表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者ですけど、魔王討伐前にいい宿探します。  作者: あなき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/7

工業都市グランディア

魔王城。


玉座の間。


扉が開く。


ガルドだった。


服は土埃まみれ。


頬には浅く傷が残っている。


リゼが目を丸くした。


「えっ」


ヴァルドも少しだけ顔を上げる。


「……珍しいな」


ガルドはそのまま椅子へ座った。


「いやー」


笑う。


「おもしれぇわあいつ」


セレスが静かに聞く。


「……どうでしたか」


数秒。


ガルドは笑みを少し消した。


「ヤバい」


空気が止まる。


リゼも固まった。


ガルドは頬の血を拭う。


「何したか分かんなかった」


「……」


「気づいたら吹っ飛んでた」


ヴァルドが少し笑う。


「お前がか?」


「俺がだよ」


ガルドは深く椅子へ座る。


「戦う気ねぇんだよあいつ」


「……なのにクソ強ぇ」


初めてだった。


ガルドがここまで警戒しているのは。


ヴァルドも少しだけ真顔になる。


「なるほどな」


セレスは静かに考え込んでいた。


戦闘詳細不明。


底も見えない。


価値観も読めない。


嫌な相手だった。


その時。


ガルドが思い出したように笑う。


「しかもよ」


「宿が埋まるとか言って帰りやがった」


沈黙。


リゼが小さく頷く。


「……また宿なんですね」


「また?」


ヴァルドが眉を寄せる。


リゼは少し困った顔をした。


「前も“温泉の途中だから早く終わらせたかった”って報告が……」


数秒。


ヴァルドが吹き出した。


「なんなんだそいつ」


ガルドは楽しそうに笑う。


「意味分かんねぇだろ?」


セレスだけが静かに額を押さえていた。


「……本当に頭が痛いですね」


夕暮れ。


街門。


閉門準備が始まっていた。


「急げ急げー!」


門番たちが声を上げる。


その時だった。


遠く。


地面が揺れる。


ドドドドドド……!!


「……ん?」


門番が顔を上げる。


砂煙。


一直線に何かが突っ込んでくる。


「なんだあれ!?」


速い。


速すぎる。


次の瞬間。


ドォン!!


風が吹き抜けた。


気づけば。


門の前に三人立っていた。


黒髪の男。


その両脇で、

少女二人がぐったりしている。


クラリスは顔色が終わっていた。


ミリアは半泣きだった。


「はぁっ……はぁっ……」


門番が槍を向ける。


「お、お前ら何者だ!?」


クラリスが息を切らしながら顔を上げる。


「ゆ、勇者一行です……」


沈黙。


「……は?」


門番が止まる。


レインは普通だった。


「まだ宿は空いてますか」


「そこ!?」


クラリスが叫ぶ。


門番はまだ混乱している。


「いや待て待て、勇者!?」


「はい……」


「今走ってきたのか!?」


クラリスが少し黙る。


「……はい」


「なんで!?」


レインが静かに答えた。


「閉門前に入りたかったので」


門番たちは顔を見合わせる。


意味が分からなかった。


遠くで汽笛が鳴る。


ボォォォ……


レインだけが街を見る。


「……騒がしそうですね」


そのまま三人は門を抜けた。


工業都市グランディア


今までの街とは、

空気そのものが違った。


巨大な煙突。


夜空へ伸びる蒸気。


鉄橋。


張り巡らされた線路。


街のあちこちで、

機械音が鳴っている。


ガン、ガン、ガン……


金属を叩く音。


蒸気の噴き出す音。


列車の汽笛。


夜なのに、

街はまだ動いていた。


ミリアが周囲を見回す。


「おぉー……すごいですねー」


クラリスも少し息を吐く。


「相変わらずですねここは……」


人も多かった。


作業着の男たち。


商人。


整備士。


荷物を運ぶ人影。


誰もが忙しそうに歩いている。


レインだけが少し眉を寄せた。


「……落ち着きませんね」


「工業都市ですから」


クラリスが即答する。


その時。


ボォォォォ……


近くで汽笛が鳴った。


レインが少しだけ肩を揺らす。


「近いですね」


「駅が中央にありますからね」


ミリアは逆に少し楽しそうだった。


「なんかワクワクしますねー」


「私は疲れました……」


クラリスはまだ足が少し震えている。


レインは周囲を見回した。


宿。


看板。


立地。


人通り。


真剣だった。


「……とりあえず宿を探します」


「まず休憩じゃないんですか?」


「宿で休みます」


真顔だった。


クラリスはもう何も言わなかった。


レインたちは宿街へ向かった。


グランディアの夜は明るい。


蒸気灯が通りを照らし、

夜なのに人通りが多かった。


だが。


「……満室です」


一件目。


受付の男が申し訳なさそうに頭を下げる。


「今日は列車の便が多くてねぇ」


クラリスが肩を落とす。


「ですよね……」


ミリアも少し疲れた顔だった。


レインだけが静かに宿を見ている。


「……廊下は広かったですね」


「入れてないですよね?」


クラリスが言う。


二件目。


《鉄煙ホテル》


入口はかなり綺麗だった。


蒸気式の照明まである。


ミリアが少し期待した顔をする。


「ここ良さそうじゃないですかー?」


だが。


受付嬢は申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。本日は満室です」


クラリスが肩を落とす。


「やっぱりですか……」


「今日は列車便が多くて」


受付嬢は少し困った顔をする。


「もっと早ければ空いてたんですけど.....」


沈黙。


レインが止まる。


「……」


「レイン様?」


数秒。


レインは静かに振り返った。


街の外を見る。


さっきまで戦っていた方向。


「……邪魔されましたね」


少しだけ低かった。


クラリスが固まる。


「そ、そこなんですか?」


真顔だった。


ミリアは苦笑する。


「怒ってますー?」


「少し」


即答だった。


外ではまた汽笛が鳴った。


ボォォォォ……


レインだけが少し不機嫌そうだった。


三件目。


今度は少し小さな宿だった。


だが。


「悪いな兄ちゃん、今日はもう空いてねぇ」


店主が首を振る。


後ろでは酔っ払いの笑い声。


ガヤガヤとうるさい。


レインは数秒黙っていた。


「……」


クラリスが恐る恐る聞く。


「どうしました?」


「ここはやめたほうがいいです」


「満室ですよ!?」


「たぶんうるさいです」


「分かりますけど!」


ミリアはもうふらふらだった。


「もうどこでもいいですよー……」


クラリスも限界だった。


その時。


レインが止まる。


視線の先。


少し路地を外れた場所。


蒸気街から少し離れた、

静かな通りだった。


そこに小さな看板が見える。


《》


他より少し古い。


だが。


騒音が少ない。


レインの目が少し細くなった。


「……あそこにします」


「空いてるんですか?」


「分かりません」


真顔だった。


「でも静かです」


クラリスはもう突っ込む気力もなかった。


扉を開けた瞬間。


チリン。


鈴が鳴る。


外よりは静かだった。


だが。


カチ、カチ、カチ……


奥から規則的な音が響いている。


蒸気の抜ける音。


どこかで回り続ける歯車。


ミリアが目を丸くした。


「おぉー……」


木造の内装。


暖色の灯り。


見た目は古い宿だった。


その中央を、

金属管が何本も通っている。


クラリスが少し周囲を見る。


「なんか思ったより機械ですね……」


受付には、

白髪の老人が座っていた。


「泊まりか」


「三人です」


老人は静かに頷く。


その時。


カタン。


横の扉が開いた。


出てきたのは、

人形だった。


黒い制服。


丸いガラス目。


関節部には小さな歯車。


『ゴ案内イタシマス』


ミリアが下がる。


「しゃ、喋ったー!?」


「からくり人形だ」


老人は普通に言った。


「この宿の従業員だよ」


人形が荷物を持つ。


カタ、カタ、と歩き出す。


そのたび、

関節が小さく鳴る。


レインは少し止まっていた。


「……」


クラリスが恐る恐る聞く。


「どうですか?」


数秒。


「……思ったより動いてますね」


「宿の感想ですかそれ?」


奥ではまた歯車が鳴る。


カチ、カチ、カチ……


レインは少しだけ眉を寄せた。


荷物を部屋へ置いた頃には、

外はすっかり夜になっていた。


窓の外では、

蒸気灯が街を照らしている。


遠くで汽笛。


ボォォォォ……


ミリアはベッドへ倒れ込んだ。


「つかれたー……」


クラリスも椅子へ座る。


「今日は本当に死ぬかと思いました……」


レインだけは普通だった。


窓の外を見ている。


「……まだ動いてますね」


工場地帯の灯りは、

夜でも消えていなかった。


その時。


クラリスがふと思い出したように顔を上げる。


「でも、せっかくグランディア来たんですし」


ミリアも顔を上げた。


「観光しませんか?」


「観光ですか?」


レインが振り返る。


クラリスは少し笑う。


「工業都市って珍しいですからね」


「屋台とかもいっぱいありますよー」


ミリアも乗り気だった。


レインは少しだけ考える。


窓の外。


蒸気。


灯り。


人の流れ。


「……人多いですよ」


「そこはもう仕方ないです」


クラリスが立ち上がる。


「ほら、行きますよ」


レインは少しだけため息を吐いた。


だが。


あまり嫌そうではなかった。


三人は夜のグランディアを歩いていた。


蒸気灯が通りを照らしている。


煙。


機械音。


どこを見ても街が動いていた。


ミリアは完全にきょろきょろしている。


「なんか全部動いてますねー!」


「工業都市ですからね」


クラリスも少し楽しそうだった。


屋台通りへ入る。


鉄板の音。


肉の焼ける匂い。


蒸気式の調理器。


「おぉー……」


ミリアが止まる。


「いい匂いですー!」


屋台の店主が笑う。


「兄ちゃんたち、蒸気焼き食ってくか!」


鉄板の上で肉が焼ける。


ジュゥゥゥ……


ミリアは即買った。


「おいしいー!」


クラリスも少し驚く。


「味濃いですね」


レインは数秒見てから食べる。


「……熱いですね」


「今焼いたんですよ!?」


そのまま歩き続ける。


途中では、

からくり人形専門店まであった。


ショーウィンドウの中で、

小さな人形たちが動いている。


ミリアが釘付けになる。


「かわいいですねこれ!」


「高いですよ」


クラリスが値札を見て引いた。


レインは少しだけ人形を見る。


「……静かですね」


「そこ評価基準なんですか?」


その時だった。


遠くから、

大きな汽笛が響く。


ボォォォォ……


ミリアが顔を上げる。


「あっ」


駅だった。


巨大な屋根。


何本も並ぶ線路。


蒸気を吐く列車。


人の流れ。


夜なのに、

駅だけさらに明るい。


クラリスが少し足を止める。


「寝台列車ですね」


ちょうど一台、

豪華な列車が停車していた。


黒い車体。


金色の装飾。


窓から暖色の灯りが漏れている。


ミリアが目を輝かせた。


「おぉー……!」


人々が次々と乗り込んでいく。


駅員たちが忙しそうに動いていた。


レインは静かに列車を見る。


蒸気。


振動。


響く汽笛。


数秒。


「……うるさそうですね」


「えぇ……そこですか」


クラリスが苦笑する。


「寝れるんですかあれ」


「いや……高級寝台なら静かなんじゃないですか?」


「乗ったことあるんです?」


「ありません」


即答だった。


ミリアも頷く。


「私もないですねー」


「高そうですしね」


また汽笛が鳴る。


ボォォォォ……


レインは少しだけ眉を寄せた。


「……宿のほうが良い気がします」


そう言いながらも、

列車を見ていた。


少しだけ。


本当に少しだけだった。


列車がゆっくりと動き出す。


重い音。


蒸気。


黒い車体が夜の線路を滑っていく。


ミリアはそのまま見送っていた。


「なんかかっこいいですねー」


「人気らしいですよ」


クラリスも列車を眺める。


「長距離移動だと便利みたいです」


レインは少しだけ考える。


「……でも揺れますよね」


「そこはたぶん揺れます」


「やっぱり宿のほうが良さそうです」


「まだ言うんですね」


クラリスが苦笑した。


駅を離れると、

今度は大通りへ出た。


夜なのに人が多い。


道の両側には店が並び、

蒸気灯が明るく照らしている。


大道芸までやっていた。


小さなからくり人形が、

音楽に合わせて踊っている。


ミリアが完全に止まる。


「おぉー……!」


子供たちの歓声。


拍手。


からくり人形は、

くるくる回りながら帽子を取った。


クラリスも少し笑う。


「こういうのもグランディア名物ですね」


レインは少しだけ眺めていた。


「……器用ですね」


「感想がよくわからないんですよ」


そのまま通りを進む。


今度は工場地帯が見えてきた。


巨大な煙突。


赤い火。


夜なのに動き続ける機械。


ガン、ガン、ガン……


金属を叩く音が響いている。


ミリアが感心したように呟く。


「夜でも仕事してるんですねー」


「止めると大変らしいですよ」


クラリスが説明する。


「魔導炉とかはずっと動かしてるって聞きます」


レインは少し空を見る。


煙で星があまり見えなかった。


「……空が見づらいですね」


「煙ですからねぇ」


「静かな場所は少なそうです」


「まだ宿のこと考えてるんですか?」


真顔だった。


その時。


ガシャン!!


突然、

少し離れた場所から大きな音が響いた。


人々の悲鳴。


「きゃあっ!?」


「危ない!!」


クラリスたちが振り返る。


大型の荷物運搬用からくりが、

火花を散らしながら暴走していた。


蒸気が噴き出している。


ガゴン、ガゴン、と異音を鳴らしながら、

通りを突き進んでいた。


人々が逃げ惑う。


「止まらないぞ!?」


「子供が!!」


小さな男の子が転んでいた。


からくりが迫る。


クラリスが飛び出す。


「ミリア!」


「はいよー!」


ミリアの魔法が地面へ走る。


氷が広がる。


だが。


大型のからくりは止まらない。


「硬っ!?」


クラリスが舌打ちする。


その瞬間。


レインが前へ出た。


ガゴォン!!


大型からくりの腕を片手で受け止める。


蒸気。


火花。


暴走音。


レインは少しだけ顔をしかめる。


「……うるさいですね」


次の瞬間。


ガンッ。


どこかを軽く叩いた。


すると。


ガガガ……


暴走していたからくりの動きが急に鈍る。


蒸気が抜ける。


シューゥゥ……


そのまま完全に停止した。


沈黙。


ミリアが瞬きをする。


「……止まったー?」


クラリスも固まっていた。


「なにしたんですか今」


レインは普通に答える。


「なんか外れてました」


「なんかで止めないでください」


男の子の母親が駆け寄る。


「だ、大丈夫!?」


その後ろ。


スーツ姿の男が息を切らしていた。


周囲がざわつく。


「あれ……」


「中央鉄道公社の……」


男はレインたちへ深く頭を下げた。


「助かりました」


クラリスが少し慌てる。


「い、いえ」


男はまだ青い顔をしていた。


「息子が急に飛び出して……」


その横で、

男の子が泣いている。


ミリアがしゃがみ込んだ。


「もう大丈夫ですよー」


周囲の駅員たちも駆け寄ってくる。


その反応で、

クラリスが気づいた。


「……偉い人ですか?」


男は少し苦笑する。


「グランディア中央鉄道公社で局長をしています」


沈黙。


ミリアが固まる。


「えっ」


「局長!?」


クラリスも驚いた。


レインだけ普通だった。


「……列車関係ですか」


「はい」


「騒がしそうですね」


「第一声それなんですか?」


局長は苦笑しながら息を整えた。


周囲では、

停止したからくりの点検が始まっている。


整備士たちが慌てて駆け回っていた。


「本当に助かりました」


局長は改めて頭を下げる。


「もし巻き込まれていたらと思うと……」


その横で、

男の子もぺこりと頭を下げた。


「……ありがとう」


ミリアが少し笑う。


「もう飛び出しちゃだめですよー?」


男の子はしゅんと頷いた。


クラリスも少し安心したように息を吐く。


「怪我なくてよかったです」


その時。


局長がふと思い出したように顔を上げた。


「そうだ」


懐から、

黒金色の硬い乗車証を取り出す。


「せめてお礼を」


クラリスが止まる。


「……え?」


局長は三枚の切符を差し出した。


「《黒鋼号》特等寝台券です」


沈黙。


ミリアが固まる。


「すごいやつですー?」


「すごいやつです!」


クラリスが即答した。


「こ、これ普通取れませんよ!?」


「空きがちょうどありましてね」


局長は笑う。


「子供の命を助けてもらった礼としては安いくらいです」


クラリスはまだ信じられない顔だった。


「黒鋼号って王都直通ですよね……?」


「王都、グランディア、セイルを繋ぐ大陸横断列車です」


局長は少し誇らしげだった。


「特等寝台は通常かなり予約が必要ですが」


「今回は特別です」


ミリアも切符を覗き込む。


「なんか高そうな紙ですねー」


「高いですよ」


クラリスが真顔で言う。


レインは静かに乗車証を見る。


黒い金属縁。


細かい刻印。


そこには確かに、


《特等個室》


と書かれていた。


数秒。


「……静かなんですか?」


局長が少し止まる。


「え?」


「寝台列車です」


レインは真顔だった。


「うるさくないんですか?」


局長は少し笑ってしまう。


「特等個室ですから」


「防音もかなりしっかりしていますよ」


クラリスが苦笑する。


「そこ本当に重要なんですね……」


レインはもう一度切符を見る。


少しだけ。


本当に少しだけ、

興味がある顔をしていた。


その時。


ボォォォォ……


また遠くで汽笛が鳴る。


レインの眉が少し動く。


「……やっぱりうるさそうですね」


「台無しですよもう」


局長は笑いながら言った。


「明日の朝の便です」


「よければ使ってください」


クラリスとミリアが顔を見合わせる。


寝台列車。


しかも特等席。


普通なら絶対乗れない。


ミリアが小声で聞く。


「……乗りますー?」


クラリスも少し迷った顔をする。


「でも高級寝台列車なんて一生乗れないかもしれませんし……」


二人の視線がレインへ向く。


レインは静かに切符を見ていた。


数秒。


「……個室なんですよね」


「そこはもう分かりました」


クラリスが即答した。


翌朝。


グランディア中央駅。


蒸気が白く広がっていた。


巨大な駅舎。


忙しそうに動く駅員たち。


ボォォォォ……


汽笛が響く。


ミリアは完全に眠そうだった。


「朝早いですねぇ……」


クラリスは切符を見直している。


「本当に特等席ですよこれ……」


周囲の乗客たちも、

どこか身なりが良かった。


商人。


貴族。


富裕層。


一般客とは明らかに空気が違う。


レインだけは列車を見ていた。


黒い車体。


長い客車。


静かに蒸気を吐いている。


数秒。


「……思ったより大きいですね」


「今そこなんですか?」


クラリスが苦笑する。


その時。


ホームにアナウンスが響く。


『黒鋼号、セイル方面行き間もなく発車いたします――』


ミリアが少し目を輝かせた。


「なんか旅してる感じですねー!」


クラリスも少し笑う。


「実際旅してるんですよ」


レインは静かに列車を見る。


そして。


小さく呟いた。


「……静かだといいですね」


クラリスはもう何も言わなかった。


駅員に案内され、

三人は黒鋼号へ乗り込んだ。


車内へ入った瞬間。


ミリアが止まる。


「おぉー……」


内装は想像以上だった。


深い赤の絨毯。


木目の壁。


暖色の魔導灯。


床はほとんど揺れていない。


外の蒸気音もかなり遠い。


クラリスも少し驚いていた。


「すご……」


通路を、

制服姿の乗務員が静かに歩いていく。


普通の列車とは空気が違った。


ミリアが小声になる。


「なんか高級宿みたいですねー」


レインは周囲を見ていた。


数秒。


「……静かですね」


「そこは満足なんですね」


少し安心した顔だった。


乗務員が一礼する。


「こちらが特等個室になります」


扉が開く。


ミリアがまた止まった。


「うわぁぁ……」


広かった。


ソファ。


小さなテーブル。


大きな窓。


奥には寝台まで見える。


クラリスも少し引いている。


「普通の宿よりすごくないですかこれ」


レインは部屋へ入る。


床を見る。


壁を見る。


窓を見る。


真剣だった。


「……防音は悪くなさそうです」


「最初に確認する場所ですか?」


その時。


ボォォォォ……


汽笛の音がかすかにきこえた。


ミリアは完全にソファへ沈んでいた。


「これずっと乗ってたいですねー……」


クラリスも窓を見る。


ホームでは、

駅員たちが慌ただしく動いていた。


やがて。


ガコン。


レインの肩が少しだけ揺れた。


「少し揺れまうね」


「そこはもう慣れてください」


小さく振動が走る。


『――黒鋼号、発車いたします』


ゆっくり。


本当にゆっくりと、

列車が動き始めた。


窓の外で、

グランディアの景色が流れていく。


煙突。


蒸気。


鉄橋。


夜通し動いていた工場。


ミリアが窓へ張り付く。


「おぉー……!」


クラリスも少し見入っていた。


「なんか不思議ですね」


レインだけは座席へ座ったまま、

静かに揺れを確認している。


数秒。


「……思ったより悪くないですね」


クラリスが笑う。


「ちょっと気に入ってません?」


「別に」


だが。


機嫌は良さそうだった。


しばらくして。


乗務員が再び部屋へ来た。


「お食事のご案内です」


ミリアが即座に反応する。


「ご飯!?」


「食堂車をご利用いただけます」


クラリスも少し驚く。


「食堂車あるんですか」


「特等車両限定になります」


ミリアがレインを見る。


「もう行きますー?」


レインは少し考える。


窓の外。


流れていく景色。


静かな車内。


揺れも少ない。


数秒。


「……行きます」


「ちょっと楽しそうですね」


食堂車は、

さらに空気が違った。


暖色の灯り。


磨かれた木の床。


大きな窓の外では、

夜の景色が流れていく。


ガタン、ゴトン……


揺れは小さい。


思ったより静かだった。


ミリアが周囲を見回す。


「すご……」


クラリスも少し緊張している。


「場違いじゃないですか私たち……」


「さすが特等車両ですね」


周囲の客は、

身なりの良い商人や貴族ばかりだった。


レインだけは静かに耳を澄ませている。


数秒。


「……静かですね」


クラリスが苦笑した。


案内された席へ座る。


白い布が置かれる。


ミリアが止まった。


「……なんでかこれー」


「ナプキンです」


クラリスが普通に答える。


ミリアが驚く。


「知ってるんですか!?」


「一応、王城勤めでしたから」


クラリスは少し苦笑する。


「こういう場の作法くらいは習いました」


レインは静かに窓を見ていた。


「……?」


クラリスが即座に言う。


「レイン様は知らなくていいです」


「なんでですか」


「絶対興味ないので」


その時。


乗務員が一礼する。


「本日のコースになります」


最初に運ばれてきたのは、

小さな前菜だった。


白い皿の中央。


薄く切られた燻製肉。


小さな葉野菜。


透明な琥珀色のソースが、

灯りを受けて光っている。


ミリアが小声になる。


「……少なくないですー?」


「最初だからです」


クラリスが即答する。


レインは静かに燻製肉を口へ運ぶ。


噛んだ瞬間、

香ばしい煙の匂いが広がった。


少し遅れて、

塩気と肉の脂が舌へ落ちてくる。


数秒。


「……おいしいですね」


クラリスも少し食べる。


「燻製強めですね」


ミリアは葉野菜を食べて止まった。


「なんか草なのに苦くないですー」


「褒め方がおかしいですよ」


次に運ばれてきたのは、

透き通ったスープだった。


銀の器から、

白い湯気が静かに立ち上る。


表面には細かい油が浮き、

香草が一枚だけ乗っていた。


レインがスプーンを入れる。


琥珀色の液体が静かに揺れた。


一口。


鶏の旨味。


少し遅れて、

野菜の甘みが広がる。


重くない。


だが薄くもない。


身体へゆっくり熱が落ちていく味だった。


ミリアが目を丸くする。


「おいしいー!」


クラリスも頷いた。


「高級料理ですね」


レインは少し考える。


「……静かに飲めますね」


「食堂の感想ですよね?」


「はい」


その後。


魚料理が運ばれてきた。


白身魚だった。


皮だけが綺麗に焼かれている。


薄い黄金色。


ナイフを入れると、

中から白い身がほろりと崩れた。


香草の匂い。


バターの香り。


皿の上では、

淡い緑色のソースが静かに広がっている。


ミリアが恐る恐る食べる。


「うわっ……」


驚いた顔をした。


「なんかふわふわですー!」


クラリスも少し感心する。


レインは無言で食べていた。


魚の熱。


柔らかさ。


静かな車内。


窓の外では、

夜景が流れていく。


ガタン、ゴトン……


小さな列車音だけが響いていた。


そのあと。


肉料理が運ばれてくる。


鉄皿の上で、

肉がまだ小さく音を立てていた。


ジュゥ……


香ばしい匂いが広がる。


濃いソース。


焼かれた根菜。


肉へナイフを入れた瞬間、

中から肉汁が滲み出た。


ミリアが完全に止まる。


「うわぁ……」


クラリスも少し笑う。


「これはすごいですね」


レインが一口食べる。


数秒。


「……柔らかいですね」


「今のは料理の感想ですよね?」


「はい」


珍しかった。


クラリスが少し笑う。


デザートまで来た頃には、

ミリアはかなり満足そうだった。


「なんか冒険者じゃないみたいですねぇー」


窓の外には、

静かな夜景が流れていく。


遠くの街灯。


小さな村。


時折見える川の反射。


レインは温かい紅茶を飲んでいた。


静かだった。


本当に静かだった。


数秒。


「……思ったより悪くないです」


クラリスが少し笑う。


「気に入ってません?」


「別に」


否定が少し遅かった。


ミリアは完全に満足そうだった。


「もう動けないですー」


クラリスも少し笑う。


その時だった。


近くの席から、

小さな笑い声が聞こえた。


「ははっ」


三人が振り返る。


白髪混じりの男だった。


落ち着いた服装。


歳は五十くらい。


どこか柔らかい雰囲気をしている。


男は軽く頭を下げた。


「失礼。少し聞こえてしまってね」


クラリスが少し慌てる。


「す、すみません」


「いやいや」


男は笑う。


「最近は商人か貴族ばかりだからな」


窓の外を見る。


「若い旅人を見るのは久しぶりだ」


ミリアが少し首を傾げる。


「そんなに珍しいんです?」


「この列車ではね」


男はグラスを揺らす。


琥珀色の酒が静かに揺れた。


「特等車両は金がかかる」


「普通の旅人はまず乗らない」


クラリスが少し苦笑する。


「私たちも偶然ですよ」


「だろうね」


男は楽しそうだった。


その時。


遠くから、

静かなピアノの音が流れてくる。


ミリアが顔を上げた。


「……音楽?」


「バー車両だよ」


男が少し笑う。


「夜は演奏もやってる」


クラリスが驚く。


「バーまであるんですか?」


「この列車は動くホテルみたいなものだからな」


男はグラスを置いた。


「よかったら案内しようか?」


ミリアの目が輝く。


「行きますー!」


「即答ですね……」


クラリスが苦笑する。


男はレインを見る。


レインは少しだけ考えていた。


静かな演奏。


落ち着いた空気。


騒がしくはなさそうだった。


数秒。


「……静かですか?」


男が吹き出した。


「安心しろ」


「うるさい客はすぐ追い出される」


レインは少しだけ頷いた。


「……なら行きます」


かなり珍しく、

自分から了承した。


男に案内され、

三人は食堂車を後にした。


隣の車両へ移る。


扉が開いた瞬間。


空気が変わった。


薄暗い灯り。


磨かれた木のカウンター。


静かなピアノ。


窓際では、

夜景がゆっくり流れている。


バー車両だった。


ミリアが思わず声を漏らす。


「おぉー……」


クラリスも少し止まる。


「すご……」


客は少ない。


皆、

静かに酒を飲んでいた。


会話も小さい。


グラスの音だけが時々響く。


レインは数秒止まっていた。


耳を澄ませている。


ピアノ。


列車音。


小さな話し声。


数秒後。


「……悪くないですね」


「気に入りました?」


クラリスが笑う。


「かなり」


男は少し笑う。


「珍しいな」


「この車両を初見で気に入る若いやつは少ない」


カウンター席へ座る。


窓の外では、

真っ暗な平原が流れていた。


遠くの街灯だけが時々見える。


バーテンダーが静かに頭を下げる。


「ご注文は」


ミリアが固まる。


「えっ」


クラリスも困った顔になる。


「こういうところ来たことないんですけど……」


男が笑った。


「酒じゃなくても大丈夫だ」


「紅茶もある」


ミリアが少し安心する。


「じゃあ甘いやつで!」


「私は紅茶で」


レインは少し考えていた。


バーテンダーが待つ。


数秒。


「……静かなやつで」


沈黙。


クラリスが吹き出した。


「なんですかその注文」


バーテンダーまで少し笑っている。


「かしこまりました」


意味が通じたらしい。


しばらくして。


三人の前へ飲み物が置かれる。


ミリアには、

果実入りの甘い炭酸。


クラリスには、

香りの強い紅茶。


そして。


レインの前には、

深い青色の飲が置かれた。


氷が静かに揺れている。


レインは少し止まった。


「……静かですね」


「色で判断してません?」


クラリスが笑う。


レインはグラスを少し口へ運ぶ。


冷たい。


少し甘い。


だが後から、

静かに熱が残る。


数秒。


「……悪くないです」


かなり気に入っていた。


男はグラスを揺らしながら、

三人を見る。


「しかし珍しいな」


「若いのに特等車両とは」


クラリスが少し苦笑する。


「色々ありまして……」


「商人でもなさそうだし」


男は楽しそうだった。


「どこへ向かってるんだ?」


ミリアがレインを見る。


レインは少し考えた。


数秒。


「……いろんな宿です」


沈黙。


クラリスが止まる。


「違いますよね?」


レインが見る。


「違いましたか?」


「魔王討伐ですよ!」


クラリスが即座に言った。


男が固まる。


「……ん?」


ミリアも慌てて補足する。


「いや宿も本当なんですけどー」


「本当なんですね……」


クラリスが頭を押さえる。


男は数秒黙ったあと、

吹き出した。


「ははっ!!」


バーの空気を壊さない程度に笑う。


「なんだそりゃ」


クラリスは少しだけ咳払いした。


「……一応、勇者一行です」


沈黙。


男が止まる。


グラスを持ったまま固まった。


「……勇者?」


「はい」


ミリアが頷く。


男はしばらく三人を見ていた。


黒髪の青年。


眠そうな少女。


真面目そうな剣士。


どう見ても普通だった。


だが。


昼間のからくり騒ぎを思い出す。


数秒後。


男は静かに笑った。


「なるほどなぁ」


グラスを軽く上げる。


「じゃあ応援しないとな」


バーテンダーを見る。


「この子たちの分、今日は俺が持つ」


ミリアが目を丸くした。


「えっ」


クラリスも慌てる。


「い、いえそんな」


「いい旅人には金を使いたくなるもんだ」


男は笑う。


「特に若い旅人にはな」


レインだけが静かだった。


「……ありがとうございます」


かなり素直だった。


クラリスが少し驚く。


男は楽しそうに笑った。


「頑張れよ、勇者様」


レインは少し考える。


数秒。


「……静かな宿を守るためなら頑張れます」


「お前は最後までそれだなぁ!」


男の笑い声が、

静かなバーへ小さく響いた。


部屋へ戻る頃には、

列車はさらに速度を上げていた。


ガタン、ゴトン……


窓の外は真っ暗だった。


ミリアはソファへ倒れ込む。


「すごかったですねー」


クラリスもベッドへ腰を下ろす。


「なんか今日だけで色々ありすぎません?」


工業都市。


寝台列車。


高級料理。


バー車両。


普通の旅では絶対経験しない。


レインは静かに窓を見る。


流れていく夜景。


小さな灯り。


静かな揺れ。


数秒。


「……悪くないですね」


クラリスが少し笑う。


「かなり気に入ってますよね」


「別に」


否定はした。


だが。


少しだけ、

本当に少しだけ。


楽しそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ