値を下げる用途で頼れる相手が、見事に一人もいない。
焦る俺を、メロンはしばらくケタケタと笑って眺めていた。
ひとしきり笑うと、パンの最後のひと欠片を口に放り込み、紙袋を几帳面に畳んで――ふっと、笑みの色を変えた。
「ひひっ。そんな顔すんなって。運がいいぜ、ああああ。たまたまアタシが、ここにいた」
「……何が、言いたい」
「しかたねえな。――付き合ってやるよ。こっち来な」
メロンは身を翻し、すっと手を差し出した。
逆光の中、サメ歯を見せて笑うその姿は、悪戯好きの森の妖精のようにも、もっと得体の知れない何かにも見えた。
「……待て。どこに連れていく気だ」
反射的に逃げ道を探したが、返事も待たず、腕を掴まれ、ぐいぐいと路地裏のほうへ引きずられていく。
細っこい指のくせに、振りほどけない。
びくともしない握力だった。
……おかしい。
俺のステータスは、規格外のはずなんだが。
からかわれているのか。
本当に助けられているのか。
判断がつかない。
ただ、こいつの情報が外れたことは、これまで一度もない。
だから俺は、抵抗を諦めて、そのまま路地裏へ連行された。




